4話・迷う心と晴らす笑顔
獣人国の首都へと到着したフィズ一行。見覚えの無い故郷に、ピピアノは何を思うのか。
「ジフ! 範囲魔法お願い!」
「おうよ」
「ウード! そこ危ない! 下がりなさい!」
「了解!」
「リアリス、遠方の敵を射貫けるか?」
「もちろんです! お兄様!」
あれからはこんな調子で私達は獣人の国で魔物を討伐しながら進撃していった。私は時々調子に乗ってしまう事はあったが、ガガルさんの下で腕を磨いた私達には活性化していると言えども小型の魔物など敵では無い。
途中で小さな集落等に立ち寄りながら順調に進む私達は、獣人国の首都である『クノスティア』に到着したのだった。
「――ここが獣人国の首都かぁ! すっごい高くて立派な壁ねぇ!」
高くそびえる壁、派手な装飾がある訳では無い。しかし、丁寧に練磨されたと思わしき石材達は、規則正しくガッチリと強固に一つの壁になっており見ていて思わず溜め息が出る程だ。
内部に入る門前で、私達は何度目かになるやり取りをするのであった。ギィさんがやった方が早いのでお任せしたけど。
「はぁ。首都に入るのは気が進まないわね……」
私の横でピピアノが浮かない顔でそう呟いた。その声は恐らく誰かに聞かせるつもりではなかったのだろう。消えるように小さな声だった。
「ん? やっぱり嫌だった?」
「聞こえてた? つい言っちゃっただけだから、気にしないで」
ピピアノはそう言うと黙ってしまった。
――あ、ピピアノは確か獣人国の出身とか言ってたから……もしかして首都出身とか?何か気まずい思い出でも……
そこまで考えて止めておいた。ピピアノにはピピアノの事情があると思う。詮索するのは失礼だよね。
「フィズさん、フィズさん」
ピピアノとは反対側からウードが私を呼ぶ。真面目そうな声色だ。
「うん? どうしたの?」
「もう分かってると思いますけど、獣人国では俺達のようなニアイと呼ばれる非獣人は少数です。好奇の目で見られる事は覚悟してくださいね」
ここに来るまででそれは嫌という程に味わってきた事だった。ガガルさんの所では国境付近だった事もあってかそれ程でも無かったが、それ以降の集落では、まるで魔物を見るかのような目で見るヒトも少なく無かったのだ。
「慣れたよウード。別にそれで不遇な目にはあってないんだし、気にする事も無いと思うけど」
「そうですね。それに獣人国の次期王と噂される第二王子は、兄である第一王子と違ってニアイ、エオーケの間にある壁を取り去ろうとしていると聞いています。それによって更に住みやすくなっていくでしょうね」
別に獣人国に住む訳じゃないんだから、そんなに気になるような情報じゃないんだけど。途中の集落で色々と話を聞いている内にウードはすっかり獣人国の第二王子が気に入ったようであった。
そうこう話している内にギィさんが話を付けてくれて開門される。私達は首都の暑苦しい賑わいの風を肌で感じながら、首都クノスティアへと入って行くのだった。
「うわぁ! 賑わってるねぇ!」
私は入って開口一番、感じた事をそのまんま吐き出した。何の捻りも無い感想に、きっと皆呆れているだろう。
門から真っ直ぐとお城まで伸びていく通りは市場となっており、その石造りの舗装路の上では、商人達と客で商戦が起こっている。その規模たるやトリステとは全く違った。
ヒト達の熱気がビシビシと伝わって来て明らかに門外よりも暑く、少しその場にいるだけでジットリと汗を掻いてしまいそうだ。
「こんなに賑わうなんて、ハーシルトよりも凄いね!」
「そう、ですね。これは圧倒されてしまいます」
とギィさんは苦笑いをしている。リアリスはギィさんの腕を掴み、嫌そうな顔で市場を眺めた。
「うるさいです」
「うはは! これくらい活気があると良い酒場がありそうじゃねぇか! こりゃ楽しみだぜ!」
ジフの嬉しそうな顔を見るのは何日ぶりだろう。ハバの村を出て以来はあんまり酒が飲めていないみたいだったから、本当に嬉しそうだ。その顔を見てリアリスは更に顔をしかめている。
「……私はちょっと一人になるわ。出発は三日後で良いわね? 三日後の朝に反対側の門に集合で。じゃあね」
それだけ言ってピピアノはスッと人混みに紛れてしまった。
「あ、ちょ……もう」
私はぷっくりと頬を膨らませて見せる。当然ピピアノには見えていないのだけれど。
※※※※※※※※※※※※※
フィズ達と別れた後、私は隠れるように路地裏の安宿に入って行った。
「どうも。素泊まりで宜しいですか? 料金は一泊で――」
宿の主人と適当にやり取りし、二階建ての宿の二階の隅部屋を確保する。部屋に入って荷物を床に置くと、乱暴に寝床に突っ伏す。
「あー……」
自然と声が漏れる。別にこの国に何か思い入れがある訳では無い。ハーシルトに居た頃と真逆の、周囲が獣人だらけという環境にムズ痒くなっただけだ。
――この国が私の生まれた国、ね。
そう考えてはみるものの、特に郷愁の念に駆られるでも、大きな感動がある訳でもない。
「ふっ」
思わず失笑する。
――笑えるくらいに実感は無いわ。でも、そうね。
「……不思議な居心地の良さは、あるわね」
ごろりと仰向けになって呟いた。シミのある天井、窓から微かに射し込む陽射し。路地裏ゆえに遠くに聞こえるような賑わいの音が私を心地良い眠りに誘う。
――何だか孤児院に戻ったみたいね。旅に出てからはフィズやらジフやら、いっつも誰か側にいたから本当に久しぶり。
「ふぅ」
溜め息をついて瞼を閉じる。落ち着きが頂点まで来ると、先ほどのフィズ達への態度が急に大人気無く思えてくる。
――さすがに感じ悪かったわよね。我ながら余裕無い行動だったわ。
「はぁ」
再び溜め息。アーディの事、自分自身の事、ジフに言われた事。フィズの事。様々な事が短い期間で一気に私に圧し掛かった。
――何だか疲れちゃった。私、この先上手くやれるかしら?
目を開けて天井に向けて手をかざす。白い毛に覆われた自身の手が天井の茶色と混ざらずにくっきりと浮かんで見える。
――色々考えてグチャグチャになった頭のまま、邪神討伐なんて出来るのかしら?そもそも私、邪神討伐はついでなのよね……
「はぁ」
三度目の溜め息。かざした手を投げ出し、再び瞼を閉じる。
――フィズには悪いけど、このままお別れ……なんて選択肢もあるのよね、私には。
遠くに聞こえる喧騒の他に、軽く吹いた風がカタカタと窓を揺らす音がする。その音も何とも懐かしく思えて心地良い。
――何にせよ、気持ちの整理はしておかなければならないわね。それから……
私は考え事をしながら、いつの間にか意識を手放してしまっていたのだった。
※※※※※※※※※※※※※※
ピピアノと別れた後、私達もそれぞれに獣人国の首都を見て回っている。宿の手配だけは早くと思い、私とリアリスは同じ宿を取った。
「わ、私はお兄様と同じ宿が良いです!」
とお約束のように言って頬を膨らませるリアリスを、ギィさんが宥めて納得させる。
で、夕食時となった今は、私とリアリスとギィさんは高級そうな食事処の前に居るのだった。ウードはジフに捕まって連れて行かれてしまった。どうなるかは容易に予想出来る為、放って置く。
「こ、こんな高級そうなお店に入った事無いよ……」
私は窓から店内を見て言った。質素そうに見えて高級感の漂う店内には、それに見合うような落ち着いた雰囲気の上流階級っぽい獣人が食事を楽しんでいるようだ。
獣人ではないというだけでも注目の的なのに、薄汚れた他国の軽鎧を着た子どもなんて異質な光景でしかないだろう。
――誰が子どもか!
「お兄様、さすがに服装を整えてから来るべきではなかったでしょうか?」
「そうかい? 貴族たる者、どんな服装でも溢れる気品で見る者を納得させられるはずだよ」
リアリスが珍しくギィさんに意見している。ギィさんは少しワザとらしい調子で気取って見せる。
「お兄様。男性はそれでも良いかもしれません。いや、ダメですけど。女性はやはり気にしてしまいます」
「ふぅむ。それもそうだね。申し訳ありませんフィズさん。私とした事が気が利きませんでした」
ペコリと下げるギィさん。リアリスは何故か私をキッと睨む。
「い、いえ、どっち道私、こんな高級そうなお店に合う服なんて持って無いし……」
「私も服なんて持って来ていません。ですので、買いに行きましょう。良いですね? お兄様?」
「あぁ。構わないよ。私はその辺で――」
リアリスがギィさんの腕を掴む。
「お兄様も行くんです。お兄様も着替えるんです!」
強引に引っ張って夕方の街へと繰り出すのだった。
※※※※※※※※※※※※※※
目が覚めると夕食時だった。食事を催促するお腹をさすって寝床から降りる。
「~~っ」
体を伸ばして首を鳴らすと、幾何かスッキリした頭がゆっくりと回転を始めた。
「さて、何か食べようかしら」
そう呟いて部屋を出て宿を出る。夕暮れに染まる城下街の路地裏は何とも怪しく、何処となく暗い影を落としたヒト達がトボトボと歩いているようだ。
――クノスティアには貧民街があるとか言ってたわね。まぁ、ここは中央通りからそれほど離れてもいないから、ここでは無いと思うのだけど。
私はそう思うと首を振った。今は貧民街に行く用事など無いのだ。余計な事を考えたくはない。
「……」
余計な事よりも、眠る前に考えていた事を考えるべきだろう。私はどうしたいのか、自分自身でハッキリさせておかないと……
路地裏を出て少しふらつき、食事を摂るのに良さそうな店を探していると、ドンと誰かにぶつかってしまう。
「あ、悪いわ――」
謝ろうとしてぶつかった方を見やると、その人物は苦笑い。私も釣られて苦笑いをした。
「ピピアノ、ご飯食べた? まだなら一緒に行こうよ!」
フィズはそう言って私に手を差し出す。私はその光景を見た時、少しだけ心が軽くなった気がした。グチャグチャと色んな事を考えるのが馬鹿らしくなったという事にしておいてほしい。
「そうね。食事の前にその似合わない恰好の説明から頼めるかしら?」
私は普段のフィズとはかけ離れた黄色のフリフリの衣装を指す。見ればリアリスも似たような恰好をしている。色は深い青。
リアリスは満足気だし綺麗な顔立ちと、腰まで伸びる暗めな赤色の髪が上品さを醸し出していて似合っているが、フィズの恰好は正直お子様っぽ過ぎて鼻で笑えてしまう。
「似合わないとは失礼な! 一生懸命選んだんだよ!」
顔を赤くさせて抗議するフィズを見て、私は思うのだった。
「ほんっと、アンタ見てると難しい事考えてるの馬鹿らしくなるわ」
そう言って笑う私を、フィズは不思議そうに見ているのだった。
――これで良いのかもしれないわね。私が旅をする理由は。アーディの事は調べるし、邪神も討伐するわ。でも、一番の理由は最早それじゃないのね、私の中では。
「全く。私がついていないと服すらまともに選べないなんてね」
そう言う私はきっと笑っているのだろう。最早下げられていたフィズの手を掴むと、一瞬驚いて彼女はくしゃっと笑った。最早理由はハッキリとした。
この無邪気な顔を見れば不思議と毒気が抜かれていくのだ。この子を放っておけない。きっとそれが、旅を続ける一番の理由になっちゃったんだわ。
「ピピアノってモテるんだねぇ」
「……フィズ。言っておくけど、お城のヒトに戦い挑んだりしないでよ?」
「余は獣人国が王、ダルガズム・ゴンドタム・ダンザロアじゃ」
次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」七章5話――
「国が違っても美味しい物は美味しい」
「ここが私の生まれ故郷、なのかしら?」




