第3話 裏山で捨て犬を拾ったら、伝説のフェンリルだった件
『アレン雑貨店』の開店準備は順調だ。
建物は完成した。あとは棚に並べる「商品」が必要だ。
俺は店の裏手に広がる『魔の樹海』へと足を踏み入れた。
村人たちは「あそこには恐ろしい魔物が住んでいる」と恐れているらしいが、俺の【自動収集】があれば関係ない。
「範囲指定:半径1キロ。対象:薬草、キノコ、果実――【収集開始】」
森を散歩するように歩くだけで、視界の端にポップアップログが滝のように流れる。
『特級薬草を回収しました』
『マヒマヒダケを回収しました』
『力の木の実を回収しました』
「よしよし。この辺の薬草なら、風邪薬から万能薬まで作れそうだな」
鼻歌交じりに進んでいると、ふと、血の匂いが鼻をついた。
草むらをかき分けると、そこには一匹の「犬」が倒れていた。
全身が美しい銀色の毛並みで覆われているが、腹部に深い裂傷がある。
大型犬……いや、狼か?
「グルルゥ……ッ」
俺が近づくと、狼は弱々しく牙を剥いた。
その瞳は知性的で、どこか誇り高い光を宿している。
「大丈夫だ、何もしない。怪我してるのか?」
俺はしゃがみ込み、インベントリからポーションを取り出した。
勇者パーティー時代、俺が水代わりに生成していた『特製ポーション』だ。
「飲むのは辛そうだな。直接かけるか」
バシャッ。
俺は惜しげもなく液体を傷口にぶっかけた。
普通ならポーションは一滴ずつ大事に使うものだが、俺には無限にある。
シュワワワ……!
淡い光とともに、ぱっくりと開いていた傷口が一瞬で塞がった。それどころか、毛並みの艶まで良くなっている。
「キャウン!?」
狼が驚きの声を上げ、自分の腹を見た。
そして信じられないものを見る目で、俺と空の瓶を交互に見つめている。
「よかった、治ったな。腹も減ってるか?」
俺はついでに、昨晩の残りの『干し肉』を取り出した。
ちなみにこれは、Sランクモンスター『グランド・バイソン』の肉を燻製にしたもので、一口食べれば瀕死の兵士も走り出す滋養強壮アイテムだ。
狼は警戒していたが、匂いを嗅いだ瞬間、目の色を変えた。
ガツガツッ! と勢いよく食らいつく。
「はは、いい食いっぷりだ。じゃあな、達者で暮らせよ」
俺は頭を一度だけ撫でてやり(すごいモフモフだった)、その場を立ち去ろうとした。
ペットを飼う余裕はまだないし、野生動物は自然に帰るのが一番だ。
だが。
「――待て、人間」
背後から、凛とした鈴のような声が聞こえた。
振り返ると、そこには狼はいなかった。
代わりに、銀色の長い髪をなびかせた、絶世の美少女が立っていた。
年齢は15、6歳くらいか。頭には狼の耳、お尻からはフサフサの尻尾が生えている。
そして、なぜか全裸だった。
「……え?」
「我は誇り高き銀狼の眷属、フェンリルだ。この傷は邪竜との戦いで負ったものだが……まさか、失われた秘薬『エリクサー』を家畜の傷薬のように使い、あまつさえ『神獣の干し肉』を振る舞うとは」
少女――フェンリルは、顔を赤らめながら俺を指差した。
「お、お主、何者だ? ただの人間ではないな?」
「いや、ただの雑貨屋だけど……」
「雑貨屋だと!?」
彼女は驚愕に目を見開いた後、スッと表情を引き締めた。
そして、その場に跪いた。
「我が命を救った礼、そしてその底知れぬ力……気に入った! 我、フェンリルは、今この時よりお主を主と認めよう!」
「はい?」
「名はフェルだ! さあ主よ、我を好きにするがいい! 番犬でも抱き枕でもなんでもなるぞ!」
「いや、とりあえず服を着てくれ」
こうして。
最強の道具屋『アレン雑貨店』に、伝説の魔獣フェンリルの看板娘(兼、警備員)が加わることになった。
一方その頃、王都の冒険者ギルド。
「おい見ろよ、あれ『光の剣』のレオンだぜ」
「なんか装備がショボくなってないか?」
「聞いたか? 昨日の依頼、ゴブリンの群れ相手に失敗したらしいぞ」
周囲のひそひそ話に、レオンはギリッと歯を食いしばった。
新品の鉄の剣はすでに刃こぼれし、安物のポーションは苦いだけで傷の治りが遅い。
「クソッ……あのアレンの野郎、呪いでもかけていきやがったな……!」
自分の実力不足を認めたくないレオンは、全ての不調をアレンのせいにすることで精神を保っていた。
だが、現実は非情だ。ギルドの受付嬢が、冷ややかな声で告げる。
「『光の剣』の皆様。度重なる依頼失敗と装備の破損により、SランクからAランクへの降格処分が検討されています」
「な、なんだとォ!?」
勇者の栄光に、亀裂が入り始めていた。




