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月を観るなら君と

作者: 桜橋あかね

中秋の名月が近いので。


それでは、どうぞ。

中秋の名月が近付く頃、僕は実家の方へ毎年帰る。

……まあ、両親の墓参りにってところ。


お盆に帰らない理由は、単純に仕事と混雑しているから。

で、秋は両親の命日が近いから希望休を二日ほど出して帰る。


実のところ、実家は地元の名家の一つ。

今は兄夫妻が引き継いでいる。


弟の僕も、その分家として独立しろと言われてきたけど、反抗して出ていった。


両親が亡くなってからは、流石に墓参りぐらいはしないとと思って帰っているのだ。


▪▪▪


「……よお、元気そうにしているじゃあないか」

迎えに来てくれた兄が、そう言う。


「まあね」


荷物を車のトランクに入れて、僕は助手席に乗り込む。

そのあとに兄も運転席に乗り込んだ。


「よし行くぞ」


車が走り出した。

最寄りの駅から、実家までは10分かかる。


「………そういや、お前の同級生の淳美(あつみ)さん居たろ」

ふと、兄が言った。


七林淳美……僕の同級生の一人。

同じ集落で、よく一緒に学校へ登下校したっけ。


「確か、高校卒業したときに都会へ出たっけ」

そう僕が言うと、兄は頷いた。


「その淳美さんがな、地元(こっち)に戻ってきていると聞いたんだ。墓参りが済んだら、伺ってきたらどうだ」


「……もしかして、僕が淳美ちゃんを好きだったからってか」

僕がそう言うと、兄は笑った。


「まあ顔を合わせないよりは、ましだろう?」


確かに、兄の言う通りかもしれない。

高校以来、会ってはいないし。


「……兄ちゃんの言う通りにするよ」


▫▫▫


墓参りが済み、僕は彼女の家へ向かった。

歩いて5分程で、茅葺(かやぶ)きの家が見えてきた。


僕の家よりは全然小さいが、ここが彼女……淳美ちゃんの家だ。


「……あらぁ、今年も遠くからお疲れ様ですわぁ」

玄関から声が聞こえた。……その声は、淳美のお母さんだ。

帰省すると、顔を合わせてくれている。


「あの、淳美ちゃんが戻ったと聞きまして」


哲弥(てつや)さんから聞いていたのねぇ。ちぃと待っててくださいな」


お母さんが家の中に入った。


(変わっていないかなぁ……)

そう僕が思った瞬間、家の中から誰かが飛び出してきた。


「久しぶりぃーっ!」


そう、彼女が言って僕に抱きついてきた。


「ぐ、ぐおっげほっ」

勢い良かったせいか、僕は思わず咳き込む。


「こら、淳美!少しは落ち着きなんさ!」

お母さんの怒号が聞こえる。

ようやく、彼女が離れてくれた。


「……あっ、ごめんごめん。久しぶりにあんたの名前を聞いたから!えへへ」


淡い茶色の髪をなびかせた彼女。

そして、ちょっと低めの声。


「……久しぶり、淳美ちゃん」


そう僕が言うと、彼女はにっこりした。


▪▪▪


その日の夜、彼女……淳美ちゃんの家でご馳走になった。

地元の料理が並んでいる。


「……その、俺達まですいません」

兄が申し訳無さそうに言う。

兄夫妻とその子ども達も呼ばれたのだ。


「ええんさ、神明寺(かんみょうじ)さんの所にはお世話になっとるし、淳美がそちらさんと食事がしたいと言っとるから」

淳美のお父さんがそう言う。


「そうですわよ。ゆっくりしていってくださいな」

お母さんもそう言った。


「じゃあ、遠慮なく……」


「「いただきます!」」


皆が料理を取り合う。


「料理の準備をしながら、お母ちゃんからあんたの事聞いたよ。秋に帰省してるってね」

彼女が言った。


「うん。流石にお墓参りはしないとね」


僕がそう言うと、彼女は少しびっくりした表情を見せた。

「あんた、親御さんに真っ向に言ってたんに……そこら辺、意外」


「そうかな」


「でも、私のとこには好きって直接言わんかったんに」


「ち、ちょっと、今そう言うことは……」

僕が焦って言うと、彼女は笑った。


「ねえ、このあと……少し二人で話がしたいな」


「えっ……?」


話がしたい、と言ったときの彼女の浮かない表情が気になった。


「……分かった。近くの神社でね」


「うん」


▫▫▫


ご飯を食べたあと、二人で近くの神社へ言った。

小学生の時は、よくここで集落の子ども達と遊んだっけなぁ。


石段の所に、腰をかける。


「……月、綺麗だね」

開口一番、彼女はそう言った。


「で、話ってのは?」


「あ、あのね。笑われると思うんだけれど、私……仕事も彼氏も失っちゃって」


「……え?」


彼女によれば、給料がそこそこ高い職場に居て、かつその職場に一緒に働いていた男性と付き合っていたとのこと。

……ただ、その『彼』は別の女性と駆け落ちしたらしい。


そして、同僚の女性陣から彼女に対して、根も葉もない噂話が(ささや)かれたせいで、勢いで辞めたとの事だ。


「……それでね、1ヵ月前に帰ってきたの。ここに」


「今、仕事はどうしているの?」


「えっとね、ふもとの郵便局に居たばあちゃんが辞めたって言うから、私が引き継いだんだ」


「……そう、だったんだ」


「あんただったら、良かったんになぁ」

そう、彼女が呟いた。


実のところ、僕は彼女以外に好きな人は居なかった。

……いや、彼女の事が忘れられなかったのだ。


だと、したら――


「淳美ちゃん」


「……ん?」


「淳美ちゃんと一緒に、ずっとこの月を観ていたい。僕が、君を……守るから」


▪▪▪


それからというもの……

淳美ちゃんは、僕の事を受け入れてくれた。


十年越しの初恋から、恋が実りました。


月が結んだ恋は、きっと末長く……いくといいな。

読んで頂き、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今日は十五夜ですね。満月だそうです。 恋が実るかも… 素敵なお話でした。ありがとうございました。
[良い点] 月が綺麗ですなあ…… どこにでもある人生のワンシーン 飾らず上手に切り取られた。 上手い。 [気になる点] 彼女の身の上話に、ハッとさせられ、 それを静かに畳んでいく展開 こうゆうの…
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