第26話 お客様は神様です。たとえ人類の敵(魔族)であっても
営業再開から数日。
俺の店『隠れ家』は、戦場のような忙しさだった。
「はい、そちらの騎士団の方はポーション3ダースですね! お代は前払いで!」
「そこの商人! 列を乱すならフェルに食べさせますわよ!」
エリザベートが意外な才能を発揮していた。
公爵令嬢としての統率力と計算高さを活かし、荒くれ者の冒険者たちを見事に捌いているのだ。
「私が一番弟子の看板娘ですわ!」と張り切る彼女のおかげで、俺は調合に専念できていた。
だが、その平穏は唐突に破られた。
ゾワリ。
真夏だというのに、店内の気温が一気に氷点下まで下がったような悪寒。
並んでいた客たちが次々と泡を吹いて気絶し、生き残った高ランク冒険者たちもガタガタと震え出した。
「な、なんだこのプレッシャーは……!?」
「ま、魔王軍だ……!!」
客たちが左右に割れ、道ができる。
その道を悠然と歩いてきたのは、漆黒のドレスに身を包み、背中からコウモリのような翼を生やした妖艶な美女だった。
魔王軍四天王の一角、「氷結の魔女・セシリア」。単騎で一国を滅ぼせると言われる化け物だ。
「主よ、殺るか?」
フェルが喉を鳴らし、エリザベートも杖を構えて臨戦態勢に入る。
「下がりなさい! ここを通すわけにはいきませんわ!」
一触即発の空気。
しかし、俺はカウンターの中から冷静に声をかけた。
「いらっしゃいませ。……で、ご注文は?」
セシリアがピタリと足を止める。
彼女は鋭い視線で俺を見つめ、やがて深々とため息をついた。
「……勇気ある店主ね。私が怖くないの?」
「金払いのいい客なら、神様でも悪魔でも歓迎するよ。うちはそういう店だ」
「ふふ、気に入ったわ」
彼女はカウンターに肘をつき、困ったような顔で言った。
「実はね、うちのボス(魔王)が最近、ひどい腰痛なのよ」
「腰痛?」
「ええ。長年『魔王の玉座』に座りっぱなしでしょう? あの椅子、見た目はカッコいいけど人間工学を無視した石造りだから、腰への負担が凄まじいのよ。湿布もマッサージも効かなくて、最近じゃ『痛いから勇者と戦いたくない』とか言い出して……」
店内が静まり返る。
魔王軍侵攻の理由が「腰が痛いから休止中」だなんて、国家機密レベルの情報だ。
「なるほど、慢性的な凝りと血行不良か。なら、これだ」
俺は棚から、ドロリとした緑色のペーストが入った瓶を取り出した。
『世界樹の樹液とマグマ・スライムの粘液を混ぜた温感湿布』だ。
「これを患部に塗ってくれ。血行を促進しつつ、筋肉を細胞レベルで再生させる。ついでに精神安定効果もあるから、よく眠れるようになるはずだ」
「へぇ……。ただの湿布に見えるけど、信じていいの?」
「効果がなければ返金する。ただし、代金は高いぞ」
セシリアは怪しげに瓶を受け取ると、懐から「闇色の巨大な結晶」を取り出し、カウンターにゴロリと置いた。
「『ダークマターの結晶』よ。人間の国じゃ手に入らないS級素材。これでお釣りが来るかしら?」
「……十分すぎるな。毎度あり」
俺がにこやかに受け取ると、セシリアは満足げに微笑み、翼を広げた。
「助かったわ。もしこれが効いたら、次は『魔王軍公認御用達』にしてあげる。……あ、それと」
彼女は去り際に、気絶している客たちを一瞥した。
「この店の中にいる間は、休戦協定を結んであげる。ここでは人間も魔族もただの『客』よ」
そう言い残し、彼女は突風と共に消え去った。
残されたのは、国宝級の闇の結晶と、呆然とする客たち。
そして。
「……し、師匠」
エリザベートが震える声で尋ねる。
「あ、あの『ダークマター』、魔導兵器の核になる超危険物ですわよ? 何に使うおつもりで?」
「ん? ああ、これよく燃えるんだよな。かまどの燃料にちょうどいい」
「「「もったいなさすぎるだろぉぉぉッ!!!」」」
こうして、俺の店は「魔王軍ですら手を出せない中立地帯」として、その悪名をさらに轟かせることになったのだった。




