第5話: 「襲撃の夜」
夜の帳が降りると、焚き火の明かりがぽつりぽつりと灯り、森の静寂が辺りを包み込む。俺たち一行は、村を襲うという魔物に備えて野営地を構えた。村人たちが怯えて避難している中、騎士たちは武器を磨き、警戒態勢を整えている。
「勇者様、もう少し休んでおいたほうがいいのではありませんか?」
エリスが心配そうに声をかけてきた。
「いや、大丈夫だ。少しこの状況に慣れておきたくてな」
適当に答えながら、俺は焚き火の明かりをぼんやりと眺めた。実際のところ、緊張感が拭えない。魔物の存在もさることながら、この状況自体が俺にとって面倒で仕方ないのだ。
(ここで大活躍なんてしたら、目立ちすぎて逃げるタイミングを失うかもしれない。だが、全く役に立たないと思われるのもマズい……)
そう考えながら、適度に「そこそこ戦えるやつ」を演じるための段取りを頭の中で繰り返す。
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その時だった。遠くから低い唸り声とともに、草を踏みしめる音が聞こえてきた。
「来たぞ!」
騎士の一人が声を上げると、森の暗闇の中から影が現れる。普通のオオカミよりも二回り以上大きな魔物だ。その赤い瞳が、夜の中で不気味に光っている。
「これが村を襲っている奴らか……」
数頭の魔物が、こちらを取り囲むようにじりじりと近づいてくる。騎士たちは剣を構え、エリスは杖を握りしめて詠唱を始めた。
「勇者様、どうかご指示を!」
俺は思わず顔を引きつらせたが、ここで怯えたふりをするわけにはいかない。
「とりあえず、散らばるな! 防御陣形を維持しろ!」
それっぽい指示を出しながら、俺自身も剣を構える。
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魔物たちは一斉に飛びかかってきた。騎士たちは応戦し、エリスが放つ光の矢が魔物の動きを封じる。俺も適当に動きながら、弱点を狙うふりをする。
「えいっ!」
剣を振ると、たまたま一頭の魔物の足をかすめた。それだけでも騎士たちは歓声を上げる。
「さすが勇者様!」
「やはり只者ではない!」
俺は息を切らすふりをしながら、周囲の様子を観察する。
(上出来だな。これなら目立ちすぎず、それなりにやった感も出せる)
だが、その時、森の奥からさらに大きな足音が響いた。
「……まだ来るのかよ」
現れたのは、他の魔物を凌駕する巨体を持つオオカミだった。その目は鋭く輝き、口からは獰猛な唸り声が漏れている。
「こいつがボスか……!」
騎士たちは動揺し、エリスが再び詠唱を始めるが、相手は素早く動き、魔法をかわす。
「くそっ、厄介だな……!」
俺は剣を構え直し、心の中で自問する。
(このまま適当に戦ったふりをするか、それとも少しだけ本気を出すべきか……)
結局、俺は安全な距離を保ちながら、少しだけ力を使うことにした。
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「うおおおっ!」
俺は勢いよく突進し、剣を振り下ろす。スキルの力を少しだけ解放したその一撃は、魔物の足を正確に捉えた。巨体がぐらりと揺れると、騎士たちが一斉に攻撃を仕掛け、ついに魔物は地面に倒れ込んだ。
「やったぞ!」
「勇者様のおかげだ!」
周囲が歓声に包まれる中、俺は剣を地面に突き刺して疲れたふりをする。
「ふぅ……なんとかやったな」
エリスが微笑みながら近づいてきた。
「勇者様、見事でした。でも、まだ何か力を隠しているように感じます」
「いやいや、これが精一杯だよ。マジでギリギリだった」
俺は笑いながら答えるが、エリスの視線は鋭い。まるで俺の本心を見抜こうとしているようだった。
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その後、村人たちから感謝の言葉とともに、銀貨が数枚手渡された。
「勇者様、本当にありがとうございました」
「いや、俺は何もしてないさ。みんなが頑張ったおかげだよ」
そう言いながら、俺は報酬を握りしめた。
(これでまた一歩、資金が増えたな。着々と逃げる準備を進めるぞ……)
俺の逃亡計画は、まだ道半ばだった。




