002 挑発と瞬殺、そしてツノ
「なんだとォ……?」
「聞こえなかった? あんたは俺より弱いって言ってんの」
え、ええ……? そんなに煽って大丈夫なの……?
チンピラの顔が、その、すごいことになってるんですけど……。
ビキビキと音が聞こえそうなほど顔にシワを刻むチンピラだけど、怒りを鎮めるように口角を上げていた。
しかしこれだけ煽られて未だに手を出さないチンピラって実はかなり冷静なのでは?
「は、はは……イカれてんのか、オッサン。俺の、どこが、テメェより弱いってぇ……?」
「おや、聞いてくるんだ。勉強熱心だね。でも言わなきゃわかんない? そういうとこだよ、見る目がない」
向かい合っていない私ですら足が竦むほど恐ろしい圧を発するチンピラに対して、なおも羊毛頭は煽り続ける。
「俺をホームレスって決めつけたでしょ? でも見る人が見ればそうじゃないってことはすぐわかる。俺の腰のバッグ見えてる? これ結構高かったんだよね、でもあんたは気付かなかった。視野が狭い証拠だ。それに臆病だよね。カツアゲする相手に、自分よりも弱そうな女の子を選ぶってとこもそうだけど、それ以上に最初から武器を使わなかったことがもうビビってる証だよね。本気で金を強請るならどう考えたって武器をチラつかせて脅すほうが話が早い。でもそうしなかったのは人を傷つける覚悟があんたになかったからだ。女相手に武器は使うまでもないとか? でも武器は使わないにしてもまずは一発殴った方が従順になるのにそれもしなかったよね。やっぱり怖かったんでしょ? もしかして、言葉だけで脅すのが優しさとか思ってる? それはないか。女相手にカツアゲする時点で、そんなものは欠片だってあんたは持ち合わせちゃいないんだしね」
……煽り続ける!
すごいなこの人! 怖いもの知らずなの!?
これまで煽りに耐えていたチンピラも、さすがに堪えきれなくなったのか警棒を振り上げながら地を蹴った。
「もういい!!! 黙ってろオッサン!!!」
――速い!
驚くほどの速さでチンピラが羊毛頭との距離を詰めて警棒を振り下ろす!
見たところチンピラの種族は一般的なヴァイスだろう。
けれどこれは、身体能力に優れているわけではないヴァイスに出せる速度じゃない!
魔法……じゃなくて魔術で身体能力を上げているんだろうか。
動体視力に自信のある私ですら動きを追うので精一杯だ。
あるいは私と同じ――、
「動きが単調だね」
――これは!
思考に耽りかかった私の意識を呼び覚ますほどに、羊毛頭の動きは上手かった。
チンピラが距離を詰める素振りを見せた時にはすでに足元にある小さなゴミ袋を蹴り上げていたのだ!
「な……!」
その結果、ゴミ袋はチンピラの振るう警棒の軌道上に躍り出ていた。
すごい。
攻撃前に攻撃する場所を予測して、そこに障害物を持っていった。
煽り倒していたのは先読みしやすいように怒りで動きを単調にさせるためだったんだ!
……たぶん!
「……っ! こんなもん――」
「はい、お疲れさん」
え!?
今何が起こったの!?
わずかに怯んだチンピラは、構わずそのまま警棒でゴミ袋を殴り飛ばそうとしていた。
だが羊毛頭は自分に向けられていた視線をゴミ袋に擦り付けるのが目的だったみたいで、チンピラの注意が自分から逸れた瞬間にその視界から消えるように体を沈ませ、そのままチンピラの横を通り抜けるように駆けていたのだ。
その動きは決して速いとは言えない。
少なくとも先程のチンピラの速さに比べれば雲泥の差だったけど、一切の無駄がなかった。
相対するチンピラには羊毛頭の動きを知覚することも出来なかったんじゃないだろうか。
視線を外し、視界から消え、チンピラがそのことに気付く前に羊毛頭が意識を奪ったから。
そう、私が何より驚いたのはチンピラが何の抵抗もなく気絶したことだ。
羊毛頭がチンピラの横を通り過ぎる際にその首筋に触れたと思ったら、チンピラは突然失神し羊毛頭に殴りかかった勢いそのままでゴミ袋の山に突っ込んでいったのだ。
チンピラの淡く輝いていた体も、気を失うと共に輝きを失っていった。
一体何をしたんだろうか。
羊毛頭の指先がほのかに光っていたような……?
「さてと」
呆然とする私を置いて羊毛頭は倒れたチンピラに近づいていき、おもむろにチンピラの服を脱がし始めた。
って、ええ!?
「ちょちょちょ何してるんですか!」
乙女の前で一体何をしてらっしゃるので!?
「え? 服を脱がしてるんだけど」
「それは見ればわかります! た、助けてくれたことには感謝します! ありがとうございました! でも追い剥ぎはよくないですよ!」
「へえ……」
羊毛頭は立ち上がり、こちらを見つめる。
うっ、結構背が高くて威圧感があるな……。
あれ? これってもしかして新たなピンチだったりする?
よく考えたらチンピラから助けてくれたとはいえ羊毛頭自身が良い人とは限らない。
そもそも登場の仕方からして信用しづらいんだよね……。
ゴミ捨て場で寝てる時点でダメ人間っぽいし……いつでも逃げられるように注意しよう。
まあ羊毛頭も見たところヴァイスだし、本気で抵抗すればなんとかなると思うけど……。
あ、いや、でもチンピラの意識を奪った正体不明の……おそらく魔術を使われたら抵抗することもできなくなるのか。
た、大変だ……どうしよう……。
羊毛頭はジリジリと後ずさる私を数秒見つめたあと、ニカリと笑った。
「良い子だねぇ、キミ」
「へ?」
「うんうん。最近の若者とは思えないほど純朴だ。いいね、その優しさは貴重だ。それに助けられた相手とはいえ俺みたいな胡散臭い中年をちゃんと警戒してる。その警戒心、大事にしなよ? 良いことをしてるやつが良いやつとは限らない」
「は、はあ……」
自分で自分のことを胡散臭いとか言うんだ……。
困惑する私を他所に羊毛頭は機嫌良さげに頷きながら再びチンピラの服を脱がし始めた。
いやだからちょっと待ってってば!
「あ、あの」
「大丈夫、追い剥ぎじゃないよ。しばらくは目を覚さないようにしたけど、いずれ目覚めたときに暴れでもされたら面倒だからね、服で手足を縛っておこうってわけ。男の半裸はお嬢ちゃんには刺激が強いかもしれないけど、そこは目をつむってもらえるとありがたいかな。それともゴミ袋の中から手頃なロープ代わりになりそうなものでも探す?」
「あ、い、いえ。そういうことでしたらどうぞ……」
ちょっと恥ずかしいけど……。
「ありがとね」
私にお礼を言いつつ羊毛頭は手早くチンピラの服を脱がしてそのまま手足を縛り上げた。
……チンピラの筋肉はひと目で鍛え上げられているのがわかるもので、少なくとも一朝一夕で身につくような肉体ではない、と思う。
弱いものからお金を巻き上げるだけの生活ではこうはならないはずだ。
会社が倒産して落ちぶれたと羊毛頭は言っていたけど、もし本当にそうなら……。
「同情してる?」
「え?」
考え込んでいると、しゃがみこんだ羊毛頭がチンピラの使っていた警棒でこちらを指した。
「悲しそうな顔してるよ?」
「……いえ、たとえどんな理由があろうとも悪いことはしちゃいけないと思いますから」
「そりゃそうだ。特に弱いやつらを食い物にするようなことはしちゃあ駄目だ、力のあるやつは弱いやつを守らなきゃいけないからね。ま、そういう意味では、このお兄さんも守られるべき立場だったのかもしれないけど……ま、あとのことはおまわりさんに任せますか」
そう言いながら立ち上がり、羊毛頭は警棒を腰のベルトに差し込む。
チンピラの体と同じように警棒のマナスフィアはもう光っていない。
「アームズも没収してっと、あ、追い剥ぎじゃないよ? 警察にちゃんと引き渡すからね?」
私に疑われた直後だからか、羊毛頭は手を振りながら念入りに訂正する。
正直訂正すればするほど逆に胡散臭くなってるけど、ややこしくなるしそれについては言わないでおこう。
そういえばアームズって結局何なんだろう、たぶんマナドライブの一種だと思うけど。
尋ねようか迷っていると羊毛頭がこちらを見て声をかけてきた。
「さて、お嬢ちゃん、このあと時間ある? 今から警察呼ぶけど事情聴取とか出来る?」
「時間? あっ! し、試験! 私今日入学試験あるんです!」
「なんだって? 今日っていうと……確かアルトリウス学校の入学試験日だったか」
「知ってるんですか!?」
「んー、まあちょっとね」
「そこへ9時までに行かなきゃいけないんです!」
どどどどどうしよう!
日はとっくに昇ってるけど今何時!?
時計なんて高級品、持ってないから確認のしようがないんだけど!
はっ!? 時計塔! 時計塔は!? ああだめだ建物に囲まれてて見えない!
だがどうやら羊毛頭は私と違い時計を身につけているようで、袖を捲って腕に巻いたそれを見て唸る。
「今が7時過ぎだから大通りに出てすぐバスに乗ればまだ余裕だけど。うーん、事情聴取は俺が代わりに受けるとしても、お嬢ちゃんひとりで路地裏を行かせるのもねえ。さっきと同じ目に合わないとも限らないし。かといって俺が一緒について行くにしても、このお兄さんをここに放置しておくわけにもいかないからなあ……仕方ない。お嬢ちゃん、ちょっと待っててね」
そう言いながら羊毛頭はウエストバッグからマナスフィアのついた板状の物を取り出し、耳に当てた。
ま、まさかあれは!
「あー、もしもし」
マナフォンだ!?
「朝早くごめんね、クロエちゃん。え? 俺だよ俺。いや詐欺じゃないって。ロックだよ。ロック・シード」
すごい! 都会すごい! 個人で持てる電話型マナドライブのマナフォン、実在してたなんて!
思えば宿もすごかったなあ、自動で扉も開くし。
私が感慨に耽っている間も羊毛頭……ロックと名乗ってたっけ。羊毛頭改めてロックさんはマナフォンに語りかけていた。
「セントラルサウス地区の3番通りの裏路地でチンピラに絡まれちゃってさ、大人しくさせといたからしょっぴいといてよ。いや、大通りまで持って行く、ごほん、連れて行くから。うん、ジョニーの酒場前あたり」
どうやら大通りまでチンピラを連れて行くようだ。
となると運ばなきゃいけないわけだけど、大丈夫かな。チンピラは結構大柄だし、ヴァイスであるロックさんは持ち上げるのも一苦労だろう。
助けてもらった上にそこまで苦労かけるのも、イヤ、かな。
よし。
大丈夫、暴力に使うわけじゃない、田舎でやってる薪運びと同じだ。
よいしょっと……。
「うん、それじゃよろしくね。……っと、ごめんお嬢ちゃんお待たせえええ!?」
マナフォンをウエストバッグへ戻しながらこちらに振り向いたロックさんが驚く。
わ、さっきまでずっと飄々としてたから驚き顔が新鮮。
「えーっと……その、力持ちなんだねえ」
チンピラを片手で肩に担いだ私を見て、ロックさんは頬を引き攣らせた。
「はい。私、ロートなので」
そう言いつつ帽子を取る。
身体に獣の特徴を持つ種族のロート。
その中でも珍しい、小さなツノが二本生えた額をロックさんに見せて私は微笑んだ。