赤鬼王と青鬼姫には離れられない理由がある
火や熱気を司る赤鬼族の王である朱雀門カイと、水や冷気を操る青鬼族の姫君である青龍寺ユウは幼い頃から決められた婚約者同士である。
2人には、どうしても共に生きていかなければならない理由があった。
ユウはどう訓練しても、その生まれもった強い水と冷気の能力を制御することが出来なかったのだ。
彼女が泣くとたちまち辺りには木枯らしが吹きすさび雪一面となった。そして彼女が怒ると、空に雷鳴が轟き大雨となった。
太古から鬼を祀る青鬼村の住民もこれには困り果てた。いかに神様と言えど、これではただの厄災の神だ。崇めていても供物を捧げても意味もない。
そんな時、隣の赤鬼町で、同じ頃生まれたカイの噂があった。生まれ持った制御能力で、カイは幼くても熱気も火力も見事に抑えられていると評判だった。
青鬼村の人々は頼んでカイにユウの住処まで来てもらった。2人が会うと予想通り────季節外れの雪害や大雨が全く無くなった。
青鬼村の人々はノリノリでカイとユウの婚約を半ば強引に祝った。二世帯住宅までも建てて、それぞれの家族が快適に共に過ごせるようにした。
幸いなことに、カイの両親の神々もユウの両親の神々も温厚で理解力があって…………小さいことは気にしないタイプで、無料とお得が大好きだった。
こうして二世帯で共に暮らし、カイとユウは高校生になっていた。
◆
私は嘘をつくことに決めた──
今朝もジョギングをして、腕立てもして、スクワットもした。
甘い物やお菓子は夜には食べないし、インスタント食品も口にしないようにしている。
お寺に座禅をしに行ったり、写経をしたり、アロマオイルを焚いたり……交響曲や滝の音を聴いたりもした。
肉体的にも精神にも良いことはみんなやっている。
でも全っ然駄目なのだ。水と冷気の制御がまるで出来ない。
私は短い2本の銀の角が頭に猫耳のように突き出ているが、これを隠すほどの力も使えない。だから髪をとかすのもいつも大変で、カチューシャも付けれない。ストレートの長い髪は元々濃紺で黒にも近く視えるのが救いだが、陽があたればすぐに紫に光っているのが分かってしまう。
一方、カイはその頭に生える一本の金の角も普段は完全に隠せている。炎のように赤く黄色の入り混じる長髪もちゃんと短めの黒色にできる。
カイとは小さな頃から一緒にいて、家族同然に育った。彼と将来も家族なんだと理解した時には心から嬉しかった。
でもある時から私は、この2人の間にある"幼い頃からの婚約"がとても嫌になった。
この婚約のために カイは私といるしかないのだと分かると、取りやめたくて取りやめたくて仕方がなくなったのだ。
それでも当然……婚約破棄など出来なかった。
私達が別れることは、私達だけの問題ではなかったから。
ところが────高校生になって赤鬼町の鬼首高校に通うようになって、私は気がついた。カイの従兄弟であるセイも同じクラスになったのだが、なんと……
赤鬼族であるセイの火と熱気の能力でも、私の能力は打ち消すことができていたのだ。
セイの協力があれば、私はカイを自分から解放することができる。
この忌々しい婚約を解消できる。
そして、そしてそしてそしてそしてそしてそして……!
普通に告白して、恋人同士になりたい!!
私はカイが大好きだから
だからこそ この婚約を取りやめたい
いざ!!! 婚約破棄の決戦の地へ…………!!!
私はセイを扉の裏に隠して、昼休みに約束していたカイの待つ屋上のドアノブを回した。
◆◆
カイは、屋上の柵に手をかけて秋晴れの空を見上げていた。私が近くに来たことは分かっていても、彼は振り返らずにそのままの姿勢で言った。
「雲の流れが早いし気温が下がりだしてる。ユウ、何を気負ってる?」
鋭いなぁ……だけど、万感の想いを込めて告げる。
「カイ、婚約破棄してほしいの」
彼はゆっくりと振り返ったけれど────同時に周囲の空間が歪んだ。……なんだろう?怒り?動揺?
「前から思ってたの。カイは全く普通にニンゲンに溶け混んで生活ができている。これから先、都会の大学や人間界での就職や地位も……カイは、カイが望むなら手に入れられるでしょ?ニンゲンの女の子だって、きっと選び放題だよ」
それにカッコイイし、優しいし、いつも守ってくれて譲ってくれて庇ってくれて……ああ、婚約破棄してすぐ彼女が出来ちゃったらどうしよう……
カイは赤鬼族の王に相応しい、低く重厚な声で私に尋ねた。
「ユウはオレにニンゲンの女をあてがいたいのか?そうしたいのか……本当に?」
そうじゃない!そうじゃないけれど……
私達の間で、視えない空気の壁のようなものがぶつかり合っている。普段は相殺し合う熱波と冷気が押し合っているかのようだ。
「私達気心が知れた頃からお互いを決められていたでしょう?カイも私も、ニンゲンの男女みたいに誰かをちゃんと好きになって 恋して婚約できたら素敵だなって……私は夢見ていたの。ずっと」
夢見てた────ただそうやって、あなたが私を選んでくれたらって。
その人は今 眉間に深い皺を刻んで、私を睨んでいるけれど。
「でもオレから離れたら青鬼村は滅亡するだろう?今はこの赤鬼町だって。」
ここだ!今こそ私は嘘をついた。
「それがカイ、私ね、力の制御ができるようになったの。だからもう青鬼村も赤鬼町も大丈夫!私とカイは婚約してる必要がなくなったの! 」
この言葉を聞いた途端、カイが瞳を細めて──発せられていた熱波の全てを身の内に取り入れていく。彼の周囲の空間は瞬時に通常に戻った。
凄い。完璧なコントロール。私には全然できないのだけれど……
私の方の冷気は屋上扉裏のセイがその力で打ち消してくれた。私は、さも自分が冷気をおさめたかのように涼しい顔をして見せる。
カイは、驚いた表情でこちらを凝視した。
清浄な空気の中、私は口を開いた。
「……ね?私はもう一人で大丈夫だから、カイにも自由になってほしい。だから、婚約は……解消して下さい」
言いながら、最後は彼に頭を下げていた──自然に。今までカイの人生を独占していたことを謝りたかった。幸せだったと、感謝した。
「分かった。────離れてみろよ、オレから」
感情の無い冷たい声だった。そんなカイにかける言葉を探したけれど結局見当たらなくて、私は彼に背を向けて歩き出した。
カイに言われた通り、彼から離れたのだ。
だけど屋上の扉のドアノブに手をかけたその時────地震の揺れのような振動と空間の歪みを感じた。
◇◇◇
「きゃ……!!」
その揺れで 私は扉の前で へたれこんでしまった。
すると扉が反対側から開いて、セイが
「ユウちゃん大丈夫?!」
と私の元に来てくれた。
「大丈夫。でも揺れが……」
私は言葉を切った。最後まで言えなかった。背後から物凄いエネルギーを感じて振り返った。
「セイ?お前がどうしてここにいる?」
カイがセイにかけた言葉だった。言葉と共に矢のような火花が飛ばされてセイの身体を無数にかすめる。セイは防御しているが、力の差がありすぎて突き破られている。セイの制服が焦げる匂いがして、血が滲み始めた。
「カイやめて!!……大丈夫?!セイ」
私は冷気を放ってセイをくるんだ。おさめることは大の苦手でも、力の放出は自分の意思でもできる。
私が傷を見ようとセイの身体に手を伸ばした時、壁のような熱風が飛んできて──そして 校舎が揺れだした。
「ヤベェ……上がろうユウちゃん!」
セイは瞬時に橙色の髪と金の瞳に変わり、カイより少し短い金の一本角の鬼の姿になった。
私も"飛翔"の能力は使えるので上へあがる。
私とセイを見上げているカイも、みるみるうちに黄色の入り混じる真っ赤な長い髪となり、頭には黄金の一本角が輝いた。
私はその────私達の王の雄々しさと美しさに見惚れるくらいだったが、隣りではセイが慌ただしくスマートフォンで会話をしていた。ほとんど叫ぶように。
「おじさんおばさん、カイが暴走した!赤鬼町の方に結界をヨロシク!…………無理ですよ、カイ相手じゃ、オレなんか校舎とグラウンドで手一杯です!……ええ!すぐお願いします」
セイがスマートフォンを切ると同時に、私は地上の揺らぎが止まったのを感じた。でも、私やセイの周囲の空間は変わらず揺らぎっぱなした。
「地上では結界が張られた?」
セイに確認する。
「カイのオヤジさんとお袋さんが。でもお袋さんは、半額シールの値下げ時間繰り上げに力を使いたいから6割しか出さないって」
「おばさん半額が好きだからなぁ」
私は頭を抱えた。
「変わりにユウちゃんのお父さんも力を貸してくれてるけれど、お腹の調子が悪いって」
それも知ってる。
「お父さん、昨日豆を食べたんだよ。鬼族のクセにビールのつまみだって、酔っ払って豆を食べるから、もういつもお腹を壊すの。トイレも臭うの」
私はげんなりした。トイレであの臭いがついたらカイにはいつも近寄れない……
「ってことで、防御はギリギリなわけだから、ユウちゃんがカイをなんとかしてよ?青鬼の姫君は赤鬼の王を相殺できるはずなんだから」
「ええ!? 私じゃカイに勝てるわけないよ」
そうこう言い争っているうちに、下から熱波が吹き荒れてきた。────カイが来る!!
セイは校舎とグランドへの結界の印を結んで動けずにいた。それを庇うように空中に立つ私の前に、カイは現れた。
風貌は完全に変わり、口には牙が生え、黄金の爪ものび、耳も尖った。制服すらも和装装束へと変化している。
────完璧だ。彼は完璧な凛々しい鬼となっていた。
だけど……
そもそもなんでカイは暴走したんだろう?
「ユウ、お前セイが好きなのか?」
空中にその声が響く。私は、すぐには言われたことが理解できないでいた。
「セイのことが好きになったから、オレを捨てるのか?!」
「え!?ち、ちがうけど……」
「ならば何故オレから離れてセイの元へ行く!?今だってお前はセイを守ってるではないか!」
言ってカイが腕を一振りすると、炎の輪が巻き起こった。カイはそれをセイへと放つ。
待った待った待ーった!!
「こんなの止めるに決まってるでしょう!?セイは今学校を守って動けないんだから……!!」
私は立ちはだかって火輪を消した。だが、カイの攻撃は止まらない。
「よけろユウ!! セイと戦わせろ!!」
ボゥッ!と爆音がして、カイの背後には火柱が立ち上った。
その大きさと火力、熱量に私ですら寒気がした。張り巡らされた結界そのものの軋む音がする。……お父さんのお腹の調子もやっぱり良くないのかも……
「お前が他の男を選ぶなら、そいつを灰にするまでだ」
カイの険しい金と黒の瞳にキュンとした────
「……どうして、そんな……」
「お前は誰にも渡さない!!」
カイの姿とともに、炎柱が鳳を形作り、セイに向かって飛翔する。私はできる限りの水と冷気をまとって龍となり……カイの胸に飛び込んだ────!!
火力と水力のぶつかり合いで、辺りには爆音が響き渡った。衝撃と爆風で、セイは耐えられず飛ばされた。
「おわぁ……!!」
結界陣を結んだ指の印は解け、グランドに雨のような水滴が降り注ぐ。そして、校舎の窓はガタガタと揺れた。
◇◆◇◆
空には青い快晴が戻り、風もおさまっている。
屋上には3つの影があった。
気を失っているセイと、あとは────
屋上に横たわったカイの姿は、人型に戻り制服にもなっていた。カイの上にはユウが乗っていて、しっかりとしがみついていた。
「……好きだよ。好きなの。私はカイが好きだったよ。ずっとカイだけだった」
カイはユウの言葉を聞きながら、ゆっくりとその頭を撫でた。2つの銀の角のある頭を。
「──なら、なんで婚約を辞めようとする? 嫌われたかと思うだろうが、阿呆が」
言葉とは裏腹に、カイの手は優しかった。
「知らなかったから。……カイが、私を好きでいてくれるなんて思ってもみなかった。カイは村や町や、私のために、仕方なく婚約してくれてると……思ってた……。それで私、ゼロからカイとやり直せたらって……」
「離れようとして分かったろ?ユウ」
カイは上半身を起こして、ユウを抱きしめた。彼はため息をつくと、ユウの肩に顔をうずめる。
ユウは耳元で囁かれるその言葉を確かに聞いた。
「今はオレの方が、お前がいないと駄目なんだよ」
◆◇◆◇◆
4階の1年F組では、ようやく落ちついた外の景色に白井九マコが 虹を見つけていた。
「おー!キレイな虹が出たよ。終わったのかなぁ、ユウとカイくんの喧嘩」
マコの友人の庫裏マジュは、来たる冬に備えてマフラーを編んでいた手を止めて、虹を眺めた。
「何が喧嘩なんだか。あの2人はいつだってお互いしか見てないのに」
マコとマジュは笑い合った。
教室に、担任の坂清正先生が入ってくると、彼は窓を開けて上半身を乗り出し、屋上に向かって叫んだ。
「いい加減教室に戻って来なさい!5時間目始めるぞー!」
めでたしめでたし
お読み頂きまして誠にありがとうございました。
本作はシロクマシロウ子から発想して『氷のシロクマ令嬢は微笑む』を書いて下さった二角ゆう様への返礼作品となります。
二角ゆう様のお名前からイメージした 可愛いヒロイン青鬼姫ユウを書きたくて初のローファンタジー短編となりました。
お互いに名前イメージからで全ては(当然)フィクションです。
余談ですが、ユウとその(元?)婚約者のバトルの最中、ユウのお母さんはソファでお尻カキカキ昼寝をしていたことになっております。
そして、ユウのお父さんがお酒を飲んだあとのトイレがくっさくなることについては……(二角様、なんかすみませんでした)うちの父親のエピソードです(T ^ T)くっさかったのですー(´༎ຶོρ༎ຶོ`)
ほのぼの(?)鬼高校生ローファンタジーでした。(*´▽`*)
二角ゆう様以外にも約2名、お名前をもじって出演させてしまいました。お断りもなくやってしまい、申し訳ありませんm(_ _)m




