不安と夢幻
この話は全てフィクションであり、他の全ての事物とは一切関係ありません。
気が付くと、ウサギの少年ユキトはベッドの上で仰向けになっていた。
しかもそのベッドは学校のグラウンドのような淡い茶色の広場のど真ん中にあった。
その広場は、緑色の葉をたくさんつけた高い木に囲まれていた。
天気は少し雲がある快晴だった。直径一メートル程の球に、途中で折れ曲がった太いパイプのような足が4本ついた、全身が地面と同じ色をしたザトウムシのような生き物が五匹その辺をウロウロしている。
その生き物の足は先がとがっており、ザッザッと音を立てている。
ベッドの横に立って、ユキトがその生き物を遠くから眺めているとその生き物の球の部分がゆっくりと、ふちが特に分厚い逆さにした肉厚のコップのような形になり、ザザザーッ、ボトッボトッと砂と二本の触手を吐き出した。続けて体が針金のような、緑色で金属光沢をもった人を五人吐き出した。
ユキトが観察していなかった数匹の個体もそれに続いた。
「オエエエ―ーーー―ッ!!!!!」
と緑色の人たちがおちょぼ口で叫んだ。ユキトは、それらの2種類の生き物をよけて小走りでその広場から出た。
広場から出ると、脇に草が生えている大きな道に出た。
その道には何かが引きずった跡があって、時々全身薄橙色の人間の鼻と口の塊がアーアー言いながらそこを通った。
歩きながら右を見ると、道に沿って並び立つ巨大な柳の木と、その枝の間を縫うように這っていく3匹の巨大な蛸が見えた。それらの蛸は足の長さが4メートルほどあり、ガサガサと枝と葉を揺らしていた。左側にはまだ青い麦畑が広がっており、一つ一つの麦が伸びたり縮んだりすることでユキト側に打ち寄せる高い波ができていた。
その道をしばらく歩いていくと、その道に垂直な4メートルほどのコンクリートの壁がずっと右側にも左側にも続いていて、ユキトが今いる道に接する部分には階段があった。
その階段を上がると緑の炎のような木がたくさん生えている森に面する、左右に伸びる小さな道に出た。
その森の木は先ほどの麦畑と同じように各々幹が伸びたり縮んだりすることで、森全体で複雑に入り乱れる波を作っていた。
その森はガサガサと騒がしい音を立てており半球状の山がいくつもあった。
ユキトの右には茶色の毛皮で覆われた葉のない大きな木があって、その木は太い枝が枝分かれする代わりに鹿の頭がついている部分がたくさんあった。
その木が立ちふさがっていたので、ユキトは左方向に進むことにした。
小道をしばらく行くと、柵で囲まれた広場に着いた。
その広場には白っぽい地面に、空に向かって突き上げられた様々な色と模様の猫の手が沢山生えていた。入口と反対側に出口と思しき、柵がないところがあったので、ユキトはそこに向かった。
広場から出ようとすると、出口のそばにあった木の陰から黒いキャップをかぶったユキトと同じくらいの背丈の猫の少年が出てきた。彼は言った
「ユキトだね、君のことは知ってるよ」
ユキトは言った
「あなたは?」
少年は言った。
「あっ、失礼。俺はトラキ、よろしく」
「君の力が必要なんだ。手を貸してくれないかな?」
ユキトは言った
「いいですよ」
トラキは言った
「よし決まりだ。俺についてきてくれ」
「変なのが出るかもしれないけど安心していいぞ、ここから目的地までは俺の庭みたいなものだから。あとタメ語でいいよ」
ユキトは言った
「わかった」
広場から出ると、ユキトとトラキはコンクリートで舗装された大きな道に出た。
そこには殻の中身が透明の巨大なカタツムリが数匹いて、それらのカタツムリには透明の体の中に石と水と水草があり、淡水魚がいて、カタツムリ型の水槽のようだった。
二人はそのカタツムリをよけて歩く。すると、道が左右に分岐したのでトラキを先頭にして右に行った。
歩いているうちにコンクリートの舗装はなくなっていって白い石が無数に落ちている河原のような地面になってきた。表面がみかんの皮そっくりで、表面にまばらにみかんのヘタが分布している液体が川になって流れていて少し遠くに小さな橋が見える。トラキは言った。
「あの橋を渡るぞ」
ユキトがふと向こう岸を見るとホルスタインの模様がついた、大人の牛ぐらいの長さがあるシャクトリムシが群れを成しているのが見えた。
二人が橋に近づくとその辺を浮遊していた赤くて大きな肉塊が橋より少し手前の川の上で静止した。
すると、パキパキと音がしたと思うとバンと大きな音を立ててその肉塊はくす玉のように割れてしまった。その肉塊からは表面がテカテカした黒い玉が沢山出てきた。
そしてそれらの玉は全部川に落ちて沈んでいった。橋に着くと、橋には人間の口がたくさんついていることに気づいた。
しかも、どの口もパクパクと開いたり閉まったりしている。トラキは言った。
「その口、別に踏んでもいいぞ」
ユキトはそれらの口をよけて橋を渡ったが、トラキは踏みながら渡った。二人で土手を上ると、ゾウの頭を持つ巨大なヤシガニが一匹いた。トラキがそのヤシガニに石を投げるとそのヤシガニは土手を下ってどこかへ行ってしまった。土手を進行するキャタピラがついた馬の頭の列を眺めながら、ユキトはトラキについていった。トラキは言った。
「あの湖まで行くぞ」
土手を下り、二人は湖に向かう。湖に近づくにつれ、ラグビーボールを包むような形のばねの形の茎を持つコスモスが増えてきた。尾と頭がつながって輪っか状になった蛇がうねうね動いているのも見られた。
湖のほとりに着くと、岸辺の至る所で玉虫色の鱗のようなものが群生しているのが目についた。二人で湖のほとりを歩いていると、急に風が吹いて砂ぼこりが舞った。ユキトはとっさに目をつぶって言った。
「わっ」
トラキは言った。
「トビタか…出てこい!今度は何の用だ!」
すると、ユキトより少し低い背丈のウサギの少年が湖から飛び出してきた。彼は言った。
「いや、いつものようにからかいに来ただけだよ?ところでその子は?」
トラキは言った。
「ユキトだ。仕事の手伝いをしてもらう予定なんだが…お前はどうせ来ないんだろ?」
「ユキト、あいつはトビタだ。風を自由自在に操れる」
トビタは言った。
「そうさ!僕は自在に風を起こすことができるんだ!こんなふうにね!風よ!それー!」
そう言ってトビタはトラキの顔に集中的に強い風を浴びせた。トラキは言った。
「わっ!このやろー!」
トビタは言った。
「トラキの顔面白ーい!ハハハ!」
トラキは言った
「テメェ…待てコラ!」
砂ぼこりでユキトとトラキが目を塞いでいる間に、トビタはどこかへいなくなってしまった。トラキは言った。
「あーあ、アイツぶっ殺してやりてぇところだがそうはいかねえんだよなぁ」
「邪魔が入ったが、俺たちはあそこにある穴から地下室に行くぞ」
梯子で地下に降りると、左上の部分が木の板と釘で固定されている扉があった。その右にはバールが置いてある。トラキは言った。
「トビタの仕業だな。何がしてぇんだアイツは全く…」
トラキはブツブツ言いながら釘を外そうとバールを持って大きく振り上げた。
するとそれを見ていたユキトに二匹の蛇が落ちてきて手足を縛った。
いつの間にかバールを持つ人はトラキではなく人型の黒い炎に覆われた塊に変わっており、狭い地下は広くて薄暗い倉庫に変わっていて、そのバールはユキトに振り下ろされようとしていた。
ユキトは並々ならぬ困惑と恐怖を感じ、バールの動くスピードはゆっくりに見えた。
ユキトは叫んだ。
「わああああああああああああ!!!!!!!!!」
気が付くとユキトは急速に生長する葉のついた木の枝に覆われていて、枝の間からかすかに、黒い塊が触手を伸ばしてユキトを捕まえようとしているのが見える。
生長する木は黒い塊からユキトを遠ざけようとするが、その黒い塊は近づこうとする。
腕が無数にある女性が自分の体ほどある大きな口を開けてイワシの群れに突っ込み、巨大な亀の、頭が出てくるはずの穴からドボドボと血が流れる。
黒い塊がユキトに近づくにつれてさらに景色は目まぐるしく変わり、空は赤色に変わり、トラの毛皮をまとった球たちが群れを成してピョンピョンはねながら崖から飛び込み、体がぐにゃぐにゃに曲がったシロナガスクジラたちが口から沢山マッチョを吐き出して、外側を指さす巨人の指が集まってウニのようになった物体がたくさん集まってぐるぐる回りながら崖を削っている。
大きなゴリラの頭に四つの車輪がついた車がトラの毛皮をまとった球を轢いて、血と内臓がぶちまけられる。
雲が裂けて光が差し、そこから真っ赤に充血した巨大な金魚が現れ、腹が爆発してそこからつぼみの代わりに紫色のイクラがついた葉のような翼を持ったブロッコリーが大量に出てきた。
ほとんどすべての木は腐り、ユキトは黒い塊の断片に飲まれた。
**************
すると、全身に痛みを覚えて、病院のベッドから飛び起きた。
ユキトも含めてこの部屋にいる全員が人間の姿をしていた。
ベッドのそばにはユキトの父がいた。
ユキトの父は言った。
「アマキ…俺がわかるか?父さんだよ!アマキ……目を覚ましてよかった…」
アマキとはユキトのことだ。
ユキトは言った
「うん、わかる」
ユキトの父は言った。
「ちょっと待ってろよ。先生がもうすぐ来るから」
そう言ってユキトの父はナースコールを押した。窓は開いていた。ユキトはそのことを認識すると、慄然とした。ユキトは窓を急いで閉め、ロックをして父に言った。
「あいつが来る!怖いよ…」
ユキトはベッドの下に隠れた。ユキトの父は言った。
「あいつって事件の加害者のことか?あいつはもう死んだから大丈夫だよ!安心していいから!」
ユキトはその言葉を聞いて自分が安心するかと思ったが、わずかに安堵しただけで、まだ本質的な恐怖は残ったままのように感じた。そして、ユキトは言った。
「でも、手下が僕を狙ってるかもしれないし、アイツは実は生き残ってるかもしれないし…それに、アイツは僕が死んでも追ってくるんだ。それがホントに怖い」
ユキトの父は言った。
「でも、アイツは単独犯だし、怖がらなくていいのに…」
看護師が来た。そして言った。
「どうされましたか?」
ユキトの父は言った。
「あの子、目を覚ましたんですがあいつが来るって言って怖がってるんです。加害者が死んだことを聞かせてもまだ…」
その看護師は言った
「そうですか…主治医を呼んできます。お父さん、無理に事件の時に何があったか聞くようなことがないようにしてくださいね」
そう言って看護師は主治医を呼びに行った。ユキトはというと、ベッドの下で気絶していた。
**************
「おい!ユキト!ユキト!」
トラキが言った。ユキトは梯子のそばでウサギの姿で目を覚ました。そして言った。
「う~ん、トラキ…?」
ユキトは、さっき何があったかあまり覚えてなかった。トラキは言った。
「どうした?いきなり叫んで気絶して、もう少しで頭を打つところだったぞ」
扉の木の板は剝がされていた。トラキは訊いた。
「大丈夫か?」
ユキトは言った
「大丈夫」
トラキは言った
「じゃあ、行くか!」
扉を開けて、通路に出た。そこは広くはない通路だが、かがまなくてもいいくらいの広さはあった。
玉ねぎの形のライトが天井にたくさん根を張っている。
その通路を出ると、両サイドに水をためてある石でできた道があった。
両サイドの水辺では、大量のボラがバシャバシャと跳ねていて、何匹か陸地に飛んできていた。
天井には真っ青のつくしが逆さになって群生していた。
その道の先に扉があって、そこを開けると沢山の鮭の皮を壁、天井、床にまんべんなく貼り合わせたかような部屋に着いた。
その部屋の床にはまばらにシロザケの頭が生えていた。
その部屋の奥の梯子を二人で上ると、幼稚園の庭のようなところに出た。
そこではオレンジ色の手足が生えたニンジンが台に乗ってラジオ体操をしており、その前にはクエ、サケ、サワラ、カツオ、マグロなどの魚が大きな長方形の範囲内で整列してピチピチと跳ねていた。
門から幼稚園の敷地を出ると、大きな道路に出た。霧が出ていた。ユキトが車道を見遣ると、ゴボウのような、見上げるほど長い足が何本も生えた巨大なカボチャが列をなして歩いていた。
左を見るとワ二の顔の塊がのそのそと動く大きな半球を作っていて歩道がふさがれていた。
右に歩道を進むと、向かい側から黒曜石でできた原始的なナイフにたくさん目がついた長さ一メートルほどの物体が歩道を這って移動してきた。
それをよけてさらに歩いていくと霧が晴れて胴体が蛇のように長いシャコが沢山歩道に現れて、車道では人間の手足が沢山生えた高さ二メートルほどのイクラの塊が匍匐前進していた。
トラキはショッピングモールを指さして言った
「ここに入るぞ」
二人はショッピングモールの駐車場に入った。豚の頭にタカアシガニの手足がついた生き物がてくてくと何匹も歩いていた。ショッピングモール自体はボロボロで葛のツルが高いところまで及んでいて、至る所で空中を浮遊するマンボウについばまれていた。葉のない木が建物に食い込んで、たくさんの鶏卵の実を実らせているのも多くみられた。下半身が大きなイカの目から足の先端までの部分になっている人間がまだ店内に入ってないのに二人に「いらっしゃいませ」と言ってくる。そしてトラキは言った。
「建物内には入らない。ここの敷地を出るぞ。」
そう言ってトラキは上半身だけの焦げ茶色の頭の上に双葉がいっぱい生えている巨人の胸を指さした。その巨人の胸にはぽっかり穴が開いていてそこから敷地外に出られるようだった。その巨人は言った。
「たくあん!たくあん!たくあん!たたったたたたたたたたたったたたたた!」
そして、トラキは言った。
「無視していいからな。」
ユキトは言った。
「うん。」
巨人の胸の穴を抜けると、至る所に高さ一メートルくらいのサヤエンドウのアーチがある灰色っぽい荒れ地に出た。そこには、ひげを蓄えた猫の老人が平らな岩に座っていた。その老人は言った。
「トラキ、仕事か?」
トラキは言った。
「うん、そう」
その老人は言った
「そうか、少し急いだほうがいいかもしれんぞ」
そう言ってその老人は、遠くにある宙に浮かぶ大きな黒い塊を指さした。
トラキは言った。
「そうかもしれないな…触手も増えてるし、動きが活発になってる。」
その老人は言った。
「そうか、ところでその子は?」
トラキは言った。
「手伝い。ユキトって言うんだ。」
その老人は言った
「ああそうか。ユキト君、わしはシガトって言うんじゃ。よろしくな。」
「わしは行かんからな。腰が痛いからな。お仕事がんばれよー。」
二人はシガトと別れて、荒れ地を抜け、白っぽい岩場に着いた。
まばらに淡い緑色の地衣類とチューリップの花を筒状の小さなパイナップルで置き換えたような植物が分布している。
口から大量の削った鉛筆が突き出ている人間のゾンビが三人ウロウロしていて、そのうち一人が甲羅の代わりにカレーライスが背中に乗ったワニガメにつまずいて転んでいた。
時々見られる岩のくぼみはどれも煮えたぎるお湯をたたえていて、大きな唇の塊が沸騰するときの泡を浴びながらプカプカ浮いていた。
しばらく歩くと沢山のテントウムシを素手で夢中で貪り食う猫の老人に出くわした。その老人はテントウムシを食べるのをやめると、言った。
「コバンザメーーーーー!!!!!!!!!!」
すると近くにあったゴミ捨て場のゴミたちが楽しそうに踊りだした。
ユキトは驚いたが、トラキは全く気にせず先に進んだ。環状になったエビの胴体とハンバーガーがそれぞれ群れを成してタイヤのようにコロコロと転がっている。
しばらく歩いていくと少しずつ土の地面が多くなっていって松林に出た。全身が銀色の鱗で覆われた首を含めて首から上がない人間が松の木にしがみついているのが時々見られた。
ほかにも、人間の目がたくさんついた松の木は、枝が折れた箇所から出血していた。
しばらくすると道路に出た。
その道路のわきには一台のトラックが止めてあって運転席のドアが開いてドボォ、と血と内臓が出てきた。
ユキトは、血の匂いがするのを感じた。
トラキは言った。
「もうすぐ着くからな」
道路に沿ってしばらく歩くと道路が途切れて草原に着いた。至る所に、茎がくねくね曲がっていて一番上に円盤状の葉が付いているエメラルドグリーンの植物らしきものが生えている。
草原全体に硬貨と紙幣が沢山落ちていて、一人の猫の大人の女性がそれを拾っていた。
その女性は言った。
「よく来てくれました。トラキとユキト。」
トラキは言った。
「おいアネカ、トビタの能力没収してくれよ!いたずらばっかして迷惑なんだよ!おまえがアイツに風の能力を分け与えたんだろ!?」
その女性、アネスは言った。
「うーん、トビタにはあとで厳しくいっておきます。ですが能力の没収はできません。なんの特殊能力もないのは、さすがにかわいそうです。」
トラキは言った。
「なんだよ~!」
アネカは言った。
「ユキト君、待ってましたよ。私はアネカ、よろしく。」
「少し、働いてもらいますよ。トラキと一緒にお金、特に紙幣をあそこにある軽トラに積んでください。」
三人でお金を拾いながら、アネカは言った。
「シガトはどうしたのですか?」
トラキは言った。
「来ないってさ。」
アネカは言った。
「まあ、彼はお金を拾う仕事は厳しいでしょうからね…。」
トラキは言った。
「お前だけで大丈夫か?」
アネカは言った。
「大丈夫です。前やった通りにやります。」
「ところで今日は巨人は何て言ってましたか?」
トラキは言った。
「『たくあん』って繰り返してたな。」
アネカは言った。
「そうですか…巨人も色々大変ですね…。」
そうこうしているうちに軽トラの荷台にかなりお金がたまってきた。
アネカは言った。
「そろそろいいでしょう。私が荷台に乗りますからトラキは運転してください。ユキトは助手席へ。」
三人で軽トラに乗って、トラキがバンと運転席のドアを閉めた。ユキトもそれに続いた。
そして黒い塊めがけて出発した。
しばらく進んでいくと、いつの間にか草が減り、道の上を走っていた。道ではないところでまばらに淡い黄色の玉が半分地面に埋まっている。
道のわきでとぐろを巻いて寝ていた、顔がチンパンジーになっている蛇が軽トラにびっくりして飛び起き、赤いヒラメが口からねりわさびを吐きながら空中を泳いでいる。
トラキは言った。
「そーいや黒い塊が活発化してるみたいだけどこのペースで大丈夫か?」
アネカは言った。
「早くするに越したことはありませんが、よっぽどヘマをしなければ大丈夫でしょう。」
「ユキト君、私たちはこれからあの黒い塊に気を付けながら、目的地にある触手を持った黒い玉を少し押し返します。この辺りの地面に埋め込まれた淡い黄色の玉を守るためです。」
トラキは片手でユキトに小さな木の板を渡し、言った。
「シガトから預かったものだ。これを両手で割れ。そうしたらシガトの木がこれからやる仕事を手伝ってくれるし、ある程度お前を守ってくれる。」
「手伝う人が多いといっぺんに使えるエネルギーの量が違うんだ」
ユキトは早速その木の板を両手で割った。するとユキトの手のひらが緑に発光して、三秒くらい後にその光は消えた。
黒い塊の近くまで来て、軽トラは止まった。
黒い塊は、見上げるほど大きく、もっと黒くて丸い核が透けて見えた。
その黒い塊のそばには、枯れ木が何本かあった。そして黒い塊のそばで、黒い玉が触手のネットワークを作っていた。
触手は大きな黒い塊にもつながっていた。
三人とも軽トラから降りて、道のわきに立った。アネカは言った。
「それでは、始めます。木の操作は私がします。二人は力だけ分けてください。」
「ユキト君、黒い塊に右手をかざしてください。そして『木々よ』と言ってください。」
ユキトは言われたとおりにした。
「木々よ」
アネカとトラキもそれに続いた。
すると、メキメキと音を立てながら黒い塊のそばから気が何本か生えてきて生長しだした。
軽トラを振り返るとお金が溶けていてそこに木の根が絡みついている。
アネカは言った。
「そのまま手をかざし続けて」
木の本数はどんどん増えて幹も太くなり、やがて黒い塊の半分を覆うほどになった。それらの木は黒い塊に浸食されて枯れてバキバキと割れていくが、木は生長し続けて定常状態となっている。
触手が三人を襲うこともあったが、木で守られた。アネカは言った。
「黒い玉を押し返しますよ」
アネカは三本ほど木を黒い玉のネットワークに伸ばして、少しずつ向こう側へ押し返した。
黒い塊は至る所に落ちている淡い黄色の玉に向けて触手を伸ばすが、アネカはそれを木で阻んだ。
急に木を生やして対応したので、小石が飛んでユキトの後頭部に当たった。
**************
気づいたらユキトは母と一緒にで道路の端に居た。二人とも人間の姿をしていた。
ユキトは後頭部に痛みを覚えて、後ろを向いた。母は言った
「どうしたの?」
ユキトは言った。
「いや、後ろから石が…」
ユキトの母は言った。
「うそ…私も昨日石ぶつけられたのよ…気味悪いわね…」
ユキトは言った
「お母さん、やっぱ警察に言ったほうがいいよ」
ユキトの母は言った
「そうね…」
**************
「ユキト君!?どうしたの!?」
アネカは言った。ユキトは気絶して倒れていた。トラキは言った。
「さっきの小石か?気絶するほどの勢いじゃなかったと思うが…」
ユキトの分の力が欠け、木の方が一瞬劣勢になった。トラキはあることに気づき、言った。
「クソ…核がなぜか活性化してる!」
そのすきにユキトと一つの淡い黄色の玉が塊の触手に飲まれた。トラキとアネカは言った。
「ユキト!」
「ユキト君!」
あと二つ淡い黄色の玉が触手に飲み込まれたところで、木の方が盛り返して優勢になった。アネカは言った。
「くっ…ユキト君!今助け出してあげるから!」
アネカは木を操作してユキトの救出を試みるも、なかなか上手くいかなかった。
ユキトはそのまま一つの淡い黄色の玉と一緒に黒い塊の核に飲まれた。
**************
気づいたらユキトは薄暗くて広い倉庫に居た。ここにいる全員が人間の姿をしていた。ユキトは口をガムテープで覆われて手足を縛られた女の人がバールで何回も殴られているのを見ていたが、体が動かなかった。
バールを持って女性を殴っている男はユキトの母に付きまとっていたストーカーだった。そして殴られているのは、ユキトの母だ。ストーカーは殴りながら言った。
「俺を敵に回したらやべぇって言ったよな?オラッ!」
そしてストーカーはコンテナの後ろからユキトの母と同じように口をガムテープで覆われて手足を縛られたボロボロの人間の姿の子供を一人引きずり出した。
ユキト自身だ。ストーカーは殴りながら言った。
「おいガキィ……テメェのせいだぞ!聞いてんのかぁ!」
いつの間にか見ているほうのユキトの意識は殴られているほうのユキトに移っていた。
殴られているほうからは見ていたほうのユキトは見えなかった。
全身の所々がジンジンと痛み、いくつかの歯がぐらぐらになっているのがわかるが、意識はまだあった。ストーカーは言った。
「俺は今日自殺するが、あの世でも拷問し続けてやるからな」
そう言って彼は灯油のプラスチック容器を持ってきて、ユキトに灯油をまき始めた。
「警察だ!やめろ!」
ユキトの上半身が灯油でひたひたになったところで、突然三人の警察の人が来て言った。
ストーカーは逃げた。三人の警官は走って後を追い、一人の警官が言った。
「待てっ撃つぞっ」
ストーカーは拳銃を奪おうとしたのか警官にバールで襲いかかったようだった。パン、と銃声が聞こえた。そこでユキトは意識を失った。
**************
ユキトは黒い塊の核に飲まれていた。アネカとトラキは言った。
「ユキトくーん!」
「ユキトー!」
ユキトは事件の全てを思い出した。ユキトと彼の母はストーカーに拉致されて拷問され、母は命を落としたのだった。ユキトは叫んだ。
「うわあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
灯油のにおいがよみがえり、明確な敵意をもってこちらに向かってくるバールの映像が脳裏に浮かぶ。その拷問が過去のものだと認識してもなお、ユキトはどこにも逃げられないような恐怖を感じた。
永遠にその恐怖と不安から逃れられないようにも感じた。
自分が死んでも逃れられないように思え、絶望感に襲われた。
二つ淡い黄色の玉が黒い塊の核に入ってくる。
ユキトは体を黒い塊にとらわれて、手を動かしたり体をねじったりはできるものの、その場から動けなかった。
しばらくすると、ユキトと一緒に核に飲みこまれた淡い黄色の玉がユキトに近づいてきた。
並々ならぬ不安と恐怖に襲われながらも、ユキトは淡い黄色の玉に触ってみた。
**************
ユキトの体は五歳くらいに戻っていて、その体と口は自由には動かせなかった。
隣にユキトの母がいて、体が勝手にユキトの母と手をつないで小道を歩いている。二人とも人間の姿をしている。
青空の下で、ユキトの母は言った。
「もうずいぶん暖かくなったわね」
ユキトはポケットを探りながら言った。
「お母さん、昨日あげるって言ってたプレゼント―」
ユキトの母は言った。
「あら~ほんとに用意してくれたの?」
ユキトはナガミヒナゲシの花の、果実になる部分を虹色に着色したものを手渡したつもりだったが、花弁が全部取れてしまっていた。ユキトは言った。
「花びら…とれちゃった…」
ユキトは泣きそうになった。ユキトの母は言った。
「花びらついてたの?いいのいいの!これで!ありがとう、アマキ。」
礼を言われたが、ユキトは泣いてしまった。ユキトの母は言った。
「どうして泣くの~?」
ユキトは言った。
「花びらが…とれちゃったから…」
ユキトの母は言った。
「でも私はすごくうれしいよ?泣かなくていいの。」
「ああ、アマキはほんとにやさしい子ね。泣かないの。これからもずっと見守ってるから…」
そう言ってユキトの母はユキトを抱きしめた。
**************
トラキは言った。
「おいアネカ!何とかならねぇのか!」
アネカは言った。
「塊の核が活性化しててユキト君を救出するのは今は難しいわ!まるで…核とユキト君の苦しみが共鳴してるみたい…。」
トラキは言った。
「そうはいっても早くしねーとエネルギーが尽きるぞ!いったん引くか?」
軽トラの荷台の溶けたお金はかさが半分くらいになっていた。
その時、ユキトがさっき触った淡い黄色の玉がまばゆい光を放ち、ホログラムのように、両手の手のひらが渦になっている古代ギリシャ風の服を着た大きな人間の女性の上半身が現れた。
その女性は穏やかな顔で、両手を大きく広げてから、ゆっくりとユキトを腕と胸と顔で包み込んだ。
アネカとトラキはそれを見て茫然としていた。三秒ほどたってその女性も淡い黄色の玉の光も消えたが、黒い塊の勢いがかなり収まっていた。
アネカは言った。
「よし!今のうちに!」
アネカは力を集中させて木でユキトの救出を試みるが、黒い塊のど真ん中にいるユキトを助け出すには至らなかった。
アネカは言った。
「くっ…これでもダメなの?」
トラキとアネカが失望感を感じたその時、遠くからバイクの音が近づいてくるのに気づいた。
そして、子供と老人の声が聞こえた。
「「木々よおおおおおおおおおおおおおおおっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!」」
すると、大木が黒い塊の核を貫き、枝と葉でユキトを包み込んで速やかに引き戻してユキトを黒い塊から引き離した。
さっきまでユキトの救出を試みるために使われていた木々が動き出し、てきぱきと黒い玉のネットワークを向こう側へ押しのけた。
バイクに乗ってやってきたのは、トビタとシガトだった。シガトが運転していた。
シガトは言った。
「大丈夫か!ユキト君!」
ユキトは言った。
「ううっ…。」
アネカは言った。
「ごめんなさいユキト君。私がもっとしっかりしていれば…」
シガトは言った。
「いいや、わしが悪いんじゃ。本来わしがついていなきゃいけなかったんじゃ。アネカは悪くない。」
そして、シガトが軽トラの運転席に、ユキトが助手席に、トラキが荷台に、アネカとトビタはバイクに乗って、元居た草原に向かって出発した。軽トラのすぐ横をそのバイクが走っている。トラキは言った。
「シガト、なんで俺らがピンチってことわかってたんだ?」
シガトは運転しながら言った。
「黒い塊の核がすごい勢いで活性化してたのでな。それで急いで駆け付けようとしたらトビタと合流してな。」
トラキは言った。
「そうか。」
シガトは言った。
「ところでユキト君、無理に答えなくてもいいが、何かを思い出したんじゃないか?」
ユキトは言った。
「事件、と…お母さんのこと…」
シガトは言った
「うむ、おぬしの心の傷はそう簡単には癒えんかもしれん。だが、世界の捉えどころのなさ、人の思いの大きさは、忘れるでないぞ」
アネカは言った。
「シガト、彼は一体…」
シガトは言った。
「彼はアマキじゃよ」
トラキとアネカとトビタは驚いて言った。
「「「えっ!」」」
トラキは言った。
「そうだったのか…」
シガトはさらに続けた。
「さて、仕事も終えたことじゃし、ユキト君はそろそろ元居たところに帰りなさい。お父さんが心配しておるぞ。」
**************
アマキはベッドの上で人間の姿で目が覚めた。繰り返しになるが、アマキはユキトのことだ。
ベッドのそばにはアマキの父だけがいた。アマキの父は泣きながら言った。
「すまん…お前とお母さんを守ってあげられなくて…お前は怖いだろうが、事件の加害者は射殺されてこの世にいない。何も怖がる必要はないからな…。」
アマキは将来に対する強い不安が幾分軽減されているように感じた。アマキは言った。
「うん、まだ少し怖いけど、お母さんがずっと見守ってくれてるから、そんなに怖くないよ。」