表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/30

第22話 「夜這いではありませんわ! ……補習です!」

 エリザベートとの勝負から数時間が経過した、その日の深夜。

 学院からあてがわれた特別講師用の個室で、俺はフェルの毛並みをブラシで整えながら、明日の講義の準備(という名の昼寝の計画)をしていた。


 コン、コン。


 控えめなノックの音が響く。

「こんな時間に誰だ? 学生寮の門限は過ぎてるはずだが」

「主よ、まさか刺客か? 腹が減ったから食ってもいいか?」

「だめだ。……開いてるぞ」


 ドアが少しだけ開き、フードを目深に被った怪しい人影がスルスルと入ってきた。

 人影は部屋に入るなり素早く鍵を閉め、フードをバサッ! と脱ぎ捨てた。


「……夜分に失礼いたしますわ」


 現れたのは、昼間の派手なドレスではなく、清楚なネグリジェ……の上に急いで上着を羽織ったような格好の、エリザベートだった。

 その首元には、俺があげた『精霊石のダイヤモンド』が、チェーンに通されて大切そうに飾られている。


「公爵令嬢が男の部屋に忍び込みとはな。大胆だな」

「か、勘違いしないでくださいまし! これは……その、あくまで教育的な指導を仰ぎに来ただけですわ!」


 彼女は顔を真っ赤にしながら、バスケットをテーブルにドンと置いた。中からは焼きたてのクッキーの香りが漂っている。


「……賄賂か?」

「お夜食ですわ! 貴族の嗜みとして、無礼を働く際の手土産くらい持参しますの!」


 エリザベートは俺の正面に座ると、昼間の高圧的な態度はどこへやら、モジモジと指を絡ませてうつむいた。


「あの……昼間の、おっしゃっていたこと。『素材の声を聞く』というのは、比喩ではなく本気なのですか?」

「ああ。素材にはなりたい形がある。それを無視して魔力でねじ伏せるのが、今の学院のやり方だろ?」

「……わたくし、ずっと『力』こそが全てだと教わってきました。より強い魔力で、素材を従わせるのが錬金術だと。でも……」


 彼女は胸元のダイヤをギュッと握りしめた。


「あなたの作ったこの石は、わたくしのルビーよりずっと……優しくて、暖かい輝きを放っています。わたくし、悔しいですけれど、この輝きに魅せられてしまいましたの」


 エリザベートは意を決したように顔を上げ、潤んだ瞳で俺を見つめた。


「教えて、ください。あなたのその……魔法の領域レベルに至る道を。わたくしを……で、弟子にしてくださっても、よろしくてよ?」


 上から目線なのか下から目線なのか分からない頼み方だが、彼女の真剣さは伝わってきた。

 俺はため息をつき、クッキーを一枚かじった。美味い。


「俺の授業は厳しいぞ。教科書なんて役に立たない」

「望むところですわ!」

「よし。じゃあ、まずはこれだ」


 俺はインベントリから、錆びついたボロボロの「鉄の短剣」を取り出した。ダンジョンで拾ったガラクタだ。


「え? こんな汚い剣……」

「今夜の課題だ。魔力を使わずに、その剣を布で磨き続けろ。ただし、『綺麗になれ』と念じるんじゃない。『今までお疲れ様、痛かったね』と労りながら磨くんだ」

「は、はぁ? 剣に話しかけるなんて、気でも狂いましたの?」

「いいからやってみな」


 半信半疑のエリザベートだったが、彼女は文句を言いながらも磨き始めた。

 ――1時間後。


「……嘘、でしょう?」


 彼女の手の中で、錆だらけだった短剣が、まるで鏡のように輝きを取り戻していた。

 それだけではない。刀身が微かに青白く発光している。

 ただ磨いただけの鉄くずが、微弱だが魔力を帯びた『魔剣』へと進化しかけていたのだ。


「不思議ですわ……磨いているうちに、この子の『痛み』みたいなものが指先に伝わってきて……それが消えるように撫でていたら……」

「それが『同調』だ。あんた、才能あるよ」


 俺が頭をポンと撫でると、エリザベートはボンッ! と音がしそうなほど赤面し、慌てて立ち上がった。


「こ、こ、今夜はこれくらいにしてあげますわ! クッキーのお礼には十分ですことよ!」


 彼女は逃げるようにドアへ向かい、最後に振り返った。


「……師匠マスター。おやすみなさいませ」


 消え入るような声でそう言い残し、公爵令嬢は風のように去っていった。


「ふぁぁ……騒がしい夜だったな」

「主よ、あの雌、完全に発情していたぞ。チョロいな」

「人聞きが悪いこと言うな。熱心な生徒だよ」


 こうして、学院最強の才女が、俺の「一番弟子」となったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ