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3話・血の雨って生暖かいね

ハバの村を出たフィズ一行。特訓をした成果を自信に変え、邪神討伐の旅を再開するのであった。

「さて、出立したのは良いけど、何処へ向かうのかしら?」


 ハバの村を出て少し歩くと、ピピアノが私に尋ねた。

 歩きやすい平原をポクポク歩いていた私は歩みを止めて深呼吸。晴れ晴れとした草の匂いを堪能する。


「どこ行こっか」


「はぁ。アンタの事だから何も考えて無いだろうとは思っていたわ」


 頭を押さえるピピアノの肩に、ジフがポンと手を置いた。


「うはは。まぁいつも通りじゃねぇか。このまま大結界を目指すなら、首都に向かって行けば良いと思うぜ」


「首都か、うん。良いんじゃない? 獣人国の首都ってどんなだか気になるし。ギィさんとリアリスはどう思う?」


 私が視線を向けるとギィさんは柔らかく微笑み、リアリスはギィさんの腕に自身の腕を絡めてウットリしている。


「えぇ。私は良いと思いますよ。実際一番近道だと思いますし、食料品等の補給も十分に期待出来そうですからね」


「私は特に。お兄様と一緒なら何処でも構いません」


 まぁ、うん。リアリスはともかくとして、ギィさんの言う通りだ。


「よし、じゃあ次は首都へ向かおう♪」


「……首都、ねぇ」


 ピピアノが浮かない顔で呟いた。気乗りしない様子に見受けられる。


「あれ? ピピアノは嫌だった?」


「いえ、別に。気にしなくて良いわ」


 ――そんな事言われたら気になるんですけど。

 そんな視線を向けるが、ピピアノは目を瞑って知らん顔。


「……嫌なら進路変更も考えるよ?」


 皆頷きながらピピアノを見る。それに対しても目を瞑って応えている。


「……いえ、大丈夫よ。ヒトが多い所に行くと思ったら気が重かっただけ。本当に気にする必要は無いわ。さ、行きましょう」


 そう言って先行して歩き出してしまった。

 ――ヒトが多いのが気が重い、かぁ。トリステだってヒト多かったけど……無理してたのかなぁ?




 しばらく歩を進めていくと、大きい蜥蜴とかげのような魔物の群れに遭遇する。二足で素早く移動してくるけど、捉えきれない程では無い。

 久しぶりの戦闘に胸を躍らせる。特訓の成果は出ているだろうか。


「よーし、皆! 戦闘開始っ!」


 シャッ!シャッ!

 そんな風に鳴く蜥蜴を見ていると、あの魔獣……ドウセツが頭をちらつく。私は少し唇を歪めながらグラキアイルを抜いた。

 ――斬り甲斐があるって事だよねぇ。


「……ふふふっ」


 先行したウード達は魔物の群れ相手に特に苦戦する様子もなく、順調に倒していく。しかし数が多い。30体以上はいるようだ。囲むように群れを展開してくるけど、背中を守りながら戦えば何とかなりそう。

 素早い蜥蜴の攻撃。引っ掻き攻撃が主で隙あらば噛みつこうとしてくる。ギザギザの鋭い歯で噛まれれば、それなりの傷を負ってしまうだろう。

 ――魔物に剣を振り下ろしてぇ、肉を斬り裂いて骨を断ってぇ……ふふふふふふふふふっ。


「意外と面倒ね。フィズ、ボサッとしてないで動きなさい」


 短剣を魔物の頭に突き刺しながらピピアノが言った。ハッとした私は改めて武器を握り締める。いけないいけない。最近訓練ばかりだったから、妄想してばっかりだったんだよね。でもほら、今日はこうして……


「本物が目の前にッ!」


 私は駆け出す。後ろから「囲まれますよっ!」とウードの叫びが聞こえるけど、気にする余裕は無い。

 三体ほど固まっていた魔物を一刀の横薙ぎの下に両断する。全身に走るゾクゾクした幸せが、私の顔を歪ませる。


「くふっ。ふふふっ。あはははははっ!」


 横から飛び掛かって来た魔物を下から斬り上げれば、血が雨のように降り注ぐ。生温い血が私を染めると、ゾクゾクが最高潮に達して私は思わず叫んでしまった。


「気持ち良い……気持ち良いねぇ! あはははははははははははははッ!」


 そこからはもうあんまり覚えていない。気が付けば十数体の魔物が私の足元で血塗れで横たわっていたし、私は返り血でドロドロ。

 照り付ける太陽の下、一瞬自分でも気づかないくらいに下卑た笑い声が響く中、仲間達は何とも言えない表情で私を見ている。


「あれ? あ、もう終わりか。さて、行こうか。首都ってここからどれくらいかな?」


 グラキアイルを下に向かって、ブンっと振り払う。ビシャリと血が地面を叩くと、グラキアイルを納刀した。


「え、あ、あぁ。多分五日もあれば着くと思うぜ」


 ジフが答えてくれる。私は顔に付いた血を手でゴシゴシと拭いながら顔をしかめた。


「うぇ。臭ぁ。五日かぁ。途中に村とかあれば寄りたいね。全身ドロドロだよ」


「……そうね。進みながら考えましょ。時間が勿体無いわ」


 皆が私の事を変な目で見てるなぁ。ただ魔物を斬っただけなのに。まぁ良いか。直ぐに慣れるでしょ、きっと。


※※※※※※


「……どう思いますか、皆さん」


 星空の下、野営中にウードが言った。フィズは見張りの順番の関係で、今は簡易天幕の中では眠っている。

 パチパチと弾ける焚火を囲んで、伸びる影が揺らめくのを見守る。遠くに聞こえる虫の鳴き声が耳障りだけど、私は存外野営は嫌いではない。


「……どうって、決めたんでしょ? まだうだうだ言うつもりなの?」


 私は少し呆けていた頭に喝を入れ、ウードを軽く睨む。

 ――ウジウジと小さい男よね、まったく。

 そう思うけれど、私自身も先ほどのフィズを見て少し引いてしまった。私も迷っているのだろうか?


「そうですけど、そうなんですけど、俺はまだ慣れなくて……」


「大丈夫です。フィズは斬る目標を間違えていません。それに戦いが終わったら落ち着いたじゃないですか。だから、大丈夫です」


 そう言ったのは意外のもリアリスだった。その言葉にギィは驚き、ジフは満足そうに笑っている。


「そう、ね。フィズは大丈夫よ。私達がついていればね。ウード、心配なのは分かるけど、信用出来ないんならやっぱり旅を止めなさいよ」


「ぐっ……そんな事は無いです! 俺はフィズさんを信用しますよ!」


 そう言って勢いよく立ち上がるウード。


「何所か行くの?」


「……少し一人になりたいです」


「そう。気を付けて」


 私の言葉に返事をせずにウードは歩き出した。


「へっ。若いねぇ」


 ウードが離れた頃、ジフがそう呟いた。ギィがクスりと笑いながら頷いた。


「えぇ。若いですね」


「私とリアリスはもっと若いんだけど」


「女には分からねぇよ」


 ジフは言いながら肩をすくめる。その馬鹿にしたような表情がムカついたが、ここで突っ掛かる気分では無い。


「さ、もう寝ようぜ。番を頼むぜ、ピピアノ」


「えぇ。任せて」


 挨拶をすると、皆それぞれに張った個人用の小さな天幕に入って行く。私はそれを見守ると、星の綺麗な夜空を見上げた。見通しの良い平原、遮る物の少ない場所での野営は避けたかったのだけど、まぁ仕方ない。


「……」


 ウードじゃないけど、確かにさっきのフィズは気になる。リアリスの言った通り斬る目標を間違えていないんだけど……何と言うか、以前あった罪悪感というようなモノが無くなっているように思える。

 

「はぁ」


 色々頭の中を思考が廻る。悩みの種は色々あるけど、今の私にとって一番引っ掛かるのはそう、首都に行くという事だ。

 私は獣人国の生まれという事以外知らなかったのだけど、私は恐らく首都出身だ。ハバの村で聞いた話によると、ピシェルマロッテ家は首都で名を馳せた豪商の家柄らしい。

 自身の生まれた地に行くのが嫌だという訳では無いが、行きたい訳でも無い。むしろ変に気にするくらいなら本当は行きたくない。


「はぁ」


 私は焚火を絶やさないように木をくべる。パチパチと燃える焚火は火の粉を舞い上がらせて勢いが増した。ぶわっと高く舞い上がる火の粉、地面に向かっていき直ぐに消える火の粉……様々だ。

 この火の粉のように、ヒトの一生など儚いものだ。この火の粉のように、目立つ奴もいれば目立たない奴もいる。

 ――私は目立ちたくないわ。


「私、私はどうしたいんだろう」


 口に出してハッとする。私らしくない言動だ。

 ――答えを急ぐ必要は無いのだけど、これからの事は考えなくちゃね。

 そう思いながら再び天を仰ぐと、星空の美しさを感じて目を閉じた。


「……あれ? ピピアノさん、寝てるんですか?」


 しばらく目を瞑っていると、ウードが帰って来た。もちろん気配で分かっていたけど。 

 私はゆっくりと目を開けてウードを見た。


「寝てないわよ。それより次アンタの番なんだけど、寝なくて良かったの?」


「はは……何だか眠くなくなっちゃって」


 ぽりぽりと頬を掻くウードに、私は呆れた溜め息をワザとらしくついて見せる。


「別に良いけど、寝不足で足手まといはゴメンだからね?」


「ははっ。大丈夫です。俺には切り札も出来ましたし」


 そう言って懐からガガルさんに貰った赤い玉を取り出す。


「まだ使って無いんでしょう? 切り札になれば良いけど」


「大丈夫ですよ。上手く言えないけど、物凄い力を発揮出来そうな気がするんです」


 どこにそんな確信があるのか……


「そう。なら良いわ」


 そう言って私は立ち上がって伸びた。背筋からポキッと良い音がした。


「……さて、それじゃあ交代頼むわ。少し早いけど、キリが良いでしょ?」


「はい。分かりました。ゆっくり休んでくださいね」


「えぇ。ありがと」


 私は後ろ手をヒラヒラさせ、自分の天幕に入る。そして寝袋に入って目を瞑るのだが、変に目が覚めて眠れなかった。

 ――ウードの事言えないわね。足手まといにならないようにしないと、迷惑が……

 そこまで考えて、目を開けた。


「……迷惑か。いつの間にか私、気を遣っているのね。ふふっ。変なの」


 そう言いつつも自分が微笑んでいるのが分かる。ガラにも無いなとは思いつつも、どうせ誰も見ていないのだと思い、私は少しの間だけ、一人ニヤケ続けるのであった。

「はぁ。首都に入るのは気が進まないわね……」

「こんなに賑わうなんて、ハーシルトよりも凄いね!」

「ほんっと、アンタ見てると難しい事考えてるの馬鹿らしくなるわ」


次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」七章4話――

「迷う心と晴らす笑顔」


「首都、か。私はどうすれば良い? 教えてよ、アーディ」

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