働く者が馬鹿を見る社会 ~数の暴力と多数決
僕が就職活動をし始めた頃は、AIやロボットが人間の仕事を奪い始めた時代だった。危機感を覚えた僕は、だからAI関連の技師を目指したのだ。
そのお陰で目出度く就職ができた。
AIとのAPI連携で、どうすればAIの能力を上手く引き出せるのか、有効な利用方法は何か、できればサンプルが欲しいなどなどといった様々なユーザーからの要望に応えていく。
しかし僕の友人はそのようなスキルを身に付けなかった。一応、忠告はしたのだけど。結果として就職ができず、アルバイトを続けていたようだった。或いは、こーいうのは醜い感情なのかもしれないけど、僕は彼に優越感を覚えてしまっていた。それと同時に心配もしていたのだけど……
――が、
もしかしたら、間違った選択をしてしまったのは僕の方だったかもしれないのだ。
社会で働き始めてから十年程が経過した頃だった。その頃になると、工場の無人化は更に進み、ほとんどの店のレジは無人に変わり、自動物流道路の整備の影響もあって物流も自動運転が主流になっていた。そしてその所為で就職ができない人間が大量に発生し、生活保護受給者がかなり一般的な存在になっていた。
僕の友人もその一人で、働いていない。
時間ももちろん自由で、少しばかり羨ましかった。僕は一日の時間のほとんどを仕事に割かれてしまっている。
ただ、まあ、流石に経済的には僕の方が圧倒的に裕福だ。だからまだ僕は僕の方が上だと思っていた。僕の人生の方が充実している、と。正しい選択をしたのは僕だ、と。がしかし、それから再び状況が変わった。
「生活保護受給者の生活改善をお約束します!」
ある時の選挙で、そのような事を言い始める政治家が現れたのだ。もちろん、その政治家はバッシングされた。ただ、その一方でその政治家を支持する人も少なくはなかった。当たり前に予想できるとは思うけど、生活保護受給者達が、
「実際に我々の生活は厳しい! 是非とも、生活改善をお願いしたい!」
と、訴えていたのだ。
僕は始めの内はまさかそんな主張をする政治家が当選するとは思わなかった。そんな事をすれば、僕ら労働者の税負担が更に重くなるのは明らかだったからだ。
だが、それでも、その政治家は当選してしまった。もっとも、その政治家に強い影響力があるのかと言えばそんな事はなかった。だから僕はまだそれほど心配はしていなかったのだ。
多分、特にも何も変わらないだろうって。
でも、それは甘い観測だった。
僕の仕事は益々忙しくなっていた。それはAIやロボットの活用が益々進んでいる事を意味していた。そうなると、就職できない人はもっと増えていく。生活保護受給者はもう普通になっていたから、無職に抵抗感はなく、そうなると安易に生活保護受給者の道を選択する人も増えていった。
安易?
いや、少なくとも、それを堅実な道だと思っている人が一部にはいるようだった。
次の選挙、生活保護受給者の生活改善を訴える政治家は更に増えていた。与党ですらもそれを否定しなくなっていた。もちろん、生活保護受給者達の票を失いたくなかったからだろう。
そして、生活保護受給者達への支給額の引き上げが発表され、その陰でこっそりと僕らの税負担は引き上げられていた。
ある日、友人から結婚招待状届いた。例の生活保護受給で暮らしている友人だ。もちろん、生活保護への支給額が増額されたから可能になったのだ。相手の女性も働いていないらしく、それだと生活保護受給資格が取り上げられる事はないのだそうだ。
「ま、俺らは時間はあるからさ、出会いのチャンスはいくらでも転がっているんだよ」
お祝いの電話をかけるとそんな事を彼は言った。僕はそれを聞いて泣きそうになった。仕事が忙しくて、僕には出会いのチャンスなんてまるでなかったからだ。しかも、税負担が増えた所為で、生活は苦しくなっていた。
“流石におかしい”
と、その段階に入って僕は明確に思うようになっていた。
これって、僕らは奴隷なんじゃないのか?
そう。
AI・ロボットの進化によって、働く者が少数派になった結果、現代に実質的に奴隷制度が復活してしまったのだ。
僕は憤慨した。
冗談じゃない! こんな不公平、許されて堪るものか!
僕は自分も生活保護を受給しようと考えた。だが、それは認められなかった。僕にはスキルがあって仕事があるから、生活保護は受けられないというのだ。
働かざるを得ない。
そうしている間にも、AI・ロボットの進化と普及で、生活保護受給者はどんどん増えていった。
彼らの発言力は更に強くなっていく。聞いた話によると、更に生活保護への支給額を増やそうと政治家達は画策しているらしい。僕らの税負担は重くなっていくばかりだ……
「……なーんて事が、もしかしたら起こるかもしれないぜ?」
と、僕は友人に言った。
「本当にこんな社会が正しいなんて思うか?」
AI・ロボットが進化していって、もし仮に人間が働かなくても良い時代が到来したとしたら、その変遷の過程でこのような理不尽が起こるかもしれない。だから、そうなる前に、何らかの抑制手段が必要なのじゃないか…… そう僕は彼に訴えていたのだ。
「民主主義ってただ制度が成立するだけじゃ上手く運営できなくてさ、ちゃんとした倫理が必要なんだそうだよ。選挙制度……、多数決を“数の暴力”にしない為には、僕らがそれを意識しなくちゃならないんだ」
彼は僕の話を聞き終えると、
「話は分かったよ」
と応えた。
だが、それからこう問いかけて来たのだ。
「でも、それって、本当に未来の問題なのか?」
僕には彼の問いかけの意味が分からなかった。
「――と言うと?」
彼は淡々と答える。
「既に世の中は高齢社会だろう? 高齢者達が我儘を言えば、若い世代に負担が集中するんだ。
……もしかしたら、多数決を“数の暴力”に変えないように意識しなくちゃいけない時代に既になっているのかもしれないぜ?」