4
「犯人は、誰なんですか?」
顔を引き攣らせたまま、昭雄が俺に尋ねてきた。
そんなのすぐ分かるわけないでしょ。
『ふっふっふ、全てお見通しです』
『犯人は、おまえだ!』
なんて展開を想像しているのか? 探偵の仕事ってのはもっと地味なんだぞ。
「それはまだ分かりませんけど、少なくとも外部の人間の犯行ではないでしょう」
「なぜですか?」
「このペンションは夜十一時になれば玄関が閉まりますし、この部屋の窓を出入りした様子もない。第一、犯人はドアから訪ねてきたんですよね?」
俺の問いに、聡子が小さく頷く。そう、犯人は確かに、ドアから侵入したんだ。そして、ドアから出ていった。――聡子が犯人でないのなら。
「他の部屋や廊下の窓からということも」
「それもないと思います。昨晩、奥方は厳重に戸締りをチェックしていましたし、朝慌てた様子もなかった。もしどこかに異常があったら、管理人夫妻は動揺していたと思います」
でも、出てきた食事や対応に、そのような動揺は見られなかった。いつもどおりの朝を迎えた証拠だ。
「無論、誰かが何らかの形で犯人を手引きしたのなら分かりませんが」
誰かが自身の部屋の窓や廊下の窓から実行犯を招き入れたのなら、ということだ。研ぎ澄ませた視線を辺りに送る。皆、そんなことはしていないと頭を左右に震わせた。
「昼のうちに、外部から入り込んだという線もあるんじゃないかね?」
霧島の問いに、次は俺が頭を左右に振る。
「それも難しいでしょう。ホテルのような大きな建物じゃありません。小さなペンションです。客室のある二階に続く階段は二つありますが、どちらを利用するにしてもエントランスホールを通らなければならない。エントランスホールにはフロントがあり、そこには常に管理人夫妻のどちらかがいます。それに、古風な佇まいですが、至る所に監視カメラがありますね。そして、今日はまだ来られていないようですが、それらを通いの警備員一名が常にチェックしている。玄関以外からも忍び込むのは不可能です」
「そうだ、なら監視カメラを確認すればいいじゃないか。そうすれば誰が昨晩、この部屋に来たのかが分かる」
昭雄が得意顔で意見を出す。俺は緩く頭を左右に振った。俺が語るまでもないことだろう。俺の心中を察して、管理人が口を開いた。
「監視カメラは主に外に設置されていて、中はエントランスホールにしかありません。さすがに中にいるお客様を四六時中監視するわけにはいきませんから」
「え? そうなのか……」
その瞬間、聡子がプッと吹き出した。『そんなもの見たら分かるでしょ』と言わんばかりにだ。昭雄がじろりと聡子に視線を刺した。
管理人が説明を続ける。
「警備員が帰った後、カメラは警備会社の遠隔操作で管理されます。もし外部から無断で侵入しようものなら、屋内いっぱいにサイレンが鳴り響きますよ」
成程、それなら内部から手引きするのも不可能だな。ただ、外部からは鉄壁だが、一度中に入ってしまえば、どんな行動でもある程度は可能になるということだ。
「だから、俺の部屋にだけ隠しカメラが設置されていたんですね?」
「はい……。万が一、黒田様が部屋から出られることがあれば、ドアに設置されているセンサーが反応して、私たち夫婦の部屋にあるベルが鳴るようになっておりました」
うは、そこまでしていたのか。隠しカメラには気がついたけど、センサーにまでは気がつかなかった。もし水など求めて出ていたら、どうなっていたことやら。(適当にやり過ごして部屋に戻っただろうけど。)
「そうだわ」
聡子が逸って声を上げた。
「私たちが来る前に、他の宿泊客がいたとかは考えられません? その方が持ってきた荷物の中に隠れていたとか」
そしてその客は『荷物』を置いて帰宅、もしくは只今外出中という扱いか。その線は薄いだろうが、俺は念のため、尋ねてみることにした。
「奥様、昨日より前にそのような客は来ましたか?」
「いいえ、そのようなお客様はいらっしゃいませんでした。そんな人が隠れられるような荷物を持ったお客様だなんて。第一、ここ数日、来られたお客様は二名だけで、オーナーと馴染みのある方々でしたし」
だろうな。そもそも、ここはプライベートのペンションみたいなものだから、誰しもが簡単に宿泊できる所じゃない。つまり、身元の不確かな人間なんて入れやしない。オーナーと知り合いになるか、俺みたいに紹介がない限り。それでも、俺みたいな一見の客は監視されたんだ。それらの点からしても、ここは計画殺人に適さない場所だってのに。
「いずれにせよ、誰にも知られずの出入りは不可能でしょう。誰が出入りしたかではありません。人の出入りがあったかどうかの問題になりますから」
「そうですね……」
聡子は少しばかり落胆し、引き下がった。その傍で、昭雄が仕返しと言わんばかりに軽く鼻を鳴らした。
「だから儂ら以外に犯人はいないと、君は考えるんだな」
霧島が硬い声を放った。脅かすつもりはないのだろう。緊張が漲っている、といったところか。
「はい」
俺は淡々と答えた。その声に、全員が顔面の筋肉を強張らせた。