そこになかったらないですね
俺の名前は蓮人と言う。 年齢は二十五歳。
よく某百円ショップを利用するただの一般フリーターだ。
某百円ショップには何でもある。 行けば大抵のものは揃ってしまうから便利で困ってしまう。
人によっては、壊れやすいとか食品は美味しくないとか言ってるやつがいるみたいだが、百円のものに対して求めてるラインが高すぎるように俺は感じてしまう。
壊れたらもう一度買えばいいじゃないか。 今度は優しく使ってやればいい。
美味しくないなら買わなければいいじゃないか。 まぁ俺にとってはまずいものを探す方が難しいと思ってるがな。
俺は感謝しかしていない。 俺が高校を卒業し、一人暮らしのため必死に働いているときによく助けてくれた。 どんなものでも安く済ませられるため、少しだけ趣味につぎ込むお金や貯金するお金を捻出することができていた。
そんな某百円ショップ重課金者の俺でも少し嫌なこと...と言うより気になることがあるんだ。
それがよく店員が使う言葉「そこになかったらないですね。」だ。
疑問に思ってしまう。 いや、在庫を全て把握しているなら言えるかもしれないが、さすがにそこまでは無理だと思っている。
なぜ、確認しに行かないのだろうか......めんどくさいのだろうか......
まぁいつも忙しそうにしているからしょうがないのか。 今度聞いてみるか。
そんなことを考えているうちに某百円ショップに着いてしまった。
我ながら無意識に来てしまうとは......はたから見たら重症と言われても仕方ないだろう。
早速中に入ってみる。 やはりかなりの品揃えだ。
大型店だからだろうか、中はかなりの広さがあり、どの商品も綺麗に陳列されている。
今日はキッチン用品を見に来たのと新しく出来たと聞いたここの内装を確認しに来た。
そう、ここに来るのは今日が初めてなのである。
出来たばかりだからか客も多く、店員も忙しそうに働いている。
見たところ、商品もよく売れているようだし、品出しもかなり大変だろう。
「あ~......そこになかったら今は在庫ないですね。」
店内を歩いているとあの聞き馴染んだ言葉が聞こえてきた。
言葉が聞こえた方を向くと男性の客が店員に商品を聞いているようだった。
男性客は悲しそうな顔をしていたが、切り替えて「ありがとう」と言って去っていった。
いったい何を聞いたのだろうか......少し気になってしまう。
なぜならここは出来たばかりだ。大型店だしある程度のものは揃っているはず。
ないものの方が珍しいと思うのだが......
「あ、ちょっとすみません。」
どこからか男性客の声が聞こえてきた。
「はい。どうされましたか?」
その場で品出しをしていた女性店員が対応する。
「ここって掃除機って置いてます?」
どうやら男性客は掃除機を探しているらしい。
それを近くで聞いていた俺は思わず失笑してしまった。
掃除機の中に入れる紙パックか、自動で床を拭いてくれる機械はあるが掃除機なんて家電が置いてあるわけないだろう。 百円で買える代物でもないしな。
「あー......そこになかったらないんですよね......」
「あ、わかりました。ありがとうございます。」
「え?」
思わず声が出てしまった。 そこになかったらない......だと......?
流石に適当に使いすぎなのではないだろうか。
扱ってないとか、売ってないとかほかにも言い方はあるはずなのにまるで今は在庫がないと言っているようにしか聞こえなかった。
いや、俺が知らないだけで新商品として出たかもしれない。 今度調べて買ってみるか。
不思議なことがありながらも俺は目的であるキッチン用品のコーナーに来た。
見てみると所々売れているみたいだが在庫はかなりの数あるため無駄足にはならなそうだった。
「ちょっといいですか?」
「いらっしゃいませ。なんでしょうか?」
商品を物色しているとまた客が商品を店員に聞いているようだった。
店によって商品の置き方が違うため、迷いやすくはあるし仕方ないことだろう。
「ここってノートパソコンってないですか?」
「そこになかったらないです。申し訳ありません。」
「は?」
またも声が出た。
まずノートパソコン本体なんて売ってない。 パソコン関連の物は置いているが、流石に本体はないだろう。盗まれても大変だしな。
次にそこになかったらないとはどういう意味だろうか。 在庫があったんですよと言っているように聞こえるぞ。
それにここはキッチン用品売り場だ。 もし本当にあったとしてもあちらの電気のコーナーにあったとか言うだろう。 なぜそこになかったらといったのだろうか。
何かおかしい......どうもここの空気は異質なような気がしてしまう。
もしくはあれか?
ここはショッピングモールを取り壊して建設したとかなのだろうか。
その名残で在庫としてあった可能性もなくはない。
まぁ、俺は聞いたことがないが。
ここに来てから十分は経っただろうか。
やはり商品が多いため長居してしまう。 罪な店だ。
とりあえずお目当てのものは買えそうだし、そろそろ会計に向かうとするか。
「すみません。聞きたいんですけど。」
「はい。どうぞ。」
「ヤギの心臓は置いてますか?」
「そこになければ在庫はありません。」
「はい。わかりました。」
その会話を聞いた瞬間、手に持っていた商品を落してしまった。
理解するために頭を動かす。 だがいくら考えてもわからない。
ないもののはずなのにあるような言い回し......ここに来てから何度も出会った場面だ。
やっぱりここは何かがおかしい。 買い物なんてしてる場合じゃない。
そう考えた俺はすぐにでもここを出ることにした。
「焦るな......変な動きをしたら何が起きるかわからない......」
精神を安定させるために小声で何度も自分に言い聞かせる。
慎重に行動しているとまた客と店員が会話している声が聞こえる。
「赤ちゃんって売ってないの?」
「あっ......そこになければないです。」
「おいおい!ここって人肉なんもおいてねぇのかよ!」
「申し訳ございません。そこになかったらないんですよ。」
「人肉ないんだぁ......あっすみません。爪とか皮とかでもいいけどない?」
「ごめんさない。そこになければないんです。」
歩くたびに不穏な会話が聞こえてくる。 おおよそ普段生きている中で聞かない言葉しかない。
冷汗が止まらない。 体も震え、眩暈もしてきた。
なぜだろうか。 俺はここに買い物をしに来ただけだというのに。
「ごめんなさい。店員さん。」
「は~い。どうかされましたか?」
呼吸が荒くなる中、会話が聞こえてくる。
「蓮人くんの在庫ないかな?」
「!!!」
突然俺の名前が呼ばれた。 動揺し、そのまま立ち尽くしていると、
「あ~......少々お待ちくださいね。」
そう言って笑顔で店員はこちらに顔を向け歩いてきた。
まずい! そう思った俺は全力で出口に向かって走り出した。
後ろを振り向くことはできない。 止まることだって許されない。
そもそもそんなことはしなくていい。 後ろから店員が走ってくる音が聞こえてくるのだ。
「業務連絡です。 十番お願いします。」
店内に放送が響き渡る。
その放送が終わった瞬間、後ろから聞こえてくる足音が増えたことが分かる。
一人......また一人と増えている。 ここにいる店員を全員呼んだのだろうか。
思わず吐きそうになる。 捕まれば何をされるかわからない。
幸いにも客は俺を見ても何かをする様子はない。
追ってきているのは店員だけのようだ。 よくはないが逃げ切れる可能性はある。
出口まで、あともう少しだ。 流石に店から出れば追っては来ないはず。
そう考え、必死に走り続ける。 とうに体力の限界は迎えたところだが、止まった瞬間のことを考えれば限界だとしても走り続けるほかない。
「お客様~! ちょっとお待ちいただけますか~?」
「お客様。 お話があります。」
「すみません。 ちょっと止まってください。」
俺の足を止めようと後ろから店員の声が複数聞こえてきた。
どの声も普通の声に聞こえる。 大丈夫なわけないよな......そう思いつつ後ろを少し振り返ることにした。
「「「「「「「「お客様~~!!」」」」」」」」
満面の笑みで追いかけてくる店員がそこにいた。
恐怖で涙が出てきた。 嗚咽も止まらない。
しかし、走り続けた末に店内から脱出することに成功した。
後ろを振り返ると、店員は出口付近で姿勢を正し一列に並びこちらを見ていた。
満面の笑みは崩さずにだ。
「もう......ここに来るのはやめよう......」
涙ぐみながらそう心に誓った。
命からがら何とか家に帰ってくることができた。
買い物ができなかったとかそんなことはどうでもいい。
体の震えはまだ止まらない。命の危険があったのだ。 誰だってそうなるだろう。
今日は何もする気が起きない。 明日になったらまた気持ちを切り替えよう。
そう考えた俺はもう寝ることにした。 時間は夜の二十時くらいだったと思う。
「今日は寝れないかもしれないなぁ......」
そう呟き、震える体を何とか押さえつけて眠れるように祈りながら目をつぶった......
どこからか声が聞こえてくる......
なんだか......とても元気で......聞いたことがあるような......
「お客様!お待たせいたしました!」




