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俺は黒田という。自分で言うのも何だが、優秀な探偵だ。両親は平々凡々だが、もとを辿れば武家だとか、貴族だとか、とにかく先祖はやんごとなき身分のお方らしい。そんなご先祖様の能力を隔世遺伝してしまったのかな。頭脳明晰、スポーツ万能、犯し難い気品。それに加え、長身、イケメンときたものだから、世間が放っておかない。
でも、俺は顔で仕事をしているわけじゃない。テレビなどのメディア出演は一切断っているし、顔出しありのSNSもやっていない。百歩譲って、『顔で仕事が捗っているのだろう?』と問われたら、『聞き込みには役立ってます』と答える。その程度だ。
そんな俺は、多忙だ。全国津々浦々、調査に出かけることもざらで、探偵とは非常に体力勝負の仕事だと痛感させられる。
そのうえ、精神的にも非常に負担のかかる仕事だ。だからこそ、心身をしっかり休めることも必要となってくる。
そう、休暇は大切なんだ。俺は休暇中、絶対に仕事をしない。絶対にだ。
俺は今、ある地方のペンションにいる。
窓から外を望む。澄み渡る空気、新緑の輝きに目を細める。ペリドットの礫を食らっているかのようだ。早朝、夜は少し冷えるが、その冴えた空気が新たな活力を生んでくれるようで心地よい。
ペンションは、以前解決した事件の依頼人が用意してくれたものだ。本当なら各界のVIPしか利用できないようなペンションだが、依頼人がペンションのオーナーと友人であるため、特別に計らってくれたのである。それが今、俺のような一介の探偵が利用できている理由というわけだ。
一階の食堂に向かうと、ペンションの管理人が朝食を運んでくれた。スクランブルエッグ、ソーセージ、トーストにコーヒー。シンプルだが、美味そうだ。
モーニングコーヒーに口を付けた。ああ、美味い。地元の天然水で淹れられたこのコーヒーは、ペンションの名物らしい。噂に違わぬ美味さに溜め息が漏れる。スクランブルエッグも美味い。ほろりと、個体と液体を行き来する絶妙の柔らかさが堪らない。
次はトーストを頬張る。サク、と音が鳴れば、口いっぱいに芳醇な小麦の香りが広がった。
少し、木苺のジャムを乗せてみる。蕩けるガーネットに飾られた小麦畑のようだと感嘆の溜め息を漏らし、齧った。これはもう、絶品のスイーツだ。素晴らしい。実に素晴らしいぞ。
「きゃああぁ!」
朝食をすっかり平らげ、残ったコーヒーを楽しむ俺の耳に、悲鳴が届いた。むむ、嫌な予感。
「どうした!」
三十代中盤と思しき男と管理人が、悲鳴のもとに向かう。
「オーナーが、オーナーが……」
はいはい。死んでるんでしょ。俺は意に介さず、コーヒーをすすった。全く、勘弁してほしいものだ。
でもここで向かわないと、怪しまれるだろう。俺が犯人じゃないと証明するのは簡単だ。しかし、その最も効果的な証明が探偵だと名乗ることになるのだから、それはやめておきたい。
『探偵さん? なら、こんな事件ちょちょいのちょいで解決しちゃうんでしょう?』
そんな眼で見つめられてみろ。ああ、ストレス。俺は今、休暇中なんだ。仕事で来ているんじゃない。つまり、今は営業時間外であり、働く理由はない。探偵だなどとバレて良いことなど一つもない。俺は残りのコーヒーを飲み干すと、名残惜しげにその場を離れ、一般客の顔で現場に向かった。