ダンジョンと魔素
宝石の森は太陽の光が柔らかく差し込み、樹々の葉の音と鳥のさえずりが心地よい静寂を彩っている。その森の中を山脈へと向かって伸びる街道が一筋、誠司やエマたちを乗せた馬車を導いていた。
誠司はエマの話を聞いた後、ダンジョンに向かうことにしていた。
「目的地はどの辺りなんだ?」
誠司は荷台の対面に座るエマに問う。
「場所は街の南。宝石の森を越えた先、グリモーリア山脈の入り口辺りかな」
「宝石の森なら俺も通っていたが、広大な森を越えるとなるとかなり時間がかかりそうだな」
「馬車でニ日くらいだね」
「野宿になりそうか?」
「そりゃそうでしょ」
「なら、夜になる前に俺は一度馬車を抜ける。夜は一人で明かすがいいか?」
「へぇ。いっちょ前にアタシを信用しないって訳?」
「どう受け取ってもらっても構わない」
――本当は転移位置を設定して家でゆっくりと眠りたいだけだがな。向こうでの仕事もあるし。
「一人でどうやって夜を明かすつもり?」
「答える義理はないな」
「あっそ」
エマは興味なさげに言った。
「セージってさ。もしかして世間知らずのお坊ちゃんだったりするわけ?」
「どうしてそう思ったんだ?」
「まず第一に、報酬が必要ないなんてお金に困ってないからだよね?」
「……肯定する気はないがな」
「第二に、当たり前のことを知らなすぎる」
――それはイースに来たばかりだから当たり前のことだが、それを言っても仕方がないな。
「第三、そのわりに異常なまでに強い。どこでそんな英才教育受けてきたんだよって感じ」
「なるほど。それで世間知らずのお坊ちゃんか」
「もしかしてセージはお貴族さまだったりするのかな?」
「まさか」
「ま、本当でも認めるとは限らないよね」
「……この質問になんの意味があるんだ?」
「一応アタシの自衛だよ。ここじゃ誰もアタシを守っちゃくれないんだ。ともに行動をする人間がどんな人間か。可能な限り知っておいたほうがいいに決まってるでしょ?」
エマは開き直った態度で言った。
「アンタこそ、自分で自分を怪しまれる人間だと思ってないの? 貴族か? なんて聞かれるような怪しい言動のくせに、アタシの感知する限り護衛の一人も付いていやしない」
――俺の言動は怪しかったのか……以後は気をつけよう。
「それにしても、俺に護衛が付いているかなんて良く気にしていたな」
「冒険者たる者、慎重でありたいからね。これでもアタシA級なんだ」
「実力はあるってことか」
「過信はしない主義だけどね」
「だが、それならなおのこと疑問が生じるな」
「お! ちょっとはアタシに興味でた?」
エマは浮足立つように問うが誠司は顔色ひとつ変えずに言う。
「宝石の森とは新人冒険者が肩慣らしに訪れるような場所だと聞いている」
それを聞いてエマはとたんにつまらなそうな顔に戻った。
「実際に俺もSP稼ぎに通ったが、ザコモンスターにしか遭遇しなかった」
「要するに、超絶に強くて賢く可愛いエマちゃんがなぜそのような場所にわざわざ赴いたのかってことが言いたいわけ?」
「そうだ」
エマはさらにつまらなそうな顔になった。
「そんな無愛想じゃモテないよ?」
「問題ない。それよりも質問に答えてくれ」
エマはため息をついてから口を開く。
「ダーメ。それは任務上の制約で答えることができませーん」
「そうか」
――A級をそんな場所に投入するからには相応の理由があるからだろう。先日の黒いゴブリンにも何か関係があるかも知れない。
誠司は気を取り直して次の質問をすべく口を開いた。
「ならほかの質問だ。ダンジョンってのは、なんだ?」
「アンタねぇ……。ダンジョンも知らないわけ? それで良くホイホイついてきたわね」
「想像くらいならつくが、新ダンジョンが発見されるなんてくらいだから、イースはそれほど開拓されてないのかも知れないと思ってな」
それを聞いてエマはまじまじと誠司の顔を見た。
「なんだ? 俺の顔に何かついているのか?」
「ううん? ただ、『イースは』ってセージの言い回しが別の世界も知っているかのように感じたからさ」
――鋭いな。
「世間知らずなところも別の世界から来たのなら辻褄が合うとか思ったんだ」
「そうか」
「う~ん……怪しいなぁ」
エマは誠司を角度を変えつつ凝視していたが、やがて。
「ま、そんな訳ないか。アホらし」
と自己完結した様子であったので、内心では胸を撫で下ろす誠司であった。
「いい? ダンジョンってのは、いつどこに現れるかもわからない魔物の巣窟のようなところよ」
「ということは常に新しいダンジョンが生成されているわけだな?」
「そうなるかな。で、基本的には内部に存在するダンジョンコアを壊すか外に持ち出せばそのダンジョンは消滅するってわけ」
「開拓されたダンジョンもあると聞いているが、消滅しないダンジョンもあるのか?」
「管理ダンジョンね。運良くいい場所に生成されたダンジョンなんかは適正に管理すれば色々と利用価値は出てくるの。ボスなんかは討伐済みで、定期的に湧き出る魔物なんかを新米冒険者のトレーニング代わりにしたりね」
「なるほど。そんな様子じゃ、あまり管理ダンジョンにはSPを期待できそうにないな」
誠司は残念そうに呟いた。
「それと、生成されるってことは既存の建物や遺跡がダンジョン化するわけではないんだな」
「さぁ? そういう事例がないのかまではわからないけど、アタシが知る限りダンジョンの入口は空間が歪んだようになっているものよ」
「新たに生成されたり消滅するというのはどういう理由なんだ?」
「それはまだ良くわかってない。ただ、ダンジョンの周りは魔素が濃くなっているから何かしら関係があるとは言われてるけど」
「魔素?」
「セージそれマジで言ってる?」
――しまったな。親父の残した本に書いてあった気もするが、思い出せんからにはすっかりと読み飛ばしたようだ。
「ま、いいわ。魔素ってのは……なんだろ? そう言われてみれば」
「魔力の源みたいなものか?」
「そうかも。たしかに魔素の濃いところだと魔法の調子がいいとか聞くしね」
「そんな程度の認識でも問題は生じていないとみえるな」
「まぁね」
そこでエマは何かを思い出したように言う。
「そういえばセージ、魔法のほうはどうなの?」
「どうと聞かれても使ったことはないな……どうやったらいいんだ?」
エマはため息をつく。
「何かステータスに表示とかないの?」
「ステータス?」
誠司は言われるがままに自分のステータス画面を展開する。
「魔法のタブとかない?」
「お、あるある。何も書いてない空欄だがな」
「あらら。本当に素人さんなんだ」
「不都合があるのか?」
「そりゃあね。物理攻撃が効かない相手にはお手上げってことだし」
「どうすれば覚えられる?」
「魔法ばかりはねぇ……適正もあるし、基本的には自然に覚えられるものではないんだよね。学校で習うとか、誰かに教えてもらうとか」
「習得にはけっこう時間がかかりそうだな」
「そりゃあ便利な分にはね。ま、広い世界には読めば習得できる魔法の本もあると聞いたことはあるけど、アタシはそんなの一度もお目にかかったことはないかな~」
「弱ったな」
「誰か教えてくれる人とかいないの?」
――強いて言えばソフィアが魔法を使っていたのを覚えているくらいだが……
「お貴族様のお屋敷には魔法の本が眠ってるとか、そういうのは?」
――そんな都合良く……あるかも知れないな。
その時誠司の脳裏をよぎったのは空島の家の本棚にあった日本語以外で書かれた本の存在であった。
「あれあれ? さすがはお貴族さま。心当たりがありそうな顔しちゃってさ」
エマが探るように言う。
「いや、そういうわけでは……と言うか、俺は貴族なんかじゃないんだが」
「あらそう? ま、アタシには関係ないけどね」
「なんだ? 俺があんまりエマに興味なさそうにするからスネたのか?」
「なっ!? そんなわけないし!」
エマは飛び上がるように誠司の言葉を否定し、それを見た誠司は軽やかに笑って見せた。
「はははっ。安心しろ。興味はないが、ちゃんとエマのことを可愛い女の子だなと思うくらいの感性は持ち合わせてるつもりだからな」
「へぁっ!?」
エマは素っ頓狂な声を発し、顔を赤らめた。
「む、む~。セージめ……なんか調子狂うヤツ……」
馬車の中で、エマは恨めしそうに誠司を睨みつけていた。










