第35話:「揺れる覚悟」
王城の門前で黒装束の連中が消えてから、俺はずっと考え込んでいた。
「選択……か」
あいつらが言っていたことを完全に無視することはできない。俺は本当に、この世界にとって必要な存在なのか? それとも、ただの駒に過ぎないのか?
エリスがそんな俺の様子をじっと見つめていた。そして、静かに口を開く。
「勇者様、悩んでいるのですね」
「当たり前だろ。俺が何を選ぶかで世界が変わるとか言われても、そんなもん簡単に決められるわけがない」
「ええ、だからこそ……私たちがいます」
「……?」
「勇者様が迷うのは当然です。けれど、決して一人で答えを出す必要はありません。私たちが共にいます」
エリスはまっすぐな瞳で俺を見つめていた。その言葉が妙に心に染みる。
「……ああ、そうだな」俺は軽く息を吐いた。
「とりあえず、今すぐに結論を出すのはやめとく。焦って選んでもろくなことにならねえ」
エリスは微笑んで頷いた。
「それでいいと思います。では、今日は一旦休みましょう。ずっと緊張しっぱなしでは、勇者様の体も持ちません」
「ああ、そうするか」
王城に戻った俺は、自室のベッドに横になりながら天井を眺めていた。
「結局、俺は何を選べばいいんだ……」
封印を守るのが正義なのか、それとも壊すのが正義なのか。黒装束の奴らの言葉を信じるわけにはいかないが、彼らが完全に間違っているとも言い切れない。
考えれば考えるほど、答えは見えなくなっていく。
「……寝るか」
無理に考えても仕方ない。俺は目を閉じ、眠りに落ちた。
翌朝、エリスが俺を起こしに来た。
「勇者様、おはようございます」
「……おはよう」
「少し元気がないようですが、大丈夫ですか?」
「まあな」俺は体を起こし、伸びをした。
「で、今日は何をするんだ?」
「王城の戦士たちとの合同訓練があります」
「……またかよ」
戦士たちとの訓練はもう何度もやってきた。俺の実力を隠すために、わざと手加減して戦うのも面倒になってきた。
「気が進まないようですね」エリスがクスッと笑う。
「まあな。俺は戦いたいわけじゃないし、戦士たちと仲良くなる気もないしな」
「でも、逃げるためには戦う力が必要なのでは?」
「……うっ」
痛いところを突かれた。俺は異世界召喚ものの展開が嫌いだし、こんな世界からは逃げたいと思っている。でも、逃げるためには強さが必要だという矛盾。
「分かったよ。仕方ねえな、やるしかねえか」
訓練場に出ると、すでに戦士たちが集まっていた。俺を見つけると、一人の男が近づいてきた。
「おい、勇者! 今日こそお前の実力を見せてもらうぞ!」
「……なんでそんなに俺のことを試したがるんだよ」
「そりゃあ、勇者がどれほどのものか知りたいからな!」
この男、確か名前はガルド。王国最強の剣士の一人らしい。
「俺はそんな大したもんじゃないってのに」
俺はため息をつきながら剣を構えた。
「いくぞ!」
ガルドが一気に踏み込んできた。そのスピードは速いが、俺からすればまだまだ見切れる範囲だ。
(ここは適当にやり過ごしておくか……)
俺はぎりぎりで剣を受け流し、わざと後退する。だが――
「ほう、今のを避けるか。なら、もう少し本気を出させてもらうぞ!」
(あ、やべ……)
ガルドの攻撃がどんどん激しくなっていく。避けるだけでも大変になってきた。
「どうした勇者! さっきまでの余裕はどうした!」
「……くっそ、やりすぎだろ!」
俺は仕方なく剣を振り、ガルドの一撃を正面から弾いた。その瞬間、ガルドの目が輝いた。
「おもしろい! もっとやろう!」
(……完全に火がついちまった)
訓練が終わった頃には、俺は汗だくになっていた。
「ふぅ……まったく、なんでこんな目に」
「勇者様、よく耐えましたね」
エリスが水を差し出してくる。
「……ありがとう」
俺はそれを一気に飲み干した。
「もう少しで本気を出すところだった」
「それは困りますね。もし勇者様の本当の力を知られたら、どうなるか分かりません」
「ああ、だからこそ隠し続けてるんだよ」
俺は空を見上げながら呟いた。
「でもさ……俺が本気を出さなきゃいけない時が、いつか来るんだろうな」
エリスは静かに頷いた。
「はい。それが、勇者様の『選択』の時なのでしょう」
俺はゆっくりと剣を腰に収めた。
「選択か……まだ迷ってるけど、もう少しだけ考えさせてくれ」
「もちろんです。勇者様がどんな道を選んでも、私はそれを支えます」
俺は少しだけ笑ってみせた。「ありがとな、エリス」
そう言いながらも、俺の心はまだ揺れていた――。




