ゆいこのトライアングルレッスンB 〜3つのハート〜
「ゆいこの誕生日って、夏の終わりって感じするよな」
公園のフェンスに背中を預けながら、たくみがぽつりとつぶやいた。
「あの時も暑かったけど、風は少しだけ冷たくてさ。今でも毎年、思い出すんだよな」
「それ、あれだろ?」
「あぁ……」
――
それは、俺たちがまだ小さかった頃の話。
ゆいこの誕生日、プレゼントを買うお金なんてなくて、俺とひろしは「一緒に遊ぼう」とだけ伝えて、ゆいこを連れて近所の原っぱへ向かった。
ただ意味もなく笑いながら空き地を走り回って、RPGのマネをして「いい感じの棒」を振り回して。
そのとき、ゆいこが草むらでふと立ち止まった。
「見てこれ!なんか風船みたい!」
緑のツルにぶら下がった、小さな風船のような実。
ゆいこはそれを、小さな両手でそっと包み込んだ。
「それ、フウセンカズラだよ。中にハートの種が入ってるって、ばあちゃんが言ってた」
「うそ!? ハート見たい!」
目をきらきらさせるゆいこに、ひろしが茶色くなった実をひとつ取って、そっと割って見せた。
中から出てきたのは、小さな黒い種が三粒。
そのうちのひとつには、たしかに白いハートの模様がついていた。
「すごい! 可愛いね! 誕生日にこんなの見つけるなんて、嬉しい!」
「お、こっちには二つ入ってたぞ!」
負けじと俺もフウセンカズラの実を割り、出てきた種をゆいこの手のひらに乗せる。
「わぁ、可愛い。なんか、今お願いごとしたら、叶いそうな気がする」
「ゆいこは何お願いするの?」
「ひみつ〜」
そう言って、ゆいこは三粒のハートの種を大切にハンカチで包み、ポケットにしまった。
――
「結局、あいつのお願いって何だったんだろうな……」
「さぁ? もう十年以上前のことだし、ゆいこのことだから忘れてるんじゃねぇの」
「それもそうだな。覚えてるのは、俺たちだけか」
「そういうこと」
思い出がたくさん詰まった原っぱは整備され、公園になっていた。
芝生とベンチと遊具。あの頃の面影は、ほとんどない。
「フウセンカズラ、まだあるのかな?」
「どうだろうな。さすがにもう……」
「あるよ!」
その声に振り返ると、ゆいこがあの時と変わらぬ笑顔で立っていた。
「ついてきて!」
ゆいこの後を追うと、公園の片隅、目立たない場所に、それは咲いていた。
風に揺れる、小さな風船。
変わったのは景色だけで、それは変わらずそこにあった。
「お前、よく知ってたな」
「フウセンカズラは、私の誕生花だから。こうして3人で集まると、あの頃と同じだね」
ゆいこは、あの時と同じように、フウセンカズラを両手でそっと包んだ。
「……“大好きな二人と、ずっと一緒にいられますように”って、あの時、お願いしたの。
今思えば、すごく都合のいい願いだったなって思う。大人になったら、どっちかを選ばなきゃいけないのに。私には……まだ、できそうにないや」
少し俯いたゆいこに、たくみが静かに言った。
「いいんじゃねぇの、無理に選ばなくても。
ここが原っぱから公園に変わっても、このフウセンカズラだけは残ってた。……俺たちも変わらずそれでいいんじゃね?」
「そうだな。ここの種、持ち帰って育ててみようぜ。来年ハートの種が一番多くできたやつが勝ちだ」
「ふふっ、絶対負けないんだから!」
3人は、あの夏と同じように笑い合った。
変わったものと、変わらないもの。
風に揺れるフウセンカズラの中で、それぞれの気持ちはまだ種のまま、静かに息づいていた。




