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第30話 暗殺者が店に潜入したが、居心地が良すぎて就職希望を出してきた

 勇者アルヴィンたちが星になって消えた数日後。

 隣国ガレリアの薄暗い一室で、一人の男が指令を受けていた。


「失敗続きの勇者ごときでは話にならん。……『影狼カゲロウ』よ、お前の出番だ」

「御意。……その道具屋の店主、事故に見せかけて始末すればよいので?」


 闇に溶けるような黒装束の男――ガレリア国最強の暗殺者・カゲロウは、冷徹な声で答えた。

 彼はこれまでに数多の要人を「心臓麻痺」や「転落死」に見せかけて葬ってきたプロ中のプロだ。


「ターゲットはアレン。油断してはならん。あの店にはドラゴン級の猛獣フェルと、古代兵器ノアがいる」

「問題ありません。正面から戦う馬鹿は素人です。私は『客』として潜入し、内側から毒牙にかける……」


 


 翌日。

 『隠れ家ヘヴン』に、一人の旅人が訪れた。

 目立たない茶色のローブを羽織り、気配を完全に消している。変装したカゲロウだ。


(警備システムは……ザルだな。フェンリルは昼寝中、あのメイド人形も掃除に夢中だ)


 カゲロウは店内に足を踏み入れる。

 カウンターの奥では、ターゲットのアレンが無防備に背中を向けて薬を調合していた。


(隙だらけだ。……まずは、この『猛毒の短針』で挨拶といこうか)


 カゲロウが袖口から毒針を取り出し、アレンの首筋に狙いを定めた、その瞬間。


「いらっしゃいませ。……お客さん、だいぶ『溜まって』ますね?」


 アレンがクルリと振り返った。

 カゲロウは心臓が止まるかと思った。殺気に気づかれたのか?


「え、あ、いや……何を?」

「殺気……じゃなくて、眼精疲労と肩こりだよ。目の下のクマ、すごいぞ? 暗い場所で細かい作業ばかりしてるだろ?」


 図星だった。暗殺稼業は深夜労働が基本。最近は老眼も始まっており、ターゲットの眉間を狙うのが辛かったのだ。


「ちょうどいい試作品があるんだ。これ飲んでみてくれ」


 アレンが差し出したのは、湯気を立てる紫色のハーブティー。

 カゲロウは警戒した。(毒か? だが、ここで拒否すれば怪しまれる……俺には毒耐性がある。飲んでフリをするだけだ)


 彼は一気に茶をあおった。


「――っ!?」


 瞬間、カゲロウの視界が爆発的に開けた。

 薄暗かった店内が、真昼のように明るく見える。棚の上のホコリの粒子一つ一つ、遠くで飛んでいるハエの羽音まで鮮明に知覚できた。


「こ、これは……!?」

「『ホークアイ・ティー』。視力を一時的に6.0まで引き上げて、ついでに血中の疲労物質を浄化する。どうだ?」


(馬鹿な……! 国の最高級ポーションでも、ここまでの即効性はないぞ!?)


 体が軽い。現役全盛期に戻ったようだ。これなら、どんな標的も百発百中で仕留められる!

 カゲロウは震える手で懐の短剣ダガーを握りしめた。今こそ、アレンを殺る!


「あ、それとお客さん。その短剣、錆びてるから買い替えた方がいいよ」


「……は?」

 見ると、愛用のミスリル製ダガーが、ボロボロの鉄クズのように朽ち果てていた。

 さっきアレンが淹れたお茶の湯気(高濃度の浄化成分)に触れて、邪悪な呪いが解けてしまったのだ。


「うわあああ!? 俺の『呪殺の刃』がぁぁ!?」

「そんな物騒な名前のゴミより、こっちがおすすめだ」


 アレンが棚から一本のナイフを取り出す。

 何の変哲もない調理用ナイフに見えるが……。


「『アダマンタイト・フルーツナイフ』だ。ドラゴンの鱗でもバターみたいに切れるぞ」

「フルーツナイフ……だと?」


 カゲロウは試しに、カウンターに置いてあった鉄の塊(文鎮)を撫でてみた。

 スッ。

 抵抗もなく、鉄が豆腐のように両断された。


(ヒッ……! なんだこの切れ味は!? これがあれば、暗殺どころか、正面突破で城が落とせるぞ!?)


「い、いくらだ!? この国宝級のナイフは、金貨何万枚だ!?」

「ん? リンゴ剥くのに便利だから、金貨1枚でいいよ」

「いちまぁぁぁぁい!?」


 カゲロウの膝がガクガクと震え、その場に崩れ落ちた。

 勝てない。

 武力でも、道具の性能でも、そして「客の体調を気遣う」というホスピタリティでも。

 この店主は、次元が違う。


「……負けた。俺の完敗だ」

「え? 何が?」


 カゲロウはフードを脱ぎ捨て、アレンに向かって土下座した。


「店主殿! いえ、アレン様! 私をこの店で雇ってください!」

「はあ? いや、うちはもう従業員フェル・エリザベート・ノア足りてるし……」

「給料はいりません! この『ホークアイ・ティー』を毎日一杯飲ませてくれれば、店の裏仕事、害虫駆除、クレーマーの『始末』……なんでもやります!」


 その時、奥からエリザベートが顔を出した。

「あら師匠、新しい下僕志願者ですの? ……その身のこなし、ただ者ではありませんわね」

「主よ、そいつから同業者の匂いがする。裏口の警備には使えるかもしれん」


 フェルとエリザベートの「採用」の一言で、カゲロウの就職が決まってしまった。


「よし、じゃあ君は『警備主任』だ。とりあえず、店の周りの不審者(他のスパイ)を追い払ってくれ」

「御意!! この『影狼』、命に変えてもこの楽園(店)を守り抜きます!」


 こうして、隣国最強の暗殺者は、世界最強の「警備員」へとジョブチェンジした。

 彼を送り込んだ「謎の商人」からの連絡が途絶えたのは、言うまでもない。

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