第2話 勇者、訓練をサボる
異世界に召喚されて早三日。俺、神崎勇斗は毎日憂鬱な気分で過ごしていた。召喚された直後に「俺は戦わねぇ」と宣言したせいで、王国の騎士や魔法使いから冷たい視線を浴び続けている。とはいえ、彼らが俺を強制的に戦場に送ることは今のところなさそうだ。
「お前が役立たずのままじゃ困る。せめて戦い方を覚えろ」
そう言われ、剣術と魔法の訓練に参加させられることになったが、俺の考えることはただ一つ。いかに手を抜いて無能を装うか。
訓練場では、騎士たちが見守る中で木剣を振るうことになった。対戦相手は屈強な若い騎士だ。「勇者様、よろしくお願いします!」と相手が元気よく声をかけてくるが、俺は剣を適当に振り回す。力もスピードも出さず、わざとバランスを崩して転んでみせる。
「わ、わっ! あぶねぇ!」
案の定、相手は呆れた顔をして剣を収めた。周囲の騎士たちからもため息が漏れる。
「本当にこの男が勇者なのか……?」「剣を握ったこともない素人だな」と。
よし、作戦通りだ。俺が無能だと思わせておけば、戦力として期待されることはない。
次に魔法の訓練に移る。どうやら俺には「賢者」のスキルがあるらしく、基本的な魔法は即座に習得できる能力が備わっていた。だが、ここでも目立つわけにはいかない。
「まずは火球を発生させる練習だ」
訓練師の指示に従い、俺は手のひらに魔力を集中させる。もちろん、わざと制御を失い、火球を周囲に飛ばす。
「うわっ! 危ない!」
「こいつ、暴発させやがった!」
訓練場が騒然となる中、俺は平謝りする。「す、すみません! 魔法なんて初めてで……!」
訓練師は苦笑いしながら肩をすくめた。
「魔力は相当あるようだが、制御がまるでなってないな。しばらくは基礎からやり直しだ」
よし、これでしばらくは「未熟な勇者」として扱われるだろう。
訓練の後、俺は王宮の図書館に足を運んだ。この世界の地理や文化を知るためには情報収集が不可欠だ。「北の『迷いの森』か……。王国の支配が及ばない地域に通じてるって噂だけど、本当かな?」
地図を眺めながら、俺は逃亡ルートを検討する。迷いの森は魔物が出没する危険地帯だが、そこを越えれば自由が待っている。
「問題は、そこまでの資金と装備だな」
戦闘能力を隠しながらも最低限の力を蓄え、少しずつ準備を整えていく。幸い、この世界の貨幣の価値や交易ルートについても情報を集められそうだ。
そんな俺の計画に水を差すように、ある人物が話しかけてきた。
「勇者様、こんなところで何を?」
振り向くと、そこに立っていたのはこの国の王女だった。長い金髪に澄んだ青い瞳、いかにも高貴なオーラをまとっている。
「お、お前……王女様?」
「ええ、エリスと申します」
彼女は微笑みながら俺に近づき、テーブルに視線を落とす。俺が開いていた地図を見て、軽く眉をひそめた。
「迷いの森……ですか?」
「いや、これはその……興味本位で!」
焦って否定する俺に、彼女はじっと視線を向ける。その瞳に隠された真意が読めない。「そうですか。でも、もし困ったことがあれば、私に相談してくださいね」
そう言って立ち去る王女を見送りながら、俺は内心冷や汗をかいていた。
「やべぇ……目をつけられたか?」
逃亡計画に早くも影響が出るかもしれない。だが、俺は諦めない。必ず、この異世界から抜け出してみせる。




