第25話 ただの道具屋に戻ろうとしたら、ここが世界の中心になっていた
勇者アルヴィンたちが連行されてから数日後。
俺は王立魔法学院の学長室で、辞表(というか契約満了の書類)を提出していた。
「本当に行ってしまうのですか、アレン先生? あなたがいれば、この国の魔導技術は100年進歩するのですが」
学長が涙目で引き止めてくる。
「俺はあくまで道具屋の店主ですから。それに、王都の空気はどうも肌に合わなくて」
「むぅ……残念です。しかし、いつでも戻ってきてください。ここはあなたの家でもあるのですから」
丁重に挨拶を済ませ、俺は校門へと向かった。
そこには、人間形態(もふもふの耳付き)のフェルが、大量の荷物を持って待っていた。
「主よ、やっと帰れるのか。王都の肉は上品すぎて食いごたえがない」
「ああ、帰ろう。俺たちの店『隠れ家』へ」
俺たちが歩き出そうとした、その時だ。
「――置いていくなんて、ひどいですわ!」
背後から、旅行カバンを両手に持ったエリザベートが走ってきた。
真紅のドレスではなく、動きやすそうな冒険者風の衣装(それでも最高級の絹製だが)に身を包んでいる。
「エリザベート? なんでここに」
「言ったはずですわ! わたくしはあなたの『一番弟子』だと! 師匠がいる場所こそが、わたくしの学ぶべき場所。……ついていきますわよ、地の果てまでも!」
彼女の瞳に迷いはなかった。
俺は頭をかいた。公爵家が許したのか? まあ、このお嬢様のことだ、強引にねじ伏せたに違いない。
「……店番くらいはしてもらうぞ」
「望むところですわ! 『いらっしゃいませ』の練習もしてきましたの!」
こうして、俺とフェル、そして公爵令嬢のエリザベートを加えた一行は、王都を後にした。
数日後。
俺たちは辺境の街・ベルクの上空に差し掛かっていた。
フェルが本来の姿である巨大なフェンリルに戻り、俺たちを背に乗せて空を駆けている。
「懐かしいな。静かな森、寂れた街並み……」
「あら? 師匠、あそこを見てくださいまし」
エリザベートが眼下を指差す。
俺の店があるはずの森の入り口を見て、俺は目を疑った。
「……は?」
そこには、長蛇の列ができていた。
それもただの行列ではない。王都の貴族が乗る豪華な馬車、他国の商人たちの荷馬車、さらには高ランク冒険者のパーティたちが、ずらりと街道を埋め尽くしているのだ。
寂れていたはずの辺境の街は、彼ら目当ての屋台や宿屋が急増し、まるで活気ある都市のように変貌していた。
「な、なんだあれは……」
「どうやら、師匠の噂が大陸中に広まってしまったようですわね。『雑草からエリクサーを作る神の店がある』と」
フェルが俺たちの店――丸太小屋の前へと降り立つ。
すると、待ちわびていた人々が一斉に駆け寄ってきた。
「アレン殿だ! 伝説の店主が帰ってきたぞ!」
「半年待ちました! どうか私の剣を打ってください!」
「隣国の王子です! 不老不死の薬を!」
静かなスローライフ? 隠居生活?
そんなものは、夢のまた夢になってしまったらしい。
「あー……とりあえず」
俺は店の扉を開け、ため息混じりに看板を掲げた。
「『本日、営業再開』。……並ぶ時は静かに。マナーの悪い客には、うちの番犬が噛み付くからな」
「「「うおおおおおおお!!!」」」
歓声が森を揺らす。
こうして、辺境の道具屋は、いつの間にか「世界で一番賑やかな都市」の中心として、新たなスタートを切ることになったのだった。




