第26話: 「影を追う決意」
影の城を後にする道中、俺たちは疲れきった体を引きずりながら進んでいた。エリスはしっかりしているように見えたが、その顔には疲労と不安が混じった色が見て取れた。
「勇者様……本当にお疲れ様でした。あの封印を安定させられたのは、あなたの力のおかげです」
エリスがふと馬を並べながら言う。
「俺の力って言うけどな、正直、何をどうしたのかよくわかってない。ただ剣を振っただけだろ」
俺は溜息混じりに答えた。
「それでも、封印の力が安定したのは事実です。あの場で勇者様が行動していなければ、封印は解放されていたかもしれません」
「……それでまた厄介なことが起きたらどうするんだよ」
俺がぼそりと呟くと、エリスは少し沈黙した後、真剣な目で俺を見た。
「勇者様、あなたの力はとても特別なものです。この世界を救うためには、あなたの力がどうしても必要なんです」
「特別ね……そんな力、いらねぇんだよ」
俺は視線を外し、地面を見つめた。
「俺はただ普通の生活に戻りたいだけなんだ。戦い続けるなんて、最初から望んでない」
エリスは少し困ったような顔をしたが、それでも静かに言った。
「……それでも、あなたは戦っています。この世界のために。今はそれだけで十分だと思います」
「……励ましのつもりか?」
「ええ、少しだけ。でも、勇者様が無理をしているのもわかりますから」
「無理してるのがバレてるなら、もっと楽させてくれよ……」
俺の冗談交じりの言葉に、エリスは小さく笑った。
「それは難しいかもしれませんね。でも、私も全力でお手伝いしますから、どうか諦めないでください」
しばらく進むと、森の入り口に差し掛かった。その時、遠くから一人の騎士が馬を駆けながらこちらに向かってくるのが見えた。
「おい、あれは……?」
「王都からの伝令のようです。何かあったのでしょうか」
エリスが険しい表情を浮かべる。
伝令の騎士が俺たちの前で馬を止めると、急いで言葉を発した。
「勇者様、エリス殿、緊急の報告です! 王都近郊で黒装束の者たちが目撃されました!」
「なんだと!? 王都近郊だって?」俺は驚きの声を上げた。
「はい。それだけではありません。彼らは王都の南にある『灰色の塔』を目指しているようです」
「灰色の塔……また厄介な場所かよ」
俺はため息をつきながらエリスを見る。
「灰色の塔……封印術に関する文献が多く保管されている場所です。もし彼らがそこを襲撃すれば、封印の秘密が解明されてしまうかもしれません」
エリスの声には焦りが混じっていた。
「つまり、早く向かわないとやばいってことか」
「はい。時間を無駄にするわけにはいきません」
俺は伝令の騎士に向かって言った。「王都にはもう報告したのか?」
「はい。ですが、応援が到着するまでには時間がかかるとのことです。勇者様たちが先行して対応していただければ……」
「わかったよ。どうせ休む暇なんてないんだろ」
俺は剣を握り直し、馬を前へ進めた。
「エリス、行くぞ。さっさと片付けて帰るんだ」
「了解しました。準備は整っています」エリスもすぐに馬を走らせる。
灰色の塔へ向かう道中、エリスがふと口を開いた。「勇者様、どうしていつもそんなに無茶をするんですか?」
「無茶? 別にそんなつもりはないけどな」
「いえ、無茶をしているように見えます。先ほども『さっさと片付ける』と言いましたが、本当にそんな簡単なことではないはずです」
「そんなことわかってるよ。でも、考えすぎたら動けなくなるだろ? だから俺は動くだけだ」
「……それでも、時には立ち止まることも大切だと思います。あなた一人に全てを背負わせたくありません」
「俺一人じゃないだろ? お前もいるし、騎士たちもいる。それで十分だ」
「そうですね……。でも、勇者様が無理をしていないか、それだけが心配なんです」
エリスの言葉に、俺は少しだけ視線を逸らした。
「……無理してる自覚はあるよ。でも、俺が止まったらどうなるか、それが怖いだけだ」
「そうでしたか……。それでも、私はあなたを支えます。それだけは忘れないでください」
「わかったよ。ありがとうな」
エリスは小さく微笑み、そのまま前を向いた。
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灰色の塔が見えた頃、遠くから黒い霧が塔を覆い尽くしているのが見えた。
「また霧かよ……黒装束の奴らが先に動いてるな」
「急ぎましょう! 彼らが塔に侵入すれば取り返しのつかないことになります!」
俺たちは馬を全速力で走らせ、霧の中へと突っ込んでいった。




