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2話・受け継がれる侠気と加速する狂気

決断したと思って、また同じ事で悩む。誰でも経験ありませんか?

よし、これだ……あー、やっぱりこっちも……

一回決断して二度と迷わないような人物がきっと世界を救ったりするんでしょうね。

 その夜、皆が寝静まった後、村のはずれに私一人で居た。いや、グラキアイルも一緒だから一人っていうのはちょっと変な感じもする。

 私は毎晩、ここでグラキアイルを振っている。一人なのは、ガガルさんの家の庭だと皆に気を遣わせてしまいそうだったから。ここなら周囲には何も無いから、剣を振るくらいなら誰にも迷惑を掛けない。


 ――ねぇ、グラキアイル?


 私は剣を抜き、その名を心の中で呼ぶ。月明かりに照らされて宝石みたいに輝く美しい青い刀身と、その鍔部にある不気味な目玉を持つこの剣が、私の愛剣だ。


(ん? 何だいィ?)


 ――ウード達、私の斬殺衝動をグラキアイルのせいにしてるみたい。違うって言ったのにね。


(ふぅん。まァ、僕は別に構わないよォ?)


 ――悔しいとか無いの?


(べっつにィ?)


 ――そう。なら良いんだけど。


(あ、そう言えばさァ。いつ頃出発するかはァ、決めたのかいィ?)


 ――それねぇ……そろそろ出発しようかなと思ってるんだけど、ガガルさんに勝てないままってのも悔しくってね。


(まァ、確かにねェ。でもォ、それだと今度は何時出発になるか分からないよねェ。特訓するのは賛成したけどォ……)


 ――そうなんだよね。考えてみたら別にガガルさんを倒す事が目的ではないんだよね、私達。


(そりゃあそうだよォ。あくまでも特訓だからねェ)


 ――うん、目的を間違っちゃダメだね。やっぱりそろそろ出発しようか。


(うん。僕は賛成だけどォ……良いのォ? フィズなら、ガガルを斬るまで止めないって言うかと思ってたよォ)


 ――あはは。それはそれ、だよ。ガガルさんを斬るのだって、諦めた訳じゃないよ?


(どういう事だいィ?)


 ――簡単な話だよ。邪神を斬ったらさ、また戻ってくれば良いんだよ。きっとその時には私はもっと強くなってるから、そうしたらガガルさんだって斬れる……


(……)


 ――うふふ……そうだよ。邪神を斬ったらさ、もう私……うふふ。


(フィズゥ、あんまり強く握らないでよォ)


 ――あぁ。ごめんね。さて、そろそろ寝よっかな。明日、皆に話してみるよ。

 そう言いながら、いや、思いながら立ち上がると、私は伸びてプルプル震える。


(あァ。それが良いよォ。また明日ねェ、フィズゥ)


 ――うん、また明日ね、グラキアイル。


 グラキアイルの目が閉じ、物言わぬ剣に変わる。この目が閉じている時はグラキアイルは眠っているらしい。


「ふぁ~あ……」


 私は大きな欠伸をすると、星の綺麗な夜空を見上げた。少し足を止めちゃったけど、まだ邪神は討伐されていない。何でだか、それはハッキリと分かる。

 ――皆強くなった。もう、負けてばかりの情けない勇者なんかじゃない。必ず、私が邪神を倒すんだ!

 月明かりに照らされながら、私は一人、決意を新たにするのだった。


※※※※※※※※※


 次の日の朝、フィズさんは朝食の場で俺達に出発の意を表した。


「そうね。何時までもここに居る訳にも行かないし。そろそろ頃合いだと思うわ」


 ピピアノさんが普段通り冷静な口調で言うと、俺達は皆同意する。

 ――俺達は強くなった。ここからまた始まるんだ。邪神討伐の旅が!

 誰にも悟られないように軽く拳に力を込める。トリステの件では何も出来なかった自分だけど、これからは違う。しっかりと活躍出来るはすだ。


「なんだよ。もう行っちまうってのか? フィズ、一度くれぇワシから一本取ってからにしたら良いじゃねぇか?」


 ガガルさんは食後のキナジースを飲みながら、フィズさんを挑発するように言った。


「あはは……そうしたいんだけどね、そろそろ行くよ」


 横に座るフィズさんから、一瞬だけゾクリと寒気を感じた。


「フィ、フィズさん?」


「ん? 何、ウード。」


 反射的に情けない声で名を呼ぶと、彼女は何事も無いかのように返答してくる。その屈託無い顔を見ると、自分自身も何で声を出したか分からなくなる。


「え、あ、いや……何でも、無いです」


 ――ダメだダメだ……この程度で狼狽うろたえていたら、とてもじゃないがフィズさんにはついていけないぞ!

 俺は自分にそう言い聞かせると、水を一気に飲み干した。


「あははっ。変なウード♪」


 その笑顔にドキりとしてしまう。

 無邪気に笑うフィズさんを見ると、男として「守らなければ」という本能が働く。それはあの恐ろしい状態のフィズさんを知っていても機能するのだから、ヒトと言うものは可笑しな生き物だ。


「よーし! 飯ぃ食ったら早速やるぞ、ウード!」


 ガガルさんが立ち上がり、親指でクイクイと外をした。


「はいっ! お願いします!」




 外に出ると、雲一つ無い快晴の空に太陽がギラギラと燃えている。

 俺とガガルさんは庭で対峙する。庭は広く、遠くでフィズさんとピピアノさんだけが観客として見守ってくれるようだ。


「行くぞ、ウード。殺す気で掛かって来い」


 ガガルさんが正眼に剣を構える。

 普段は構える事の無かったガガルさんだが、こうして構えるという事は本気だという事か?

 そうであってほしい、いや、例え本気であろうとそうで無かろうと、俺は俺で本気を出すだけだ。

 ――特訓の成果、伝説の傭兵「死なずのガガル」にぶつけてやる!


「はい――行きます!」


 俺は剣を鞘から抜き、右手で持つ。左手は鞘を逆手に持って前に。左半身を前にして腰を少し落とす。これが俺の構え。


「はっ!」


 地面を蹴って一気に詰め寄り、剣では無く鞘で突く。


「ふん!」


 ガガルさんはそれを軽く体を捻って回避すると、俺に向かって左拳を繰り出した。


「馬鹿正直過ぎるんだよ、お前は!」


 そう言われながら放たれた拳を俺は身を低くして回避する。

 しかし、読まれていたようで、ガガルさんの膝蹴りが俺の顔面を直撃する。


「ぶっ!」


 鼻血を撒き散らし、後方に転がった。急いで立ち上がりガガルさんを見る。


「引くなッ! 戦いの主導権を握れてねぇ内は下がるなッ! 引けば追い込まれ、ジリ貧になっていくぞ!」


「――うあああああッ!」


 俺は魔素を集め、魔力に変換する。ザァっと風が俺に集まってくるような感覚を感じた。

 ――速さを、もっと速さを!


「親愛なるそよ風達ッ! 我に宿りて共に遊ばん! リフトゥ・コンスタス!」


 身体強化魔法のお陰で、体が軽くなる。俺はガガルさんを強く睨むと、一直線に駆け出した。


「これ、ならぁ!」


「ガハハッ! 良いぞぉ! だがなぁ!」


 振り下ろした剣は回避され、鞘での横薙ぎも剣で防がれる。


「馬鹿正直過ぎると言ったろうがッ!」


 左拳の裏拳で簡単に吹き飛ばされてしまう。身体強化魔法を使って速度が増しているはずなのに、回避する事が出来なかった。

 地面を転がり、直ぐに立ち上がる。キッと睨んだ視界が揺れて気持ちが悪い。


「攻めるんならもっと連撃を工夫しろ。剣撃の後に鞘が来るってバレちまってるぞ。その先に変化を入れようにも、正直過ぎる攻撃は合わせられ易い。防がれないような攻めを作るんだ」


「くっ」


 強い。数週間の特訓中、ガガルさんは手を抜いていた……いや、俺達に合わせてくれていたんだと痛感する。昨日までなら、四~五連撃くらいまでは反撃してこなかった。

 きっと連撃など技術的な事を見る段階まで到達していなかったのだろう、俺は。しかし、こうして今、彼は俺に助言をくれている。

 ――情けないじゃないか。強くなった気になって、簡単にあしらわれた挙句、助言までもらって。


「く……そぉ」


 武器を握る手に力が籠る。噛み締めた歯がギリギリと音を立てる。

 悔しい。ゴチャゴチャ言葉を連ねるまでもなく、全てが悔しい。全く通用しない攻撃、余裕そうに助言をされる事、そしてそれが全部自分のせいだと思うと悔しくて涙が出そうになる。


「どうした、ウード。もう終わりじゃあねぇだろうな?」


「まだ……」


「うーん。こりゃ見誤ったか? そんな調子じゃ、やっぱり良いモンやれねぇわ」


 別に物が欲しかった訳じゃない。ただ、ガガルさんに認めてほしかったのかもしれない。

 昨日から散々覚悟を決め直したり、自分を奮い立たせてきたって言うのに、気持ちに体が追い付いていない。

 確かに、俺は皆と比べればただの凡人に過ぎないかもしれない。でも、それでも、大陸に住むヒト達の為に邪神を討伐したい気持ちは皆にだって負けないつもりだ。


「よーし、もう終わりだ終わり。出発するってんなら――」


「まだだッ! まだ終わってませんッ!」


 不甲斐ない俺は、もうここで殺してしまおう。ギィさんの言う通り、身に狂気を宿すくらいしてみせよう。


「うああああッ!」


 駆け出し、斬る。斬る。斬る。鞘で殴る。殴る。殴る。

 足で蹴る。蹴る。蹴る。全身を使って、斬る。殴る。蹴る。


「ガハハッ! そうだ! 手を休めるな、姑息な事を考えるな! お前の体に染みついた全てを引き出して攻めろ!」


「あああああああッ!!」


 全て防がれるか、回避される。それでも攻め続ける。これが特訓だとか、実戦だとか、そんな事は関係無い。

 武器を持つ者同士が対峙し合うのなら、余計な事はいらない。相手より強くある。それだけが重要。


「おおらぁあああッ!」


 剣と剣がぶつかり、鍔迫り合いになる。金属のぶつかる音が響き、目の前には火花が散っている。


「ガハハハハ! よし、良いぞ! ウード。合格だぞ!」


 ガガルさんはそう言うと、俺を弾き飛ばす。


「ハァ、ハァ……ご、合格?」


「あぁ。お前に足りなかったモンはよ、気持ちだ気持ち。もう気づいてるとは思うがよ」


 ガガルさんは剣を地面に突き刺すと、腕を組んだ。


「相手を負かしてやろうっていう気持ちが足りねぇ。いや、足りなかった。そんなんじゃあコイツは使えないのさ」


 そう言って腰に下げた袋から赤い半透明の玉を取り出し、俺に向かって放った。


「こ、これは?」


 俺はその玉を受け止めると、まじまじと見つめた。すっぽりと手に収まる、赤く半透明の玉。


「そいつぁ、所謂いわゆる不明遺物ってヤツさ。仕組みは分からねぇが、魔力を貯めこんでおくと、その魔力を解放して一時的に身体能力を爆上げ出来るってシロモノだ。俺は『力の玉』って呼んでいる」


「そ、そんな凄い物なんですか? これ……」


 太陽にかざしてみると、綺麗な赤い光が眩しく俺の瞳に降り注ぎ、思わず目を瞑ってしまう。


「現役時代、そいつには何度も助けられたぜ。使い方は簡単だ。そいつに魔力を流せば、内臓された魔力が解放される。それだけだ。ただし、一度使うとしばらくは使えねぇ。自然に魔力が貯まるまで待つしかねぇんだ」


「へぇ……でも宜しいんですか? こんなに凄い物を頂いてしまって」


 俺がそう言うと、ガガルさんは天を仰ぎ、大きく笑った。


「ガッハッハッハッ! 邪神討伐に向かう勇者様達に、ワシからの贈り物だ! 遠慮無く使ってくれ!」


「あ、ありがとうございます!」


「――だがな、そいつを使うとな、気持ちが昂ぶりやがるんだ。お前が心配していた狂気ってヤツかな。ソイツがドス黒く自分を染めそうになるんだ。飲み込まれないようにだけ、注意しな」


 狂気――フィズさんの方をチラりと見ると、こちらに気付いたようで、大きく手を振ってくれる。


「やったね♪ ウード、羨ましいなぁ!」


 俺は小さく手を振り返すと、ガガルさんを真っ直ぐに見た。


「いえ、そんな狂気なんてものは――俺が吸収してやりますよ。それくらい出来なきゃ、勇者の一行は名乗れませんから」


「ガハハ! 言うじゃねぇか! ガッハッハッハッハッハ!」


 そう……フィズさんが狂気に飲まれるのを、ただ見ているんじゃない。

 俺がそれを止める。欲を言えば、フィズさんが狂気に飲まれなくても済むようにしていきたい。

 俺は力の玉を握り締めると、誰にも気づかれないように小さく微笑んだ。これでようやく、俺も――


※※※※※※※※※※※


 次の日、私達はガガルさんの家先に集合していた。少し曇った日だけど、雨は降らなさそう。涼しくて気持ち良いくらい。


「じゃあ出発するね、ガガルさん。今までありがとう!」


 私はガガルさんに向かって右手を差し出した。


「おう! 今のお前達なら、邪神とやらも倒せるかもな。ガッハッハ!」


 ガシりと握られた手が痛いけど、ここは何も言わず我慢する。

 毛むくじゃらの大きな手に刻まれた大きな傷が、改めてこのヒトが歴戦の勇士だという事を認識させる。


「もっとも、今頃ウチの王子が邪神と戦っているかもしれねぇから、早くしねぇと倒す邪神がいなくなっちまうかもしれねぇがな! ガッハッハ!」


「……大丈夫だよ。まだ邪神は死んでない。私が斬り刻んであげられる。うふふ」


「……お、おぅ。そ、そうか――まぁ何だ、気を付けてな!」


「うん♪ ありがと! ガガルさんも良い歳なんだから、いつまでも無茶しないでよ?」


 そう言って手を離す。ガガルさんが素早く手を引っ込めたように見えたのは気になるけど……きっと気のせいだよね。


「ガ、ガハハ! まだまだ魔物なんかに負けたりしねぇよ!」


「あははっ♪ ガガルさんに心配なんて必要無かったね。それじゃ、元気でね!」


 皆もお礼を言い、ガガルさんと握手をする。ウードは感極まったようで、涙目でお礼を言っている。


「うぅ、ガガルさん、お世話になりましたぁ!」


「ガハハ! 邪神討伐が済んだら、また寄ってくれよな!」


 私達は手を振りながら、私達は壁門へと向かう。

 ――戻って来るよ、必ず。だからその日まで、死なないでね?あはははは……

「さて、出立したのは良いけど、何処へ向かうのかしら?」

「私は特に。お兄様と一緒なら何処でも構いません」

「よーし、皆! 戦闘開始っ!」


次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」七章3話――

「血の雨って生暖かいね」


「くくく……良かったねェ、フィズゥ」

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