さすがにバレる
クリスタリアの街並みでもひときわ広い大通りに面したそのカフェは誰もが足を止めて見上げる人気の店だ。
大きなガラス窓からは柔らかな陽光が差し込み、店内の賑わいが通りまで届く。
華やかな花々が飾られたテラス席はいつでも満席。行き交う人々の笑い声とともに、コーヒーや焼きたてスイーツの甘い香りが大通りの彩りさえ明るくさせるようだ。
店内には温かい木目のテーブルと柔らかいイス。 壁には洒落たランプがかかっていて、淡い光がカフェ全体に誘惑の魔法をかけたよう。
そしてこのカフェの名物は誰に聞いても『エルフの抹茶ケーキ』。ほんのりとした甘さと、魔法で作られたかのようなふわっと軽い食感が人々を魅了してやまないのだ。
そんなお店の窓ぎわで、今日も一人の女性が新たな虜になっていた。
「うっま……! なにこれエルフの抹茶ケーキ……? マジで魔法でもかけてあるんじゃないのコレ……?」
目を丸くしてそう呟いたのはエマ。
「そのケーキ、かのユースケ・クロサワ氏が異世界から持ってきた技術で作られているらしいよ」
そしてエマの対面に背筋を伸ばして座っているのはアリシアである。
アリシアは白を基調とした落ち着いたブラウスに繊細なレースがあしらわれたカーディガンを羽織っている。 カフェの穏やかな光が彼女の透き通るような肌に柔らかく映えて、まるで一輪の白い花がそこに咲いているようだった。
「どう? たまにはこういうオシャレなお店もいいでしょう?」
アリシアは少し得意げに言った。
「……そりゃあいいお店だけど、ちょっとアタシみたいな庶民が来るにはねぇ。アリシアとは違って、どうも場違いな気がするんだけど」
「えぇ~? そんなことないのに~!」
「って言っても、短剣を身につけて入るようなお店じゃないからねぇ」
「うふふ。でも、今日の私服姿のエマちゃん、とっても可愛い!」
エマも今日は冒険者としての装備を外し、少し女の子らしい私服に身を包んでいる。
「そ、そうかな……」
短剣を持たない姿は普段の彼女とはどこか異なり、凛々しさは影を潜め、少し照れくさそうに笑っていた。
「そうだよ~! やっぱりエマちゃん、恋しちゃったんだよ~!」
「ブフーッ!」
と飲んでいた紅茶を吹き出すエマ。
「な、な、なんでそうなるの……?」
「だってエマちゃん、最近はよく例のお屋敷に行ってるみたいじゃない?」
「あ、あ~……たしかに……」
「で、そのお屋敷には最近になって見慣れない男性がどうやら住み始めた……とのこと」
「ち、違うよ……? アタシはただ、お金持ちのおっさんに情報を売る目的で……」
「ふぅん……情報を売る、ねぇ……?」
「う、疑ってるの……?」
「いいえ? でも、冒険者のエマちゃんが情報屋さんの真似事をするにしても、ちょっと疎いんじゃないかな~って思って」
「疎い? アタシが?」
「そうだよ。だってエマちゃん、あのお屋敷が元は誰のお屋敷か知らないの?」
「あのお屋敷……? さぁ……?」
「……呆れちゃうなぁ」
「だってアタシ、お貴族様の世界には興味ないからさ」
「それも違うよエマちゃん。あのお屋敷のご主人は貴族なんかじゃないんだよ? どうしたって爵位なんか受けてくれなかったんだから」
「あぁ~。そういえばオリビアさんもそんなこと言ってたっけ……」
「そうそう、そのお屋敷を管理なさっているオリビアさんもね、元はS級の冒険者さん」
「マジでっ!?」
エマが驚いた拍子に身体がテーブルに当たり、ガタッと音が響く。
「いや、オリビアさんの底知れぬ強さには思い当たる節があるんだけど……その前に、そんな人を雇ってるセージって、いったい何者なんだ……?」
呟くエマに目を光らせるアリシア。
「へぇ~。セージさんって言うんだ、エマちゃんが惚れ込んじゃった人」
「そうそうセージ・ブラック……じゃねーわ! 惚れとらんわ!」
エマはツッコむが、アリシアはそんなことを気にしたふうもなく深く考え込んでいた。
「なるほど……なら、やっぱり本当の名前は黒沢セージさんなのかな」
「本当の名前? セージの?」
「たぶんね。ブラックの姓は冒険者として登録するために名乗った姓で、黒沢の名前から取ったものだと思う」
そこまで聞いたところでエマは眉をひそめた。
「待って? クロサワ……? 黒沢っ!? それって、もしかして……」
「さすがにここまで言えばわかるよね」
「ユースケ・クロサワ氏の一族ってこと……?」
アリシアはゆっくりと頷く。
「お歳を考えれば、お子さんあたりよね」
エマも腑に落ちたように身体の力を抜いてイスの背もたれに身体を預ける。
「なるほど……だからか。イースのことを何も知らないうえに完全に素人なあの動き、そしてそれにしてはあり得ない強さ……納得だわ」
エマの言葉を聞いてアリシアも頷く。
「あり得ない強さ……そう、やっぱりセージさんだったんだ……私が冒険者さんを探して街を駆け回っている間に全てが解決しちゃっていた、その理由は……」
「うん。……信じられないけど、ゴブリンの大群にはホブゴブリンやジェネラルのみならず、キングまで含まれてた……。それが、セージの前ではほとんど進化の差なんて区別がつかない扱いで殲滅されていったんだ……」
「し、信じられない……」
「今にして思えば、素手でワイバーンを倒したとか言ってたのも、全部本当だったんだよ……」
「ますますユースケさんの関係者である可能性が高くなったってこと……よね?」
「うん。……間違いないよ。セージは、ユースケ・クロサワ氏の息子なんだ」
「すごいビッグニュースじゃない……」
アリシアはしばらく呆然としていたが、やがて意を決するようにエマを見据えた。
「お願いエマちゃん、私にセージさんを紹介してくれないかな……その、エマちゃんの気持ちを知りつつ言うのも申し訳ないんだけど……」
「いやいや。紹介はいいけど、アタシがセージに惚れてるとかないから」
「ホントに?」
「ホントだよ。アタシとセージの繋がりは、お、お金だけだし……」
「エマちゃん目が泳いでるよ?」
「ち、違うって!」
エマは手をブンブンと振ってアリシアの追及をかわした。
「でもアリシア、紹介するって言っても、それは冒険者仲間のアリシアとして? それとも……?」
「はじめは冒険者のほうがいいと思うんだ……。その、たぶん、セージさん、ユースケさんの息子さんだとしたら、私の肩書きとかあんまり好きじゃないと思うから……」
「あっは! それはそうかも。それにあいつ、SPにしか興味ないから」
「で、でも! 私、ちゃんとセージさんを振り向かせないと!」
顔を真っ赤にして言うアリシア。
「えっ!? ……アリシア、それ、どういう意味……?」
アリシアとは反対に色を失っていくエマ。
アリシアはそんな様子のエマを見ながらも、意を決したように拳を握って強く言うのだった。
「ゴメンねエマちゃん……。もし本当にセージさんがユースケさんの息子さんなんだとしたら……私、ユースケさんの息子さんとは……親が決めた、許嫁なの……」
「マ、ジ……?」
エマは手に持っていたフォークを落とし、しばらく開いた口が塞がらなくなっていた。
「ほ、本当にアリシアの親がそれを決めたの……? だ、だってユースケ氏もセージも、貴族ですらないんだよね……?」
「でもそれはユースケさんが固辞しただけで……いざとなったら、無理矢理にでも爵位を押しつけてやるんだって」
「は、はは……マジか……」
「でも良かったなぁ~……あのときはライラさんの酒場でチラッとしか見えなかったけど、優しそうで素敵なオジサマだったし~……」
アリシアは顔を赤らめて身を捩りだした。
そんなアリシアから顔を背けながら、エマは顔を引きつらせることしかできなかった。
「言えない……セージが結婚どころか安楽死スキルで死にたがってるなんて、アリシアには絶対に言えっこないじゃん……」
エマは頭を抱えた。










