表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/27

第4話 想定外の1歩

 七月の最初の金曜日。蝉の声がまだ控えめな放課後。  体育館の裏にある水飲み場には、冷たい水の音とスニーカーの擦れる音だけが響いていた。


「先輩、さっきのスパイク、すごかったですね」


 振り向くと、少し息を弾ませながら藤城祐希が立っていた。  いつものように、バレーボール部の練習終わりなのだろう。額にうっすら汗が滲んでいて、それでも表情は明るい。


「……ああ、見てたんだ」


 村田洋一はペットボトルのキャップを閉めながら、わずかに驚いたように答える。


「たまたまですよ?部活の前に通っただけです」


 藤城はそう言いながら、先輩の隣に立つ。  その横顔は、どこか誇らしげだった。


「やっぱり、かっこいいなって思いました」


「……そういうの、あんま言われ慣れてないんだけど」


 洋一は少し目を伏せた。  照れているのを悟られたくなくて、水をもう一度飲むふりをした。


 こんな風に褒めてくれる人は、今までほとんどいなかった。  ましてや女子で、こんなにまっすぐな言葉をくれるのは——


「……藤城さん、さ」


「はい?」


「いつも、そうやって俺に話しかけてくるけど……俺、そんなに面白くないし、話すのも上手くないし……なんで?」


 藤城は少しだけ驚いた顔をしたが、すぐに微笑んだ。


「……理由なんて、いりますか?」


 その一言に、洋一の言葉が詰まる。


「私、先輩のこと、もっと知りたいなって思ってるだけです。だから、話すのが楽しいし、うれしいんです」


 その声音に、嘘はひとつもなかった。


「……そっか」


 それ以上の言葉は見つからなかったけれど。  けれど、確かに何かが動いた気がした。  自分の中で、彼女に対する線引きが、少しだけ曖昧になっていく——そんな感覚。


 まだ名前で呼ぶことも、二人きりでどこかに行くこともない。  でも確かに、村田洋一の心のなかに、藤城祐希は少しずつ入り込んでいた。


 想定外の一歩。それは、静かに、けれど確実に踏み出されたのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ