第22話 「夜這いではありませんわ! ……補習です!」
エリザベートとの勝負から数時間が経過した、その日の深夜。
学院からあてがわれた特別講師用の個室で、俺はフェルの毛並みをブラシで整えながら、明日の講義の準備(という名の昼寝の計画)をしていた。
コン、コン。
控えめなノックの音が響く。
「こんな時間に誰だ? 学生寮の門限は過ぎてるはずだが」
「主よ、まさか刺客か? 腹が減ったから食ってもいいか?」
「だめだ。……開いてるぞ」
ドアが少しだけ開き、フードを目深に被った怪しい人影がスルスルと入ってきた。
人影は部屋に入るなり素早く鍵を閉め、フードをバサッ! と脱ぎ捨てた。
「……夜分に失礼いたしますわ」
現れたのは、昼間の派手なドレスではなく、清楚なネグリジェ……の上に急いで上着を羽織ったような格好の、エリザベートだった。
その首元には、俺があげた『精霊石のダイヤモンド』が、チェーンに通されて大切そうに飾られている。
「公爵令嬢が男の部屋に忍び込みとはな。大胆だな」
「か、勘違いしないでくださいまし! これは……その、あくまで教育的な指導を仰ぎに来ただけですわ!」
彼女は顔を真っ赤にしながら、バスケットをテーブルにドンと置いた。中からは焼きたてのクッキーの香りが漂っている。
「……賄賂か?」
「お夜食ですわ! 貴族の嗜みとして、無礼を働く際の手土産くらい持参しますの!」
エリザベートは俺の正面に座ると、昼間の高圧的な態度はどこへやら、モジモジと指を絡ませてうつむいた。
「あの……昼間の、おっしゃっていたこと。『素材の声を聞く』というのは、比喩ではなく本気なのですか?」
「ああ。素材にはなりたい形がある。それを無視して魔力でねじ伏せるのが、今の学院のやり方だろ?」
「……わたくし、ずっと『力』こそが全てだと教わってきました。より強い魔力で、素材を従わせるのが錬金術だと。でも……」
彼女は胸元のダイヤをギュッと握りしめた。
「あなたの作ったこの石は、わたくしのルビーよりずっと……優しくて、暖かい輝きを放っています。わたくし、悔しいですけれど、この輝きに魅せられてしまいましたの」
エリザベートは意を決したように顔を上げ、潤んだ瞳で俺を見つめた。
「教えて、ください。あなたのその……魔法の領域に至る道を。わたくしを……で、弟子にしてくださっても、よろしくてよ?」
上から目線なのか下から目線なのか分からない頼み方だが、彼女の真剣さは伝わってきた。
俺はため息をつき、クッキーを一枚かじった。美味い。
「俺の授業は厳しいぞ。教科書なんて役に立たない」
「望むところですわ!」
「よし。じゃあ、まずはこれだ」
俺はインベントリから、錆びついたボロボロの「鉄の短剣」を取り出した。ダンジョンで拾ったガラクタだ。
「え? こんな汚い剣……」
「今夜の課題だ。魔力を使わずに、その剣を布で磨き続けろ。ただし、『綺麗になれ』と念じるんじゃない。『今までお疲れ様、痛かったね』と労りながら磨くんだ」
「は、はぁ? 剣に話しかけるなんて、気でも狂いましたの?」
「いいからやってみな」
半信半疑のエリザベートだったが、彼女は文句を言いながらも磨き始めた。
――1時間後。
「……嘘、でしょう?」
彼女の手の中で、錆だらけだった短剣が、まるで鏡のように輝きを取り戻していた。
それだけではない。刀身が微かに青白く発光している。
ただ磨いただけの鉄くずが、微弱だが魔力を帯びた『魔剣』へと進化しかけていたのだ。
「不思議ですわ……磨いているうちに、この子の『痛み』みたいなものが指先に伝わってきて……それが消えるように撫でていたら……」
「それが『同調』だ。あんた、才能あるよ」
俺が頭をポンと撫でると、エリザベートはボンッ! と音がしそうなほど赤面し、慌てて立ち上がった。
「こ、こ、今夜はこれくらいにしてあげますわ! クッキーのお礼には十分ですことよ!」
彼女は逃げるようにドアへ向かい、最後に振り返った。
「……師匠。おやすみなさいませ」
消え入るような声でそう言い残し、公爵令嬢は風のように去っていった。
「ふぁぁ……騒がしい夜だったな」
「主よ、あの雌、完全に発情していたぞ。チョロいな」
「人聞きが悪いこと言うな。熱心な生徒だよ」
こうして、学院最強の才女が、俺の「一番弟子」となったのだった。




