【SF小噺】廃スクール・ララバイ
横暴な独裁者がこの国を支配して以来、反政府ゲリラとの内乱が長く続いていた。
反政府ゲリラのベータ小隊は、政府軍の奇襲から命からがら建物に逃げ込む。
建物はなかなか大きい。弾跡だらけの、コンクリート三階建て。どの階も同じ間取りをしている。
フロアブチ抜きの廊下に立つと、どこからでも広めの部屋が丸見え。部屋はどこも、飾り気のないイスと机が山積みになっていた。
気づけばベテラン兵の隊長と、年若い新兵、ふたりしか残っていない。恐らく他はもう手遅れだろう。
隊長は一休みし、包帯で腕の傷を縛っている。その間、新兵は興味深げに建物を眺めていた。
「どうした?」
「いえ、ここだけ壁が不思議な色をしているのは、何か罠でもないかと思って」
新兵が指した壁には、青緑色をした大きな板が打ち付けられている。
「それは黒板というのだ」
「コクバン?」
隊長は得心がいった。
「お前の世代は学校を知らないのだったな」
隊長は新兵に学校とは何か説明してやる。
「かつては当たり前の景色、だったんだがな……」
「なるほど、大勢の兵士をまとめて訓練する場所なんですね! なにせ自分らはすぐ死にますから。良い考えです」
目を輝かせる新兵に、隊長は何も言い返せなかった。
「そろそろ、この場所も危ない。立ち去るぞ」
銃と荷物を担ぐ。しかし新兵は黒板から目が離せないでいた。
「隊長、コクバンに何が書いてあるのでしょうね?」
「ああ、それは……」
思い出した。もはや遙かな過去。ここは自分の母校だ。
「卒業おめでとう、と書いてあるのだ」
「隊長は文字を読めるんですね。何でも知ってて、すごいです!」
隊長はクスリと笑う。
「生き残れたら、お前にも文字の読み書きを教えてやるよ」
そうだ。戦争が終わったら、教師になるのも良い。確か自分もそんな夢を持っていた気がする。
次の日、反政府ゲリラは政府軍の総攻撃に遭い全滅する。ベータ小隊のいた建物も、ミサイルの飽和攻撃により跡形も亡く破壊された。
この国の子供たちは学校を知らない。