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<四> こんにちは異世界

田中は困惑していた。


目覚めるとそこは、檻の中だった。


鉄格子からのぞく景色は穏やかで、風景は乗り物に乗っているかのように流れている。


移動式の檻、というより、馬車のようなもので運搬されているような揺れを感じた。


「なんだこれ、あれ、動けない」


手は鉄でできた手枷に拘束され、片足に付けられた鉄輪は檻の格子まで鎖が伸びてる。


そして、なぜか全裸だった。


「なぜ裸なんだ……公然猥褻で捕まったのか?くっ、会社にはなんて説明すれば」


酔って記憶をなくす事はあったが、まさか警察のお世話になるとは。


「しかしなんて気持ちのいい天気だ。この開放感はクセになるかもしれない」


見晴らしのいい草原の中を、ポカポカ陽気が包む。


都内で帰宅中だったはずだが、この爽やかな空気と風景は日本とは思えないほど穏やかだった。


「酔っていたとは言え、どこまで露出しに行ったんだ俺は」


そよ風を受け、目覚めた開放感に新たな自分を認め始める田中。


突如、馬車が急停車する。


「うわぁ!」


檻の中で転がる田中。


「ーーーー!!」


言い争う声が聞こえたかと思うと、西洋の商人のような格好をした男が走り去っていった。


その後、数人の人影が檻の方に近づいてきた。


「さぁて今日の獲物はなんだろねぇ?」


檻の中から様子を伺う田中。


「なんだ奴隷かよ!ハズレだハズレ!」


来訪者に目があった瞬間に吐き捨てられる田中。


自分が社畜だという事は自覚していたが、初対面で奴隷呼ばわりされるとは。


来訪者達は皆黒ずくめで、マントのような物を羽織っている。


「すみません!酔っていて記憶がないんですが、ここはどこでしょうか?」


たとえ初対面で罵倒され、さらに相手が変な格好をしているとしても、低姿勢は崩さない。


どこかで取引先と通じているかもしれない。


誰に対しても、どんな状況でも低姿勢。そして自分の要求は速やかに伝えること。


田中の社会人として培ってきた処世術が光る。


「あぁ?この奴隷口が聞けるのか?」


「あら珍しい。見たところ健康そうだし価値は出そうね」


「まぁせっかくだし売っぱらうか!」


質問に答えてくれないばかりか、本人を目の前にして豪快なヘッドハントである。


従業員を人月で切り売りする派遣業が巷では隆盛だが、スキルを確認するどころか、ただ喋れるだけで価値とするとは。


これは典型的なブラック派遣業者だな。


「申し訳ありません、私は別会社に所属しているので、副業は……」


丁重にお断りしようとしたその刹那。


「グウォァァ!!」


おぞましい叫び声が聞こえたかと思うと、ドガン!という衝撃と共に檻が破壊された。


手枷がついたまま草原に放り出される田中。


叫び声のほうを見ると、象ほどの大きさのある獣のようなものが立ちはだかっていた。


「な、なななんだぁー!?」


ありえない光景に身体が硬直する。


黒々とした、艶のない力強い毛並み。


獣は大顎を開け、その体躯に似合う巨大な牙がよだれを滴らせながら顔を出している。


「ベアウルフだ!!なんでこんなとこに!!」


「逃げるぞ!!」


派遣業者達が口々に叫ぶ。


これまた見たことのない、ダチョウのようなトカゲのような動物に乗って逃げようとする。


「グウォァァオウ!」


「ギャッ!」


逃げ出した彼らを、ベアウルフがその前足でものすごいスピードでひと薙ぎする。


草花のようになぎ倒され、ピクピクと痙攣しているトカゲ。


他の業者達もほぼ原型をとどめていない。


そのうちの1匹を、ベアウルフはゆっくりと捕食し始めた。


あまりの光景に腰を抜かし、見ていることしかできない田中。


「こ、これは……現実じゃない」


田中の本能がそう告げていた。


これはまるでファンタジーの世界だ。


うまくいかない現実に疲れ、いつの日かと妄想を重ねた異世界だ。


夢にまで見た異世界で、自分は全裸で腰を抜かし、手枷をかけられ、凶悪な生物を目の前に為すすべがない。


「くっ、俺にはチート能力どころか服さえも与えられないのか!」


現実世界の無能さが装備に反映されているとでもいうのか。


ベアウルフは1匹目を食べ終えると、周囲を見回した。


何かを見つけたように視線を定める。


その先には、自分と同じように腰を抜かしてへたり込んでいる、逃げ遅れたひとりの業者がいた。


「ああぁ……」


ベアウルフがゆっくりと業者に歩み寄る。


その場から動くことのできない業者。


その恐怖を味付けとするかのように、ゆっくりと獲物を視姦するベアウルフ。


睨みつけられた業者は頭をローブで覆っていて表情がわからないが、恐怖のためかガタガタと肩を震わせている。


視覚で確認できる絶望。


ーードクン。


諦めかけている生への未練よりも、目の前の絶望に何もできない自分の無力さがこみ上げる。


「クソっ!なんで俺はこの世界でも無能なんだ……!」


わけがわからないまま、ただ人の死を見届けるしかないなんて……!




ーードクン。




「たす……けて……」


絶望の淵から、声にならない声が漏れる。


俺はあの人を……助けたい!




ーードクン!!




ふいに、身体の中心から直接脳に響くような声が聞こえた。




ーーその願い、しかと承った。




「な、なんだ!?」


いつのまにか、田中の周囲に黒い霧がたちこめていた。


異様な気配を察知したのか、獣は歩みを止め、田中を警戒し毛を逆だたせる。


霧は田中を中心に吸い込まれるように収束し、田中の身体中に刻印として刻まれた。


「こ、これは……」


頭のてっぺんからつま先まで、全身にみなぎる力の感覚。


それに伴う全能感、高揚感。


絶対的な力を持つ者のみが持ち得る品格。




ーー我、悪鬼羅刹の田中なり!




全能感の前には戸惑いさえも打ち消しされ、冷静に目の前の獣を見据える。


「グウォァ!!」


動物は本能的に強者を感じ取るという。


ベアウルフはまさに今、その本能で相手が自分を超越した存在だと感じ取っていた。


しかし、その体躯のおかげで今まで恐怖を感じることができなかったベアウルフは、無謀にも威圧するという選択しかできなかった。


「やれやれだぜ」


高揚感からか、口調まで変わってしまう。


大気を震わせるような恐ろしい唸り声も、悪鬼羅刹の田中には子犬の威嚇程度にしか感じられない。


フン、と力を込め、手枷を引きちぎる。


「グウォァァァ!!」


自分の威を確かめるように雄叫びを上げながら、強靭な後ろ足を蹴り突進するベアウルフ。


地面ごと噛み砕かんとその大顎を開ける。


その牙が届こうかとするその瞬間、ベアウルフの鼻先に叩き込まれる掌底。


ドゴォ!!


鼻先から身体中に衝撃が伝播する。


巨躯がまるでゴムボールのように弾ける。


ズズンッ……


大地を鳴らし、ベアウルフは地面に横たわった。


「躾のなっていない犬は嫌いでね」


バン!と銃を撃つようなポーズを取り、軽口を叩く。


ーーシュウゥゥ


危機が去ると同時に、身体から刻印が消えていく。


それと一緒に高揚感も治まっていた。


「ううん……?なんだったんだ今の力は」


とりあえず、目先の脅威は去った。


「あ、そういえばあの人」


食べられそうになっていた人の元へ駆け寄る。


異世界に来てしまった今、この世界の事を一刻も早く把握しなければ。


「あの〜、大丈夫ですか?」


染み付いた低姿勢で声をかけ、田中は手を差し伸べた。


「グスッ……ヒグッ」


安堵感からか、泣いてしまっている業者の手を取り立ち上がらせる。


握った手は細く、すべすべしていた。


「あれ?」


違和感を感じながら引き起こすと、そのひょうしにローブが脱げ、銀髪がサラリと風に舞う。


肩ほどの銀髪に透き通るような白い肌。


緑の瞳は吸い込まれるように大きく、泣きじゃくったためか上気した頰が少し幼さを感じさせる。


現実世界ではテレビでも見たことのないぐらいの美女だ。


元々、女性に耐性のない田中は、一瞬でパニックに陥った。


「あ、あ、あの!!すみません、もう大丈夫なので!泣かなくて大丈夫なので!ごめんなさい!」


あからさまに取り乱してしまう田中。


「え、グスッ……私、謝られた?なんで?」


挙動不審な田中に少しずつ落ち着きを取り戻す少女。


「こちらこそごめんなさい、助けてくれてありがとう」


ひと呼吸おくと、礼儀正しくお礼をする少女。


その所作にはどこか品があるように感じられる。


「いえ、あの!自分はやるべきことをただやったまででありまして!」


「あと……あの……」


お礼のほかに、何かいいたげにモジモジする彼女。


(こ、これはまさか!ネットで勉強した吊り橋効果からの……告白!?)


ここぞとばかりにドンと構える田中。






「あの、服……着ないんですか?」









業者の少女

挿絵(By みてみん)

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