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プロローグ


 街にゴブリンの大群が押し寄せて来たとき、誠司(せいじ)は色めきだった。


「SPだ! SPが来た!」


 30代半ばの中年男性が子どものように声を上げたのだ。


 その嬉々とした態度にエマはテーブルを叩く。赤髪のショートで短剣を腰に下げた身軽な格好の若い女性だ。器量も威勢も良く、その表情には怒りが含まれている。


「アンタねぇ! 今の状況わかってる!? 有力メンバーはみんなダンジョン攻略でいないのよ!? いくらゴブリンって言っても、大群なのよっ!?」


「ならいい。俺が全部貰えるな」


 誠司はテーブルに硬貨を置いて席を立つ。


「ちょ、ちょっと! アタシも行くわよ!」


 だが誠司は振り返りもせずに店を出て、一直線に街中を駆け抜け城壁へと向かっていた。


 冒険者にも見えない普段着の中年が、その先にはもう城門しかないというのに脇目も振らない。そのあまりに迷いのない直進に門の脇に立っていた衛兵が声を上げる。


「お、おいアンタ! 今、外には出られないよ!」


 ゴブリンの襲来を前に既に門は閉ざされていたのだ。


「問題ない」


 誠司は少し膝を曲げて足に力を込めると、次のひと蹴りで跳躍し、城壁ごと軽く飛び越えた。


 西日が差して赤く染まる遠方の森から土煙を上げて迫り来るゴブリンの群れ。


 その数は100匹をゆうに超える。


 それを城壁の外で迎え討とうとする冒険者たちは震えていた。街に残された経験の浅い冒険者たちが駆り出されているのだろう。いくらかの土豪を築いて迎え討とうとしているが、その顔には拭えきれない恐れが浮かぶ。


 誠司はそれら冒険者を眼下に映しながら、そのさらに前方へと着地を果たし、ひと言もなく、ひとりでゴブリンの群れへと突き進んで行った。


「お、おい兄ちゃん! ひとりで行くな!」


「やめろ! 自殺行為だ!」


 後ろから聞こえる冒険者の静止を無言で振り切って走り、やがて誠司はゴブリンを射程範囲に捉えた。


「ヴォルカニックストーム!」


 上級の炎魔法によってゴブリン群の内部からいくつもの噴煙が立ち起こる。


「いや、やはり魔法よりも直接斬ったほうがいくらか気分が晴れそうだ」


 誠司は即座に剣を手に持ち、そのままゴブリンの群れへと突き進んだ。


「SP! SP! SP! SP!」


 誠司は一太刀振るう度にゴブリンを仕留めてその群れの中を縦横無尽に駆け巡る。


「死ぬぞ! 死ぬぞ! 死ぬぞ!」


 しかしいくら誠司が自在に駆け抜けようとも数で押し寄せるゴブリンの波は止まらずに街へと押し寄せる。


「取りこぼすくらいなら! エアリアルスラッシュ! グランドクラッシュ! クリスタルバースト! サンダーボルト! オラオラオラオラァ!」


 誠司が連続して放つ複数属性の魔法によって、戦場はゴブリンにとって阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。


「全てのゴブリンは俺が貰う! SP! SP! SP! SP!」


 仮に魔法から逃れても次の瞬間には誠司の剣に斬り伏せられるのがゴブリンの末路だ。


「死ぬ! 死ぬ! 死ぬ! 死ぬぇ!」


 その鬼気迫り笑みすら浮かべる誠司の姿は、決死の覚悟で構えていた冒険者たちさえも脱力させるほどの重圧を放っていた。


「な、なぁ。……なんであの人、さっきから死ぬ死ぬって言ってるんだ?」


 冒険者のひとりがそう漏らした。


「さ、さぁ? どうみてもゴブリンにやられることはなさそうだが……?」


「それにSPって、スキルポイントのことか?」


「それはまぁ、そうなんだろうな」


「すげぇな……それじゃまるであの大群がSPに見えてるみたいじゃないか」


「あんな冒険者、この街にいたか?」


「いや……? しかしすげぇな……この数、100や200じゃ済まないだろ」


「少なくとも、俺たちの命はあの人に助けられたようなものだろうな」


「あ、あぁ……信じられないが、あの大群を、マジでひとりでやっちまうぞ……」


 冒険者たちが呆然としている間に、誠司の剣と魔法によってゴブリンの大群は一匹残らず滅ぼされたのである。


 誠司は最後の一匹を切り捨てたあと、汚いものを振り払うように剣についた血をはらって鞘に納めた。


 そしてそれから戦場を埋め尽くすゴブリンの死体に一瞥もくれず、街へと引き返すのだ。


「に、兄ちゃん。ゴブリンの死体、どうするんだ? 報酬、いらないのか?」


 すれ違いざまに冒険者が誠司に言う。


 討ち取った魔物の一部を持ち帰ればそれが討伐の証拠となり報酬を得られるのが冒険者ギルドのルールだ。


 だが誠司は無表情で答える。


「いらん」


「だ、だけどよ……」


 そこへ戦闘終了とみて開いた城門から出てきたエマが駆け寄る。


「セ、セージ……そんなに強かったの……?」


 エマはいまひとつ現実味を感じていない顔だった。


「……ステータスのことはどうでもいい」


 それに誠司も抑揚のない声で答える。


「じゃ、じゃあゴブリンは? 報酬は?」


「俺はSPがあればそれでいい。あとはお前の好きにしたらどうだ」


「アタシがもらってもいいってこと?」


「……そう聞こえなかったのか?」


 誠司の言葉を聞いてエマの表情は宝石のように輝きだす。


「だ、旦那! アタシゃ一生、旦那について行きますわ!」


「迷惑だ」


「そう言わずに! ほら、アタシけっこう顔と身体には自信があるんだけどな~」


 エマは少し服の胸元を開いて誠司に見せた。


「興味ないな」


「グサッ……わりと傷つくな~」


 エマはそう明るく言って、去っていく誠司の背中に声を掛ける。


「セージさぁ……そんなんで生きてて楽しいの?」


「……別に、楽しさは求めていない」


 誠司は足を止めて背中で語る。


「SP、SPって、それでいったい何ができるわけ?」


「スキルが貰える」


「スキル? そんなSPばっか貯めて、いったいどんなスキルが欲しいわけ? 世界でも滅ぼす気?」


「そうだな……ある意味、世界は終わる」


「え? なにそのスキル」


「安楽死スキルだ」


「安楽死? 誰が死ぬの?」


「俺だ」


「は?」


「俺が死ぬんだ」


「なんで?」


「死にたいからだ」


「……普通に死ねば良くない?」


「死ぬほど痛いのと苦しいのは嫌だ。ただ、この意識は失ってしまいたい。安楽死スキルならそれができると思った」


「アホくさ。じゃあ自分で死ぬためにわざわざSP貯めてるんだ」


「そうだ」


 エマは呆れたようにため息をついた。


「ま、いっか。それでアタシが楽に稼げるなら文句は言わないよ、ダ・ン・ナ」


「何を言う。そのゴブリンの山が手切れ金だ。もう俺に関わるな」


「やだなぁ。そんなこと言わずに側に置いてくださいよ~。よっ! ダンナ! 愛してる!」


 エマはゴマをするように誠司にすり寄る。


 誠司はそれをひとつ、鼻で笑ってあしらった。


「それなら、もっとSPが稼げる方法を持って来い」


 エマもそれをひとつ、鼻で笑って返した。


 そしてそのあと、少しの憐れみを込めた表情で言う。


「……セージ。辛いことがあるんならアタシが聞いたげてもいいよ」


「けっこうだ」


「内容によっては、アタシが慰めてあげてもいいんだけどな」


「面倒だ」


「あっそ」


 エマは舌を出して軽く手を上げた。


「ま、いいや。ともかく一杯くらい奢らせてよ。ゴブリンこんなに貰っちゃって、なんか悪いしさ。少ししたらさっきの店で待ってるから!」


「好きにしろ」


「わかった! セージの昔ばなし、楽しみにしてるね!」


 誠司は明るく手を振るエマを見もしないで淡々と街の門を潜って行った。


――断りにくい言い方しやがって、面倒くさいな。


 誠司はそう言いつつも、なぜこんな話になったのかを思い出しながら歩いていた。


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