第3話 距離の詰め方
六月の終わり、空は梅雨の名残を残しながらも、少しずつ夏の気配を纏い始めていた。
昼休み、校舎裏のベンチに村田洋一の姿があった。買ったばかりのカレーパンをひと口かじって、静かに息を吐く。
「……やっぱ、昼休みのここが一番落ち着くな」
そう呟いたところで、聞き慣れた声が響いた。
「村田先輩、またここで食べてるんですね」
ぎくりとして振り返れば、そこには藤城祐希。
にこにこと、相変わらず人懐っこい笑顔を浮かべていた。
「あ、ああ……えっと……藤城さんも昼休み?」
「はい。今日の練習、早く準備終わりそうだったので」
そう言って、彼女は隣に腰を下ろす。
距離が、近い。
洋一は少し身体をずらしたが、それ以上離れると不自然になりそうで止めた。
「ここ、穴場なんですよね。うちのクラスの男子はみんな教室でスマホいじってるし」
「そ、そうなんだ」
ぎこちない返事をしながらも、彼は気づいていた。
最近、やたらと藤城さんと目が合う。 廊下を歩いていても、体育館ですれ違っても。 もしかして、よく見られてる……?
「先輩って、女子としゃべるの苦手なんですか?」
「……え?」
不意打ちのような問いかけに、パンを持つ手が止まる。
「いえ、なんか……話しかけると、ちょっとだけ戸惑ってるように見えるなって」
「……あー、うん。まあ、そうかも」
洋一は視線を逸らし、カレーパンをちぎって口に運ぶ。
「でも、私、先輩と話すのけっこう楽しいです」
「……ありがと」
何気ないやりとり。 けれど、洋一の胸には、小さな波紋が広がっていた。
人と話すのが得意ではない自分に、あんな風にまっすぐに話しかけてくる彼女。
この距離感に慣れた頃には、きっともう、戻れない気がしていた。
その日から、昼休みにベンチで食べる時──洋一は、隣に誰かが来ることを、ほんの少しだけ期待するようになった。