第11話 王女様が看板娘を始めたが、卵料理の虜になって「国を捨ててもいい」とか言い出した件 ~そして父(国王)が軍隊を率いてやってきた~
「い、いらっしゃいませ……ですわ!」
『アレン雑貨店』のカウンターに、ぎこちない声が響いた。
エプロン姿のリリアーナ王女(偽名:リリア)が、ガチガチに緊張して客を迎えている。
「お、おう、嬢ちゃん。見ない顔だが新人か?」
「は、はい! わたくし……いえ、私が新しく雇われたリリアと申します! 以後お見知り置きを……!」
リリアは優雅すぎるカーテシー(お辞儀)を披露した。
客の木こりのおじさんが、あまりの気品に恐縮して後ずさる。
「そ、そうか。丁寧な嬢ちゃんだな。じゃあこの『よく切れる鎌』を……」
「かしこまりました! 代金は銅貨5枚になりますわ! お釣りのないようにお願いあそばせ!」
……うん、隠しきれていない。
俺は棚卸しをしながら苦笑した。言葉遣いと所作から溢れ出るロイヤル感は、エプロン一枚では隠せないようだ。
「主よ、あの新入り、動きが硬いぞ。笑顔が引きつっておる」
「まあ、初めてなんだから大目に見てやれよ」
フェルが先輩風を吹かせて腕組みをしている。
リリアは失敗しつつも、持ち前の真面目さでなんとか午前中の業務をこなした。
「つ、疲れましたわぁ……」
昼休憩。店を一時クローズすると、リリアはテーブルに突っ伏した。
「庶民の労働がこれほど大変なものとは……。足が棒のようです」
「お疲れ様。よく頑張ったな。約束通り、昼飯にするか」
俺が言うと、リリアはババッ! と音速で顔を上げた。翠の瞳がギラギラと輝いている。
「は、はいっ! 待っていました! 今日のメニューは何でしょうか!?」
「コカトリスの卵がまだあるからな。『オムライス』にしてみよう」
俺は厨房に立った。
インベントリから取り出したのは、Sランク食材『黄金米』と、完熟した『太陽のトマト』で作った自家製ケチャップ。
バターを溶かしたフライパンでチキンライスを炒め、皿に盛る。
ここからが勝負だ。
卵3つを溶き、強火で一気に加熱。半熟のトロトロ状態でライスの上に乗せる。
「仕上げだ」
包丁で卵の中心に切れ目を入れると――。
パカンッ。とろ〜り。
半熟卵が花開くように広がり、チキンライスを黄金色に包み込んだ。
「「おおぉぉぉぉ……!!」」
リリアとフェル、二人の美少女が同時に感嘆の声を漏らした。
最後に特製デミグラスソースをかけて完成だ。
「さあ、召し上がれ」
「い、いただきますっ!」
リリアは震える手でスプーンを入れ、一口頬張った。
瞬間。
「んんん~~~~っ!!!」
彼女は椅子から崩れ落ちそうになりながら、頬を押さえた。
「な、なんですかこの破壊力は……! 卵が! 卵が飲み物のように喉を通り過ぎていきます! その後に濃厚なトマトとバターの香りが追いかけてきて……!」
「うむ! このソースも絶品だぞ主よ! 肉の旨味が凝縮されておる!」
フェルも尻尾を高速で振りながらガツガツ食べている。
「城のシェフたちが作るオムレツなんて、これに比べればゴムの塊ですわ……! もう私、城には帰りません! 一生ここで働きます! だから毎日これを食べさせてぇぇ!」
リリアが錯乱気味に叫んだ、その時だった。
ズズズズズ……ッ
突然、地面が揺れた。地震か?
いや、違う。これは、多数の馬蹄と足音が重なり合った振動だ。
「な、なんだ!?」
「主よ、表が騒がしいぞ」
俺たちが店の外に出ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
白銀の鎧を纏った騎士団。
その数、およそ五百。
整然と隊列を組んだ軍隊が、小さなリーゼ村を完全に包囲していたのだ。
そして、その中央。
豪華絢爛な馬車から降り立ったのは、立派な髭を蓄えた、威厳あふれる巨漢の男性だった。頭には王冠が輝いている。
「ち、父上……!?」
リリアが顔面蒼白になって呟く。
そう、この国の国王、ルークス・フォン・カイゼルその人だ。
国王は血走った目で周囲を見回し、そして俺たちのいる店を見つけた。
「ここか……! 報告にあった『規格外の店』というのは!」
ドシドシと地面を揺らして、国王が近づいてくる。
その迫力に、フェルですら「ほう、人間にしてはなかなかの覇気だ」と警戒色を見せる。
国王は俺の目の前で仁王立ちし、そして――俺の背後に隠れようとしていたリリアを見つけた。
「おお! リリアーナ! 無事だったか!」
「ひぃっ! み、見つかった……!」
「心配したぞ! 家出などしおって! さあ、城へ帰るぞ!」
国王が太い腕を広げて娘を抱きしめようとする。
だが、リリアはそれをすり抜け、俺の背中にしがみついた。
「い、嫌です! 私は帰りません!」
「な、なにぃ!?」
「私はここでアレン様の元で働くのです! 城のご飯より、アレン様のオムライスの方が百倍美味しいのですから!」
シン……と、騎士団に静寂が走った。
国王が、ゆっくりと俺に視線を向ける。その目には、国を統べる王としての威厳と、娘を奪われた父親としての嫉妬の炎が燃え盛っていた。
「……貴様か。アレンというのは」
国王が低く唸る。
「我が愛娘をたぶらかし、あまつさえ王家専属シェフより美味い料理を出すとは……。いい度胸だ」
あ、これマズい流れだ。
俺は冷や汗をかきながら、一歩も引かずに答えた。
「たぶらかしてはいません。ただのアルバイト契約です。……ですが陛下、うちの従業員を無理やり連れ帰るなら、相応の『退職金』はいただきますよ?」
一国の王相手に、一歩も引かない店主。
一触即発の空気が流れる中、フェルが楽しそうに爪を伸ばし始めた。
「主よ、やってもいいか? あの髭、むしり取ってやろうか?」
波乱の「国王来店」イベントが幕を開けた。




