第37話:「揺れる信念」
王城に戻ってきた俺は、部屋のベッドに倒れ込んだ。
「……クソ、また変なことを押し付けられたな」
黒装束の連中が言っていたことが、頭から離れない。封印が世界を歪めている? それを解くかどうかは俺次第? ふざけんな、そんな大事なことを一介の召喚者に決めさせるなよ。
「勇者様……」
エリスの声が聞こえた。
「どうした?」
「……本当に、大丈夫ですか?」
エリスの声はどこか不安げだった。俺はゆっくりと起き上がり、彼女の顔を見た。
「大丈夫って言ったら、嘘になるな」
「やはり……」
エリスは少し寂しそうに微笑んだ。「勇者様は、いつも自分のことを後回しにしていますね」
「……俺が?」
「はい。いつも考えているのは、どうすれば戦わずに済むか、どうすれば逃げられるか、そしてどうすればみんなを傷つけずに済むか……そうではありませんか?」
俺は何も言えなかった。
「私は、勇者様のその優しさが好きです」
「……俺が優しい?」
俺は思わず鼻で笑ってしまった。「違うな、俺はただの臆病者だよ」
「いいえ、違います」エリスはきっぱりと言い切る。「勇者様は、決して自分勝手な行動をしません。だからこそ、迷っているのでしょう?」
「……」
「逃げるために力を求めるのなら、何も考えずに強くなればいい。それこそ、剣聖と賢者の力を全開にすれば、誰も勇者様を止めることはできないでしょう」
「それは……」
確かに、そうだ。俺は最強の力を持っている。もし本気を出せば、王国だろうが敵国だろうが、俺を止めることはできないだろう。でも――
「……それをやったら、俺は本当に独りになっちまう気がするんだよ」
エリスは静かに頷いた。「ええ、だからこそ、私は勇者様を信じたいのです」
俺は小さく息を吐いた。「信じられる側の気持ちも考えてくれよ……」
「ふふっ、それが勇者様の優しさです」
エリスは少しだけ笑って、それから真剣な顔になった。「でも、私も勇者様にお願いがあります」
「……なんだ?」
「どうか、一人で背負わないでください」
「……」
俺は答えられなかった。
「勇者様がどんな選択をしても、私は勇者様の味方です。だから、一人で悩まずに、私たちにも頼ってください」
エリスの言葉は真っ直ぐだった。俺はそんな彼女の瞳をじっと見つめる。
「……分かったよ」
俺はようやく小さく頷いた。
「ありがとう、エリス」
「いいえ、それが私の役目ですから」
エリスは微笑み、部屋を後にした。
次の日、俺は久々に王城の庭で剣の素振りをしていた。
「勇者様、ずいぶんと気合が入っていますね」
訓練場に顔を出したのは、ガルドだった。王国最強の剣士の一人であり、俺の実力をずっと疑っている男だ。
「ちょっとな……考えることが多くてな」
「ほう、ならば、少し手合わせでもするか?」
「……まあ、いいぜ」
俺は木剣を手に取り、ガルドと向かい合った。
「手加減はしねぇぞ」
「それはこっちのセリフだ」
俺たちは同時に踏み込んだ。
ガルドの剣は重いが速い。しかし、俺の目にはその動きがはっきりと見えていた。
「おらぁ!」
ガルドの横薙ぎを俺は最小限の動きでかわし、木剣を振り下ろす。ガルドはギリギリで受け止めたが、バランスを崩した。
「……ふっ、やるな」
「そっちこそ、まだまだ動けるんだろ?」
「当然だ!」
ガルドは笑いながら再び斬りかかってきた。俺はそれを受け止め、剣を弾き返す。
「……やっぱり、隠してやがるな」
「……!」
ガルドがじっと俺を見つめた。「お前、本気で戦ったらもっと強いんだろ?」
「……さあな」
俺はとぼけてみせたが、ガルドは納得しないようだった。
「まあいい、これからじっくりと引きずり出してやるさ」
「……勘弁してくれよ」
俺は苦笑いしながら剣を納めた。
その夜、俺はまた一人で考えていた。
「……結局、俺は何を選べばいいんだ?」
エリスは俺を信じてくれている。ガルドも俺の実力を認めつつある。王国の人々も、俺を勇者として見ている。
でも――
「本当に、俺はこの世界のために戦うべきなのか?」
封印が世界を歪めているという話は、まだ信じられない。けれど、あの水晶の映像が嘘とも思えない。
「俺は……どうすればいいんだ?」
答えはまだ出ない。でも、いつかは決断しなければならない時が来る。
その時、俺はどんな選択をするのだろうか――。




