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 ということで、ここにいる俺以外の全員に、動機があるということになった。


 さて、どうしようか。


 突如、聡子がヒステリックな声を上げた。その声の向かう先は奥方である。


「あなた、前から気に食わなかったのよ! 華族の末裔だか何だかしらないけど、上品ぶって私を見下して。今何時代だと思ってるのって話だわ」


「私は別に上品ぶってなどおりませんよ。ただ、聡子さんがあまりにもマナーをご存じないので、お教えしていただけで」


「ほら、そういうところよ! 立場弁えなさいよね!」


「なら、私にもう少し立場を弁えさせてくださいな。あなたの言動は目に余るものが多すぎます」


 五月蠅く騒ぎ立てる聡子に、淡々と述べる奥方。火と氷の戦いを見ているみたいだ。


「聡子、いい加減にしろ」


 昭雄が止めに入る。聡子はキッと、またもや昭雄に強い眼差しを向けた。


「なによ、あなたこそいい加減にしなさいよ。私にとやかく言うけどね、あなただって浮気しているじゃない。それぐらい知ってるんだから」


「は? 何を証拠に」


「『みるき~学園』のアリサと週に二回、『放課後の特別授業コース』」


 ぐぐ、と、昭雄が唸り声を上げる。


「『ももいろハッピースクール』のマサミに本番強要して出禁」


「おい!」


「芸能事務所に所属する現役女子高生とも『お付き合い』しているわよね」


 はっ、と聡子が鼻で笑う。


「もう犯罪じゃないの」


「五月蠅いな! 自分が相手にされなくなったからってひがむなよ。男の浮気と女の浮気は違うんだ。男の浮気は甲斐性と根性の結晶だよ!」


「はぁ? ラッパーでも目指してんの?」


 聡子が挑発的に顎をしゃくった。


「その主張、ネットに上げてみなさいよ。どれだけの賛同が得られるんだか。せいぜい馬鹿どもに冷やかされる程度で、後は大炎上よ」


「もういい加減黙れ!」


 またもや昭雄の手が聡子の頬を弾かんと、振り上げられる。


「もうよさないか」


 月城が昭雄の手を掴んだ。


「君はどう考えたって人の上に立つ器じゃない。君の下で働く女子社員たちが君のことをなんて言っているか知っているのか?」


「さあ」


「『明治に帰れ、亭主関白系モラハラ男子』だよ」


 仇名長いな。


「女性蔑視、ハラスメントが酷いそうだな」


 霧島も加勢する。


「何が、ハラスメントだよ! 俺は全然!」


「『女にこんな企画が思いつくものか』と言って、女子社員が考えた企画をお気に入りの男性社員が考えた企画に仕立て上げたらしいな」


「『男を持ち上げることも知らないくせに、仕事ができている気になるな』と言って、業績一位の女子社員をクビにしたそうじゃないか」


「自分が逆らいにくい重役の出張には決まって、重役が希望した女子社員を同行させる」


「好みの体形じゃないという理由で、特定の女子社員に昼食を取らせないようにしたり」


「う、五月蠅いな! そんなの当然だろ! 俺の会社なんだから」


「だから! 私情で人を動かすような人間に、会社経営は無理だって話なんだよ。君のお父さんは少々女性関係にだらしなかったが、仕事に私情を挟むような人ではなかった」


「はぁ? スパ・リゾートはどうなんですか⁉ 私情そのものじゃないですか!」


「あれは彼の個人資産で作られる予定だった。軌道に乗るようなら、ゆくゆくは事業の一環となっただろうがね」


 チッ、と、昭雄が仕切り直すように舌打ちする。


「なら、私情を挟まなければ経営ができるんですか? リーダーに相応しいんですか? その女性関係とやらのトラブルをいくつか揉み消していたのは月城さん、あなたですよね」


「僕はそんなことしていない」


「証拠ありますよ。さっき言ってた書類です。オヤジはもう死んだから、もう別に世間にバレても問題ないし」


「問題あるだろう」


「あ、そうですよねぇ。その問題のいくつかには、霧島さんも関わっているんだから」


「そんなことはない!」


 霧島が一喝した。


 月城が小さな溜め息をつき、オーナーに手を向けた。


「論点がずれてきている。今重要なのは、誰が彼を殺したのかってことだ」


「なら、やっぱり佐竹さんでしょ。今一番、『ひとまず死んでほしい』って思っているのは佐竹さんでしょうから」


 昭雄が佐竹に顎をしゃくる。


「そうですか? 昭雄さんではないでしょうか?」


「俺はオヤジがいつ死んでも困らないよ」


「僕が何も知らないと思っているんですか?」


「は?」


「今、オーナーから任されているグループ会社の社長を解任されかけているそうじゃないですか。まさにさっき出た女性蔑視が原因で」


「え……」


 途端、昭雄が青ざめた。


「……そんな。俺は、俺はそんなこと知らない! 聞いてない!」


 昭雄の慌てぶりからして、それは事実ではないだろうか。


「でも、彼が死んだ今、昭雄君はその地位に収まったままでいられるというわけだな」


 昭雄の慌てぶりを意に介さず、霧島が自身の見解を述べる。


「それに聡子さん、あなたもオーナーに生きていられたら困るんじゃないかしら?」


 奥方の双眸に冷気が宿った。


「そりゃ、私は早く関係を終わらせたかったけど」


「いいえ、そうではなく。昭雄さんに黙って、会社のお金を流用していたでしょう?」


「そんなことしてないわよ! そもそも、あなたがそんなこと知っているはずないじゃない」


「私でも知っていますよ。オーナーはここにいる昭雄さんと、探偵さん以外の全ての人に零していたんですもの」


「お義父さんがそんなこと言うはずないでしょ。まず、あなたお義父さんを嫌っているじゃない。あなたといい、あんたの娘といい、親子共々――」


 聡子がはっと目を見開いた。


「そうだ、そうだわ! あなたがお義父さんを嫌っている理由。お義父さんがあなたの娘にいやらしい目を向けるからよ!」


 あ、やっぱりその線が正解か。


「お義父さんにはこのペンションという切り札がある。このペンションを盾に言い寄られたら、あなたの娘は断れないものね!」


 奥方の双眸に、ますますの冷気が宿った。


「それとこれとは話が別です。あなた、憶測で物を語りすぎですよ」


「またお説教! もういい加減にしてよ!」


 聡子が頭を掻き毟った。


「おまえ、そんなことしていたのか!」


 昭雄が聡子に掴みかかろうとするが、聡子はその手を乱暴に振り払ってしまう。


「ちょっと借りただけよ! それに、あなただってやっていたじゃない!」


「そんなことをしているから社長を解任されるんだ」


「霧島さんは黙っててくれ! 大体、どの口がそんなこと言えるんだよ! あんただって散々オヤジから賄賂を受け取っていただろう!」


「だから、そんな事実は一切ない!」


 口喧嘩が二周目に入っちゃった。ぎゃーぎゃー、ぎゃーぎゃー。あー、五月蠅い。これだよ、俺が憩いの時間をしっかり求める理由。


 殺人、窃盗、恐喝、それら犯罪の恐ろしさなど、表面的なものに過ぎない。本当に怖いのは、それら犯罪に渦巻く人々の心理。ドロドロドロドロ、纏わりついてこびり付いて、他人事だと弁えていても神経が磨り減らされる。その中にある僅かな純粋さがかえって歪に感じられるくらい、闇が深いんだ。本当に汚らしい。


 あ、駄目だ。俺、もう無理。


「皆さん、落ち着いてください」


 この人たちがどうであろうとどうでもいいけど、俺は無理。もうしんどい。


「五月蠅いな、あんたは無関係だろ」


 昭雄が俺に声を散らす。


「事件が解決できないのなら、どこかに行っていてくれたまえ」


 霧島の言葉にカチンときた。依頼も貰ってないのに、『解決できないなら』って何だよ。そういうことはちゃんと依頼してから言ってくれ。こういう人の能力や技術をタダ同然に考えて、自分のために使われて当然って顔する人、好きになれないな。


「一応、解決は見えましたよ。俺なりの、ですが」


「何!」


 一同が一斉に声を放ち、驚愕の眼で俺を見た。突如として、彼らの顔面に緊張が張り付く。


「なら、教えてもらおうじゃないか」


 霧島の声に、他の面々も同様の意思を視線に込める。


「分かりました」


 俺は一度、深い溜め息をついた。





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