第9話 独占欲が芽ばえる朝
夏休みが終わり、今日から二学期が始まる。
通学路には少しだけ涼しさを帯びた風が吹いていた。朝の空気はどこか新学期の始まりを告げるようで、制服に袖を通す手にも、自然と力が入る。
村田洋一は、登校途中の交差点で信号待ちをしていた。 向こうから、見慣れたシルエットがやって来る。
——藤城祐希。
彼女も洋一に気づいたのか、小さく手を振る。
「おはようございます、先輩」
「あ、おはよう……藤城さん」
洋一は少しだけ戸惑いながら、それでもちゃんと返す。
祐希の笑顔は、夏祭りの日のぎこちなさとは違って、どこかまた元の距離感に戻ったような、でも少しだけ距離が近づいたような、そんな不思議な空気をまとっていた。
歩きながら、他愛ない話をする。
「今日から、また授業ですね」 「うん……休み、短かった気がする」 「先輩、部活三昧でしたもんね」
そんな会話を交わしながら、校門が見えてくる。
そのときだった。
祐希が、友人らしき男子生徒に名前を呼ばれて、ふとそちらに向き直った。
「祐希! 一緒に昇降口行こ!」
自然な笑顔で頷いて、その場を離れる祐希。
洋一は、ふと胸の奥がざわついたのを感じた。
(……なんだ、これ)
初めて感じた、説明できない感情。 モヤモヤと、どこか落ち着かない。
ただの後輩。ただの会話。
——なのに、どうして。
昇降口へ向かう祐希の背中を見つめながら、洋一は自分でも気づいていなかった感情の芽生えに、戸惑いながら立ち尽くしていた。