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1話・ウードの迷い

獣人国の戦士、ガガルの下で特訓をするフィズ達に、再び旅立ちの時が近づいているのだった。

「ガハハハッ! どうしたウード! その程度かぁ!?」


 粗末な壁に囲まれた小さな村に、金属がぶつかる音が響き渡る。大空を飛び回る鳥達がヒョロヒョロと気持ち良さそうに歌っている。

 よく晴れた空に、爽やかに流れる風。うーん、気持ちが良いね!


「ま、まだまだぁっ!」


 私達がこの村で特訓を開始してから、十日以上の時が流れた。未だにガガルさんに勝つ事は出来ないけど、かなり強くなれたと思う。


「おらおら! 下半身が動いてねぇぞ!」


「うぉ!?」


 ――あ。足払いされて倒れちゃった。これは負けたね、ウード。


「よーし、次はフィズ、やるか?」


 ガガルさんはウードに剣を突き付けながら私を見る。


「はーい。やりまーす!」


 私は立ち上がって大きく伸びた。村長ガガルさんの家の庭で特訓しているのだけど、今は私とウードしかいない。ギィさんとリアリスさんは壁外で魔物狩り。ジフとピピアノは農場区。と言えるかどうかの小さな畑で農作業中だ。

 余談と言えば余談なんだけど、最近ピピアノとジフはよく二人きりでいる事が多いと思う。二人とも何処か冷めた雰囲気を持っているから、気が合うのかもしれない。


「くっそー……イケると思ったんですけど」


 悔しそうなウードが戻って来て溜め息を吐く。


「あはは♪ 惜しかったよ、ウード」


 私はそんなウードの肩をポンポンと優しく叩いた。汗で濡れた肩に触る事に多少の抵抗はあったけど、まぁ仲間だし気にしちゃダメだよね。


「そんな慰めはいりませんよフィズさん。フィズさんも頑張ってください」


「うん、頑張るよ」


 そうニコやかに応えると、私はガガルさんの方へ歩き、柄を握り対峙する。

 腰に下げたグラキアイルを抜くと、キーンと頭が冴えていくような感覚になる。


「行くぜ、フィズ」


 ニヤリと笑うガガルさんを見つめ、私の口角が歪んでいく。


「――今日こそ、斬ってあげるね」


 私は聞こえないくらい小さな声で、そう呟いた。


※※※※※※※※※※※


 俺は地べたに座り込み、フィズさんとガガルさんが繰り広げる剣戟を見ていた。

 熟練の傭兵が成せる洗練された動きに、まだ十五歳の少女が喰らい付いている光景は、何度見ても背筋が凍る思いだ。


「それ! あはははっ!」


 ここ最近、俺は憂鬱な気分だった。年端もいかぬこんな少女に、このまま旅をさせて良いのだろうか?

 確かに俺だって、この子くらいの年には戦場に出ている。小さな小競り合いや、魔物討伐だったが……


「それくらいじゃ、当たらないよ!」


 何年と戦場を渡り歩いた(なんて言えば聞こえが良いが、大きな戦いの経験は無いです。)俺からしても、俺は常に年少組。ましてや男だらけの戦場だった、

 女性だからと馬鹿にする訳ではないのだが、こんな可愛らしい少女が戦場に……それも邪神討伐という、かつてない大きな戦いに身を投じているという事にも――狂気を感じずにはいられない。


「あはははははっ!」


 しかし、俺が本当に気になるのは……嬉しそうに剣を交えるフィズさんが、ここ最近で更に狂気的になった。という事だ。

 剣を抜いていない時は普通の少女にしか感じないけど、一旦剣を抜いてしまうと……カッと見開いた目が、耳まで裂けるかと思うくらいの口が、楽しそうな笑い声が……!

 ――こんなの、こんな姿、勇者なんかじゃッ……!


「おっしい! あははッ! 楽しい、楽しいねぇ! ガガルさん!」


 互いの剣が直撃ギリギリで服を切り裂く。そんな本気の命懸けなのに、これを訓練と言い切るフィズさんに、俺は恐怖を覚えてしまっている。

 あの剣「グラキアイル」には精神を乗っ取ったりする効果は無いと、フィズさんは言ったけど――本当にそうなのだろうか?あの剣を使う度、フィズさんはその小さな身体に狂気を宿らせていっているような気がしてならない。

 最近の俺は、このような考えが頭をグルグルと駆け回り、特訓どころではなくなっていたのだ。

 ――このままじゃダメだ。今日の夜にでも、皆と相談してみよう。




 その日の夜、ガガルさん宅の食堂。

 

「あー食べた食べた。ガガルさんの料理、美味しいよねぇ♪」


 夕食をペロリと平らげると、彼女は入浴の為に浴場へ向かって行った。食堂の扉が閉まるのを見計らって、俺は口を開く。


「皆、ちょっと良いですか?」


 俺がそういうと、皆少し驚いてこちらを向いた。

 ――少し驚き過ぎじゃないかな?そんなに驚かなくても良いと思うんですけど。


「どうしたのよ? アンタがそんな風に切り出すなんて珍しいじゃない」


 とピピアノさんは丸い耳をピンと立たせて腕を組んだ。


「フィズさんの事なんですが……」


 それだけ言うと、場の空気が重くなるのを感じた。


「――嬢ちゃんがどうしたってんだ?」


 目を閉じたジフが静かに口を開く。このヒトは多分、俺が何を言いたいのか分かっていると思う。


「ここ最近恐ろしいんです、フィズさんが。以前にゼンデュウ将軍と戦った時はあんな感じだったのでしょう?」


 ギィさんを見ると、彼は小さな溜め息をついた。


「まぁ、そうだったね。しかし恐ろしいというのは、むしろそれだけ強くなっていっているという事ではないのかな?」


「そういう考え方も出来るかもしれませんが、単純に強くなっているというよりは――異常に思えるんです。訓練なのに、実戦のような命懸けの戦いになっているようですし、それを心から楽しんでいるというのが、異常だと思えてしまうんです」


「それは反対に、君の心構えが足りないのではないかな、ウード君」


 ギィさんにそう言われ、思わず立ち上がってしまう。


「そ、そんな事は無いです!」


「そうかな? 我々は邪神という、未だかつて無い脅威を倒す為に旅をしているわけだろう? その身に狂気を宿すくらいの覚悟が必要なのではないか? それこそ、戦いを楽しむくらいの狂気がね」


 ギィさんの言葉に、隣に座ったリアリスさんが何度も頷いている。


「大丈夫よウード。フィズはもう、無差別に仲間を襲ったりはしないわ。アンタが心配しているのは、そういう事でしょ?」


「それは、そうなんですけど……それだけじゃないんです。フィズさんが狂気に飲まれていくのが、耐えられないというか」


 俺は――俺はどうしたいのだろうか。自分自身でも何が言いたかったのか分からなくなってしまった。

 年端もいかぬ少女が、狂気の渦に飲まれていく事が耐えられないというのならば、俺は――


「なら、君はここで旅を止めてしまうと良い、ウード君」


「っ!」


 ギィさんの冷たい目線が俺に突き刺さり、ズキりと胸が痛む。まるで俺の心を見透かされているかのような感覚。本当にこのヒトは時々鋭過ぎる。


「ウード、俺ぁそこまで言わねぇがよ、嬢ちゃんが狂気に飲まれていくのが耐えらんねぇってんなら、お前さんには何か出来る事は無いのか?」


「え? 俺に、ですか?」


「そう、アンタによ。少なくとも私は何があっても最後までついて行くと決めたわ。リアリスだって、フィズが暴走したら止める覚悟があるの。アンタは?」


 俺は以前、トリステでフィズさんに言った言葉を思い出した。


『その時は、俺が止めてみせます。だから、安心してください』


 ――そうだ、俺だってフィズさんが暴走したら、止めるって言ったじゃないか。


「フィズだって、自分できっと分かっているわ。狂気に飲まれている事くらい。でも、それでも自分は勇者なんだ、って。自分が邪神を倒すんだ、って頑張ってるのよ」


 そうだよな、フィズさんは自分の立場をしっかりと理解しているんだ。その上で、年相応な脆い部分を狂気で補強しているんだろう。


「……俺も、強くならないといけないんですね」


 椅子に力無く座り込み、軽く唇を噛んで下を向く。


「そうね。フィズだけに任せっきりには出来ないわ。勇者でも、狂気に飲まれようとも、ただのガキよ、フィズは。私達で支えてやらないと直ぐに折れちゃうんだから」


 ピピアノさんの溜め息混じりの言葉を聞いた時、俺は自分が恥ずかしくなった。

 この数週間、フィズさんが狂気に飲まれていく様子を一番近くで見ていたはずなのに、俺だけじゃないか、何の心構えもしないまま、ただオロオロと怖がっているだけなのは。そんなんでは、強くなれなくて当たり前だ。気持ちからして、俺は他の皆より劣っていたんだ。

 俺はうつむいた顔を上げ、皆を見やる。


「俺は、馬鹿でした。ギィさんから言われた事、その通りだと思います。心構えが足りていなかった……皆はそれぞれにフィズさんを支えようとしているのに、俺は、俺は!」


 強く握った拳に、キツく噛んだ唇。その様子を、皆は何を思って見ているのだろうか。


「バカはフィズだけで間に合ってるわ」


「ウード、それに気付けて良かったじゃねぇか。その分なら、もう心配なさそうだな。聞いたかい? 嬢ちゃん?」


 ふっ。とジフさんが笑うと、ガチャリと食堂の扉が開いてフィズさんが入って来る。浴場に向かう前の恰好で立っている姿を見て、俺は思わず笑ってしまった。


「……ははっ。さすが勇者ですね。お見通しって訳ですか?」


「まぁね。最近のウード、元気無かったから。ピピアノとジフに頼んでそれとなく聞いてもらおうと思ったんだけど……」


「まさか自分から切り出すとは思わなかったわ」


 なるほど、だからあんなに驚かれたのか。


「それで、結論は出たのかよ?」


「結論って……特に議題を出していた訳ではないわよ?」


「んな事ぁ分かってる。でもよ、ウード。お前さん迷ってたろ? このまま一緒に行くか、ここで別れるか」


 さすがジフさん。と言うしかない。俺を見透かすのは、ギィさんだけではない。

 フィズさんにも見透かされていたみたいだし、俺って分かり易いのかな、もしかして。


「はい。俺は、これからも皆と一緒に戦いたいです。もう迷ったりしません」


「うん♪ これからもよろしくね、ウード♪」


 屈託無い笑顔を見せるフィズさんに、俺の背筋が凍り付いたように寒くなる。

 ――おい、ウード!お前のその臆病さを捨てろ。これからもフィズさんと一緒に戦っていくって決めたんだ。フィズさんの狂気を少しでも受け止められるよう、鍛えるんだ、心を。


「……よろしくお願いしますッ!」


 俺は弱い自分を断ち切るように、新たな思いを乗せて右手を差し出した。


※※※※※※※※※※※※※※※※※


「……よろしくお願いしますッ!」


 ウードが決意を新たに差し出した右手を、私は軽く握る。するとウードが驚いた顔をする。


「フィズさん――凄いマメですね……」


「あはは……」


 そりゃ毎日のガガルさんとの特訓に加えて、毎朝毎晩グラキアイルを振っているからね。マメが潰れて血マメになって、また潰れてそれからまた……


「俺、鍛え方が足りないですね――恥ずかしいです」


「ウード……」


 しゅんと小さくなるウードに何か慰めの言葉を考えていると、まるで置物のようだったガガルさんが突然立ち上がった。


「ガハハハハッ! 良いねぇ、この青臭ぇ感じ大好きだぜッ! よーし、ウード。お前に明日良いモンをやる! まぁ、ちぃっとだけ試験はするがな」


「良い物? 良いなぁウード。ねぇガガルさん、私には?」


「ガハハ! フィズには魔剣があるじゃねぇか」


 グラキアイルを指差すガガルさん。まぁ確かに。グラキアイルとの連携も最近ますます良い調子だし。


「それもそうだね」


「でも、一体何です?」


「ガッハッハッハ! そいつぁ、明日のお楽しみってヤツだ。ガッハッハ!」


 本当に豪快に笑うなぁ、このオジさん。この数週間で慣れたとはいえ、うるさい事には変わり無い。

 でも本当何だろう?まぁ何にしろ、ウードが強くなれるならっか。

「行くぞ、ウード。殺す気で掛かって来い」

「――うあああああッ!」

「邪神討伐が済んだら、また寄ってくれよな!」


次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」七章2話――

「受け継がれる侠気と加速する狂気」


「さっ、そろそろ出発だよ!」

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