第6話 伯爵家一家が冒険者パーティーに
スターリー伯爵家の爵位返上手続きは、問題なくあっさりと通った。父はもしかしたら国から引き留められるのでは、と考えていたので、あっさりと手続きが進んで、内心ちょっとだけ寂しかった。
「さあ、手続きが終わった。今、この瞬間から我々は平民だ。覚悟は出来ているか?」
「お父様、今、訊いて覚悟できてなかったら、どうするおつもりです?」
「うーむ。どうするかな? しかし、私は、皆覚悟が出来ていると信じていたよ」
「では、どうして聞いたのです?」
「はっはっはっ」
「お父様ったら。うふふ」
父とマリナのやりとりを、母とアイナは微笑みを浮かべて見つめている。爵位を返上して国を出る事は家族で散々議論を重ねたのだから、覚悟が出来ているに決まっている。
張り詰めた気持ちを少し緩める為の戯れの会話に過ぎない。
アイナも、もちろん覚悟は出来ていた。つい先日、得たばかりの冒険者証のタグを手にとり、記載された「アイナ」という名前をじっと見つめた。
平民になる予定で登録したから、家名はなしで登録している。実のところ、爵位を返しても国から取り潰されたわけではない場合、「スターリー」という家名は残るらしい。実際、家の新たな収入源として起こした商会は「スターリー商会」という名前で登録をした。
でも、平民の冒険者として活動する場合、家名なしで登録しておいた方が活動しやすいだろう、という理由で家名なしでの登録となったのだ。
そう。冒険者証を得たのは、単に平民になった場合の身分証として使う為ではなく、スターリー家が冒険者として活動するためだ。
国を出て、一旦は国外にいる親戚を頼るつもりでは居る。しかし、今後の収入源、親戚を訪ねて向かう道中を考えると、冒険者として活動しながらであれば、移動途中にも収入が得られる。
冒険者パーティーの結成は、アイナの心に興奮と不安を呼び起こした。マリナもアイナも、伯爵令嬢であったが、魔法の修練と剣や弓の稽古は、幼い頃からやっていた。「令嬢であっても最低限身を守るのは、貴族としての嗜み」という父の考えからであった。
修練していて良かった!と、アイナは思った。
冒険者登録してすぐ、一家で平原に魔獣狩りに出かけた。
父は剣を握り、母は後方から支援魔法を放つ。マリナは強力な風魔法を炸裂させる。マリナの魔法から逃れた魔獣をアイナは慎重に水魔法で倒した。
マリナは苛烈な性格だけあって、初めから容赦ない戦いっぷりだった。アイナはこれまでの修練では、魔法は的に向けてしか放ったことがなかったから、魔獣に魔法を放つのは勇気が必要だった。
初めての戦闘が上手く行ったときは、安堵の息を漏らした。
優雅な伯爵夫人だった母が、手慣れた様子で支援魔法を放つのには、マリナもアイナも驚いた。
父が勇者パーティーに加わる前は、母も父と同じ冒険者パーティーで活動していたのだという。
何回かの戦闘を重ねて、パーティーの連携を調整して行った。
戦いの最中、マリナの魔法が炸裂する。「左から!」 アイナの叫びに、家族が応じる。勝利の瞬間、汗と涙が混じり、心が解放される。
「私たち、強い……。これならやっていけるかも」
そう考えて、冒険者タグをぎゅっと握りしめた時の事を思い出す。登録して数日だが、あの時より既にランクアップしている。
正式に平民となる前に、冒険者として、ある程度は戦えると知ると心にも少し余裕ができた。
マリナは戦いの最中、魔法を放ちながら心の中で戦慄する。「この力で、家族を守れるなら……」 苛烈な表情の裏で、過去の記憶が蘇る。幼い頃、父の勇者話に憧れ、自分も強くなりたいと誓った日々。「貴族の嗜み」と称しながらの鍛錬でも、父と肩を並べて勇者パーティーで活躍する事を目指していた。
魔法の威力を増す。妹のアイナを見て、守護の本能が強まる。
防具の中に父から譲り受けたロザリオを身につけている。
「平民となっても、スターリー家を守る。家族を、そして、未来の子孫達を」
マリナは心の中で誓った。
父は剣を振るいながら、内面で勇者パーティー時代の自分を重ねる。
「あの時より、弱くなったか……?いや、家族がいる今の方が強い」
鍛錬は続けていたが、久しぶりの魔獣との戦闘では、若い時の自分の動きと比べてしまう。
つい、無理をして筋肉痛になった。痛む体を無視し、心の声が励ます。
「娘たちを守るため、剣を取った。後悔はない」
母は戦いの場から少し離れ、支援魔法をかけながら内面で祈る。
「夫と娘たちが、無事で……私の力は小さいけど、みんなの心を繋ぐ」
穏やかな性格の裏で、家族の冒険への不安が渦巻く。領主夫人として、屋敷では女主人として、領地、家、家族を守ってきた。これからは家族を守っていく。
自分の支援魔法で強化されたマリナの魔法が炸裂する。アイナは懸命に声掛けする。娘達の姿を見ながら心の奥で、静かな勇気が湧き上がる。
「私も、戦うわ。家族のために」




