第34話 ただの風邪なのに、蘇生魔法(リザレクション)を準備するのはやめてくれ
エルフの国を救い、店の名声が神話級になった数日後。
『隠れ家』の朝は、いつもとは違う異様な静けさで始まった。
ドサッ。
開店準備をしていた俺が、突然床に倒れ込んだのだ。
「……主よ?」
フェルが心配そうに鼻を寄せる。
「あー……すまん。なんか体が重い。頭もガンガンする……」
俺の額に、エリザベートが手を当てる。
「ひゃっ! すごい熱ですわ! まるで火精霊が憑依したみたいに熱いです!」
その瞬間、店内の空気が凍りついた。
これまでドラゴンを倒し、古代兵器を手懐け、魔王軍すら顧客にしてきた無敵の店主・アレン。
彼が「倒れた」という事実は、この店にとって「世界の崩壊」と同義だった。
「緊急事態! マスターのバイタル低下を確認!」
ノアが警告音を鳴らし、イヴがガトリング砲を構えてキョロキョロし始めた。
「敵襲!? どこのドイツが毒を盛ったの!? 店周辺を焦土にするわよ!」
「お、落ち着け……ただの風邪だ……」
俺の虚弱な抗議は、パニックにかき消された。
俺は寝室のベッドに強制連行され、厳重な「治療」が始まった。
「師匠、死なないでくださいまし! 今すぐこれを!」
エリザベートが涙目で持ってきたのは、瓶の中で黄金色の光が渦巻く液体だった。
「……なんだそれ?」
「王家の宝物庫から取り寄せた『不死鳥の涙』ですわ! これを飲めば、たとえ首が飛んでも蘇ります!」
「俺はまだ生きてるし、首も繋がってるよ! そんな貴重品を風邪薬にするな!」
「主よ、精のつくものを食え」
フェルが窓から飛び込んできた。その口には、まだピクピク動いている巨大な「ヒドラの心臓」がくわえられている。
「今しがた沼地で狩ってきた。生のまま丸呑みすれば、精力がみなぎるぞ」
「寄生虫が怖いから絶対に嫌だ!」
「お父様、外科的処置を提案します」
ノアが俺の枕元に立ち、右手をレーザーメスに変形させた。
「ウイルスに汚染された肺と気管支を切除し、人工臓器への換装を推奨。所要時間は3分です」
「人間を辞めさせるな!」
「なら、私が温めてあげる」
イヴがベッドに潜り込んできた。
「私のリアクターを最大出力にして密着すれば、ウイルスなんて熱殺菌できるはずよ」
「俺まで蒸し焼きになるわ!」
「ご主人様! 店の周囲半径5キロ圏内の生物は、すべて排除しておきました!」
カゲロウが窓の外から報告してくる。
「過剰防衛すぎるだろ!?」
……だめだ、こいつら。
忠誠心が高すぎて、ブレーキが壊れている。
「た、頼むから……」
俺は朦朧とする意識の中で懇願した。
「普通のおかゆ……あと、リンゴを剥いてくれ……それだけでいい……」
ガクッ。
俺は力尽きて気絶(寝落ち)した。
数時間後。
俺が目を覚ますと、枕元には神々しい光を放つお椀が置かれていた。
「師匠、ご要望の『おかゆ』ですわ」
「お父様、成分分析結果。栄養価は点滴の5000倍です」
恐る恐る中を見る。
米の一粒一粒が宝石のように輝き、具材には細かく刻まれた「世界樹の葉」や「ドラゴンの干し肉」が入っている。リンゴに至っては、先日の「黄金のリンゴ」だ。
一口、食べる。
「…………うまっ」
美味い。とんでもなく美味いが、食べた瞬間、体の中から魔力が暴走しそうな活力が湧いてくる。
熱が一瞬で下がり、なんなら肌がツヤツヤになり、背中から後光が射し始めた。
「治ったか、主よ」
「ああ……全快どころか、レベルアップした気がする」
心配そうに覗き込む全員の顔を見て、俺は苦笑した。
方向性は間違っているが、その気持ちは温かい。
「ありがとうな。みんなのおかげで助かったよ」
俺が礼を言うと、エリザベートたちはパァァッと顔を輝かせた。
「良かったですわー!」
「さすが主だ!」
「記録:マスターの生存を確認」
こうして、アレンの店の一日は、ドタバタの末に平穏を取り戻した。
ただし、アレンが食べた「究極のおかゆ」の余剰エネルギーのせいで、その夜は一睡もできず、翌朝まで裏庭で薪割りをし続ける羽目になったのだが。




