第33話 庭の植木が『世界樹』だったらしく、エルフの女王に土下座された
妹機・イヴが加わったことで、『隠れ家』の回転率は劇的に向上した。
ノアが精密な接客をし、イヴが怪力で重い荷物を運び、カゲロウが裏でクレーマーを処理する。完璧な布陣だ。
そんなある日の午後。
店の前の森が、ざわ……と神秘的な静寂に包まれた。
「主よ。……森の管理者どもが来たぞ」
フェルが耳をピクリと動かす。
現れたのは、緑色のローブを纏った一団だった。
透き通るような長い耳、美しくも険しい表情。人嫌いで知られるエルフ族だ。
その中心に、ひときわ強い魔力を放つ女性がいた。頭には枯れ木の冠を載せている。
「……ここが、噂の道具屋ですか」
女性が店に入ると、店内の空気が清浄な森の香りで満たされた。
彼女はカウンターの前に立つと、深く頭を下げた。
「突然の訪問、お許しください。私はエルフの女王、エレンディル。……世界の危機について、ご相談に参りました」
「女王様が直々に?
一体何が?」
俺が尋ねると、エレンディルは悲痛な面持ちで顔を上げた。
「我らが母なる大樹、『世界樹ユグドラシル』が……枯れ始めているのです」
店内がざわめく。世界樹といえば、この世界のマナの源。それが枯れるということは、魔法文明の終焉を意味する。
「原因は不明です。あらゆる魔術、あらゆる霊薬を試しましたが、枯死は止まらず……。ですが、風の噂で聞いたのです。この店には『世界樹の朝露』が大量に売られていると」
女王は縋るように俺の手を取った。
「お願いです!
その朝露を採取できるほどの『奇跡の樹』がどこにあるのか、教えていただけませんか!?
そこから枝を分けていただければ、新たな苗木として……」
「あー、世界樹ですか」
俺はポリポリと頬をかいた。
深刻な話の腰を折るのは申し訳ないが、心当たりがありすぎる。
「もしかして、裏庭にあるアレのことかな?」
「え?」
俺は女王たちを裏口へと案内した。
そこには、フェルの小屋の横に、一本の立派な樹が植えられていた。
高さは3メートルほど。葉の一枚一枚が虹色に輝き、幹からは濃厚なマナが溢れ出している。
今はちょうど、洗濯物が干されていた。
「これですけど」
「なっ……!?」
エレンディル女王とエルフたちが絶句した。
目は飛び出し、口は半開き。高貴なエルフの威厳が台無しだ。
「こ、こ、これはまさしく世界樹の幼木!?
しかも、本家のマザー・ツリーより元気ではありませんか!?」
「昔、ダンジョンで拾った枯れ枝を挿し木にしたら、勝手に育ったんですよね。丈夫でいい樹ですよ」
「そ、そんな馬鹿な!
世界樹の栽培など、私たちエルフですら数百年成功していないのに!?」
「肥料が良かったのかな?
スライムの残骸とか、生ゴミを混ぜた特製コンポストを撒いてるんですが」
「なま……ゴミ……?」
女王が膝から崩れ落ちた。
神聖なる世界樹が、生ゴミでスクスク育ち、あまつさえパンツやシャツを干すための「物干し竿」代わりにされている。その事実は、彼女の信仰心を粉々に打ち砕いた。
「ま、まあ、細かいことはいいじゃないですか」
俺は如雨露を取り出し、手近なバケツの水に、俺の作った『超・栄養剤(植物用)』を一滴垂らした。
「これを枯れかけた世界樹にかけてやれば、たぶん復活しますよ。持って帰りますか?」
「そ、その水は何ですの!?」
「ただの栄養剤です。枯れた雑草も一秒で花を咲かせる程度の」
俺が実演で足元の枯れ草にかけると、ボォォン!!
と爆発的に成長し、巨大なヒマワリが咲いた。
「ヒィッ……!
生命の理を超越しています……!」
エレンディル女王は震える手で栄養剤を受け取ると、地面に額をこすりつけて平伏した。
「あ、ありがとうございます、緑の神よ……!
エルフ全種族を挙げて、あなた様を崇拝いたします!」
「いや、神じゃないです。道具屋です」
こうして、エルフの国を救うための「ただの水」が譲渡され、俺は不本意ながら「緑の神」という、なんだか野菜ジュースみたいな二つ名で呼ばれることになった。




