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第10話 王女様が忍び込んで来たが、フェンリルに睨まれて気絶した件 ~お詫びに「究極の卵サンド」を出したら、城に帰りたくないと言い出した~

 元勇者パーティーの騒動から数日が過ぎた。

『アレン雑貨店』には、再び穏やかな時間が戻っていた。


「主よ、暇だな」

「そうだな。平和でいいことじゃないか」


 カウンターで頬杖をつくフェルと、在庫整理をする俺。

 村人たちの買い込みも一段落し、今日は客足がまばらだ。


「平和すぎてあくびが出るぞ。……む?」


 不意に、フェルの狐耳(いや、狼耳か)がピクリと動いた。

 彼女の黄金の瞳が鋭くなり、店の裏口の方角を睨みつける。


「主よ、裏口にネズミがいるぞ。コソコソと侵入しようとしておる」

「ネズミ? 魔物か?」

「いや、人間だ。魔力遮断のローブを着ているようだが、我の鼻は誤魔化せんぞ」


 フェルが音もなくカウンターを飛び越え、裏口のドアノブに手をかける。


「不埒な泥棒猫め。八つ裂きにしてくれるわ!」

「待て待て、八つ裂きは禁止だ! とりあえず確保だけしてくれ」


 俺が止めるのと同時、フェルが勢いよくドアを開け放った。


「そこまでだ、曲者くせものめ!」


「――ひゃうっ!?」


 そこにいたのは、予想外の人物だった。

 目深にフードを被った小柄な人影。フェルの殺気に当てられたのか、その人物は「ひゅっ」と息を呑み、その場にへたり込んでしまった。


「あ、あれ……? 小さい?」


 フードがずり落ち、その素顔が露わになる。

 燃えるような赤い髪に、宝石のようなみどりの瞳。

 歳は15くらいか? 整った顔立ちの美少女だが、今は顔面蒼白で震えている。


「た、食べ……食べないで……」

「……ぐぅぅぅ~~~」


 可愛らしい命乞いの直後、盛大な腹の虫が鳴り響いた。

 少女の顔が一瞬で真っ赤に染まる。


「あ、う……こ、これは、その……!」


 恥ずかしさと恐怖のあまりか、少女はそのまま白目を剥いてパタリと気絶してしまった。




「……ん……いい匂い……」


 少女が目を覚ましたのは、店のリビングのソファーの上だった。

 俺は淹れたてのハーブティーをテーブルに置く。


「気がついたか? 泥棒さん」

「ど、泥棒!? 無礼な! 私は……っ!」


 少女は飛び起きようとしたが、ふらついてまた座り込んだ。


「無理しない方がいい。空腹と魔力欠乏で倒れてたんだ。とりあえず、これを食うといい」


 俺が差し出したのは、皿に乗ったサンドイッチだ。

 具はシンプルに、茹でてマヨネーズで和えた卵のみ。


「こ、こんな平民の食べ物……毒が入っているかもしれないし……」

「なら下げるけど」

「た、食べます! 食べさせてください!」


 少女は皿をひったくると、サンドイッチにかぶりついた。

 その瞬間。


「んんっ――!?」


 少女の瞳が見開かれ、時が止まったようになった。


「な、ななな、何ですかこれはぁぁぁ!?」


 ガツガツと猛スピードで食べ進めながら、彼女は叫んだ。


「パンが……まるで雲のようにふわふわで、口の中で溶ける!? それにこの卵! 濃厚なコクと甘みが爆発して、絶妙な酸味のソースと絡み合って……!?」


「ああ、パンの小麦は『千年麦』を使ってるからな。卵は『コカトリス(鶏型の魔物)』の産みたてだ」

「コ、コカトリスゥ!? 猛毒の魔物じゃないですか!」

「毒袋は除去してあるし、あいつらの卵は滋養強壮にいいんだよ」


 俺が説明している間に、少女はあっという間に完食してしまった。

 その頬は薔薇色に染まり、肌には艶が戻っている。コカトリスの卵の効果だ。


「はぁ……美味しかった……。王宮のシェフの料理より、ずっと……」


 少女はうっとりとため息をつき、ハッとして口を押さえた。


「王宮?」


 俺が聞き返すと、少女は観念したように肩を落とし、居住まいを正した。


「……礼を言います、店主殿。私の名はリリア。……リリアーナ・フォン・カイゼル。この国の第三王女です」


「は?」


 俺と、横でサンドイッチをつまみ食いしていたフェルが顔を見合わせる。

 リリアーナ王女?

 確か、「お転婆すぎて城を抜け出す常習犯」として有名な……。


「なぜ王女様がこんな辺境に?」

「ち、父上……国王陛下が、『リーゼ村に国宝級のアイテムを作る職人がいる』と大騒ぎして、視察の準備を始めたのです。私はそれが気になって……先回りして確かめに来たのですが、道中で魔物に追われ、路銀も尽き……」


 なるほど。家出ついでに野次馬に来て、遭難したわけか。

 俺は頭を抱えた。


「で、正体を知られたからには、私を城へ突き出しますか?」


 リリアーナ王女が上目遣いで聞いてくる。

 俺は即答した。


「もちろんです。誘拐犯扱いされたらたまらない」

「い、嫌です! 帰りたくない!」


 王女がソファーにしがみついた。


「だって、城のご飯は味気ないし、マナー講師はうるさいし……! ここなら、こんなに美味しいものが食べられるんでしょう!?」

「いや、うちは定食屋じゃないんですが……」

「働きます! 看板娘でも皿洗いでもなんでもします! だからここに置いてください! あの卵サンドをもう一個くれるまで動きませんから!」


 涙目で駄々をこねる王女様。

 俺は大きなため息をついた。


「……フェル、どう思う?」

「ふん。主の料理に魅せられたか。気持ちは分からんでもないが……まあ、我の食べ分が減らなければ許可してやろう」


 こうして。

 最強の道具屋に、伝説の魔獣に続いて、家出王女という新たなトラブルメーカーが加わることになった。

 スローライフとは一体何だったのか。俺は遠い目をして天井を見上げた。

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