第44話:「迫る影、揺れる決断」
王城へ戻る道すがら、俺とエリスはほぼ無言だった。
封印の間での出来事が頭から離れない。
『鍵の者、選択を迫られん』
この言葉が、ずっと俺の胸に引っかかっていた。
結局、俺は何も決められなかった。ただ封印の維持を選び、魔物を倒しただけ。
「……勇者様、大丈夫ですか?」
エリスが心配そうに俺を覗き込む。
「……まぁな。考え事してただけだ」
「先ほどの封印の間のこと、ですよね」
「……ああ」
俺は深いため息をつく。
「エリス、俺さ……やっぱり勇者なんて向いてねぇよ」
「そんなことはありません。勇者様は封印を守り、魔物を倒しました。それだけでも十分に――」
「でも、結局俺は何も決められなかった」
俺は拳を握る。
「もし、あそこで封印を壊すべきだったら? もし、それが正しい選択だったとしたら? 俺はただ、怖くて何もしなかっただけなんじゃねぇか」
エリスは少し考え込み、それから静かに口を開いた。
「……確かに、封印を解くという選択肢もあったかもしれません。しかし、それが正しかったかどうかは誰にもわかりません」
「……」
「勇者様が選ばなかった道を考えることに意味はありません。今は、この国を守るためにどうするべきかを考えるべきです」
エリスの言葉に、少しだけ気持ちが軽くなった。
「……ありがとな」
「いいえ。私はただ、勇者様のお力になりたいだけです」
そんなやり取りをしていると、城門が見えてきた。
門番の兵士たちが俺たちの姿を認め、慌てて駆け寄ってくる。
「勇者様! 王がお待ちです!」
「……もう報告が届いてんのか?」
「はい、封印の間の異変について、先に戻った騎士団の者が報告しました」
「……わかった、すぐに行く」
俺たちはそのまま王の間へ向かった。
王の前に立つと、彼は厳しい表情を浮かべていた。
「勇者よ、封印の間で何があったのか、詳しく聞かせてもらおう」
俺は封印の間での出来事を話した。
赤黒い宝玉、魔物の出現、封印の力の揺らぎ、そして俺の選択。
王は静かに話を聞いていたが、やがて深く頷いた。
「……なるほど。やはり封印の力は弱まりつつあるのか」
「王様、このまま放っておけば、いずれ封印が解けるかもしれません」
エリスが言葉を添える。
「うむ。だからこそ、封印を強化する必要がある。しかし、問題は……」
王は難しそうな顔をする。
「問題?」
「封印の強化には、封印を施した当時の術式が必要なのだ。しかし、それが記されている古文書は一部失われている」
「マジかよ……」
「現在、宮廷魔導士たちが修復を試みているが、完全に解読するには時間がかかる」
俺は頭をかく。
「じゃあ、それまでの間は……?」
「封印が完全に解けぬよう、定期的に監視を続けるしかあるまい」
「……そうなるよな」
王は俺をじっと見つめる。
「勇者よ、そなたはこの封印をどうすべきだと思う?」
「……」
また“選択”を迫られるのか。
「俺は……封印を解くべきかどうか、まだわからねぇ。けど、今は解かない方がいいとは思ってる」
「うむ。それが賢明な判断だろう」
そう言った王の目は、何かを見透かすような鋭さを持っていた。
「勇者よ、そなたにはこの国の未来を託す。どんな選択をするにせよ、そなたの決断が国の命運を左右することを忘れるな」
「……わかってる」
王との会話を終えた俺は、エリスとともに王の間を後にした。
その夜、俺は一人で城の庭にいた。
星空を見上げながら、封印の間のこと、王の言葉を思い返す。
「……選択か」
「勇者様」
後ろから静かな声がした。振り向くと、エリスが立っていた。
「どうした? もう休んでいいんじゃねぇか?」
「……勇者様こそ、お休みにならないのですか?」
「まぁな。ちょっと考え事してた」
エリスは俺の隣に並び、星空を見上げる。
「封印のこと、ですか?」
「……ああ」
「勇者様が何を選ぶにせよ、私はあなたを支えます」
「……ありがとな」
しばらくの沈黙の後、エリスがポツリと言った。
「……もし、封印を解くことになったら、どうしますか?」
「……それでも、俺は俺のやり方で戦うだけだ」
俺は剣の柄を握りしめる。
「封印を解くかどうかは、まだ決められねぇ。でも、もしそれが必要な時が来たら――俺は、逃げずに戦う」
エリスは微笑み、静かに頷いた。
「……そうですね。勇者様なら、きっと」
静かな夜風が俺たちの間を吹き抜けた。




