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第31話 娘を返せと軍隊が来たが、お父様の方こそ疲れてませんか?

 元暗殺者のカゲロウが警備主任になり、店の防衛力が盤石になったある日の午後。

『隠れヘヴン』の上空に、再び不穏な影が落ちた。


 ズズズズズ……。

 地響きと共に現れたのは、隣国の暗殺者など比ではない、王国の正規軍だった。

 きらびやかな鎧を纏った近衛騎士団、数百名。彼らが店を完全に包囲している。


「け、警備主任! どうしますか!?」

「……相手が正規軍となると、殺るわけにはいかん。一旦待機だ」


 カゲロウが冷や汗を流す中、騎士団が割れ、豪奢な馬車が店の前に横付けされた。

 降りてきたのは、鋭い眼光を持つ初老の紳士。

 この国の宰相であり、エリザベートの父――スカーレット公爵その人だった。


「……ここか。我が娘をたぶらかし、連れ去った『誘拐犯』の巣窟は」


 公爵の声は、戦場の将軍のように重く響いた。

 店から飛び出してきたエリザベートが、青ざめた顔で叫ぶ。


「お、お父様!? どうしてここに!」

「黙りなさい、エリザベート! 学院を勝手に辞め、こんな辺境のボロ屋で売り子をしているなど……スカーレット家の恥だ! 直ちに屋敷へ戻り、政略結婚の準備を進めるのだ!」


「嫌ですわ! わたくしの師匠はアレン様だけ! ここで錬金術の極意を学ぶと決めたのです!」

「問答無用! ……おい、その店主を捕らえよ。娘を洗脳した罪で処刑する」


 公爵が杖を振り上げ、騎士たちが剣を抜いた。

 一触即発の事態。

 フェルが牙を剥き、ノアがミサイルハッチを開こうとした、その時。


「――いらっしゃいませ。団体様ですか?」


 俺はエプロン姿のまま、のんびりと店から出てきた。


「き、貴様がアレンか! よくも娘を……」

「公爵様。随分と『胃』が荒れているようですね?」


 俺の一言に、公爵がピクリと眉を動かした。


「……なに?」

「ストレス性の胃炎だ。国の舵取りを一手に担い、娘の心配までして……毎晩、キリキリと痛むでしょう? 最高級のポーションでも治らないレベルだ」


 図星だったようだ。公爵は激務により、ここ数年はまともな食事も喉を通っていなかった。


「……フン、世迷い言を。連行しろ!」

「これを飲んでからでも遅くはないですよ。俺からの『お詫び』です」


 俺が差し出したのは、温かいスープが入ったカップだった。

 黄金色に輝く『S級コーンポタージュ(胃粘膜保護成分マシマシ)』だ。


「毒見もしていないものを……」

「お父様、飲んでくださいまし! 師匠の料理は、王宮のシェフより美味しいのです!」


 エリザベートの必死な目を見て、公爵は渋々カップに口をつけた。  一口、啜る。


「…………っ!?」


 公爵の目がカッと見開かれた。

 美味い。いや、ただ美味いだけではない。

 まるで母親に抱かれているような優しさが、荒れ果てた胃壁に染み渡っていく。長年の痛みがあっという間に消え失せ、体の中から力が湧いてくる。


「な、なんだこれは……! 野菜の甘み、魔獣肉のコク、そしてこの薬効……! わ、私は……腹が減った!」


 公爵はカップを一気に飲み干し、「おかわり!」と叫んでしまった。

 周囲の騎士たちが「あ、あの閣下が!?」とどよめく。


「ふぅ……。素晴らしい味だった。……だが! 餌付けされたからといって、娘を認めるわけには……」


「父上、認めてください!」


 エリザベートが前に出た。

 彼女は自分の懐から、俺との修行で作った『最高級の魔石』を取り出した。


「わたくしはここで、ただ遊んでいるわけではありません。見てください、この輝きを!」

「こ、これは……純度99.9%の賢者の石!? まさか、お前が作ったのか!?」

「はい! 師匠の教えのおかげですわ!」


 公爵は石を受け取り、震える手で娘を見た。

 かつて「才能はあるが傲慢」だった娘の瞳には、職人の誇りと、師への敬愛が宿っていた。


「……完敗だ。国一番の教育環境を与えても、ここまで成長しなかったというのに」


 公爵は深くため息をつき、俺に向き直った。


「アレン殿。……いや、アレン先生。娘を頼む」

「ええ、任されました。優秀な弟子ですよ」

「それとな……その、今のスープのレシピをだな……いや、定期購入は可能かな?」


 厳格な宰相の顔が崩れ、ただの「美味しいもの好きのおじさん」になっていた。


「もちろんです。会員価格にしておきますよ」


 こうして、スカーレット公爵は軍隊を撤収させ、代わりに大量の「スープ定期便」を契約して帰っていった。

 エリザベートの実家公認(?)も得て、店はますます安泰となったのだった。

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