16・5話・アーガでの生活
ハルフィエッタは王子の近衛兵なので、言わばエリートです。故に結構良い給料を貰っています。
――シャリファとオットーが仲間になり、アーガを立つまでのお話ね、これは。
シャリファはだいぶ生活に慣れて来たみたいだけど、オットーは見る物全てが新鮮みたいだ。「おー」といちいち大袈裟に驚いてちょっと鬱陶しい。
そんなオットーは、シャリファと私以外のヒト達にはただのお調子者みたいな感じで接していて、私達だけになると変な言葉を口走ったりする。
「そっくりだ」
「……ふふ」
こんな風呟いたり笑ったりしながら私を見て笑う。ハッキリ言って気持ちが悪い。しかし、そんな時のオットーはいつも懐かしそうと言うか何と言うか……どこか寂しそうに見えるのだ。
そして時々私を見て誰かの名前のような言葉を呟く事もある。こういう時は寂しさが勝っているような表情だ。
「ターナ……」
ターナ。誰かの名前で間違い無いだろう。推測するに、昔オットーと何かあったヒトに違いないだろう。あ、人間って言うのかしら。
この日は訓練も終わり、必要物品の購入。夕食を兼ねて私とシャリファ、オットーの三人は宿ではなく市場の方にある食事処で食事を摂っていた。
「ねぇ、オットー。私の事を見てターナターナ言うのは止めてくれないかしら? 私はハルフィエッタよ」
「おー……分かっています。僕とした事が、どこかの回路がエラーでも起こしているんでしょうかねぇ、はっはっは」
「オットー、凄いアンドロイド、エラー、いっぱい、ある? オットー、本当に人間みたい」
シャリファは結構オットーの事は気に入っているようだ。言葉からは分からないけど、話しかける表情はいつも柔らかい。
「えらー? とかは分からないけど、とにかくしっかりしてよね? それで、そのターナってのは誰? 貴方とはどんな関係よ?」
私は机に肘を着いて肉を口に放り込んだ。
「おー。ターナはターナ・マクファーリン。ターナは僕の……僕の、僕の何でしょうか?」
彼は顎に手を当ててそう答えた。私は呆れ顔で肉を租借し、シャリファは腕を組んでうーんと唸っている。
「貴方が分からないなら、私達はもっと分からないわよ」
「ですよねー。はっはっは」
「うーん」
――はぁ、王子に会いたいわ。何か私、この二人の世話係みたいになってる気がする……
「はいっ!」
突然シャリファが元気良く手を挙げる。周囲のお客さんが驚いた表情でこちらを見ているのを、私は「何でもないです」と笑顔で散らせた。
「どうしたの?」
「ターナ、オットーの、好きな人?」
キラキラした目付きで問い掛けたシャリファ。納得したような表情のオットーに、私は思わず吹いてしまった。
「ぷふぅ! なになに? 正解かしら?」
「おー。好きな人であるのは間違い無いです。しかし、関係と聞かれると……僕は施設防衛用のアンドロイド、彼女は研究員、という関係以外は思いつきません」
「どうせ好きって言っても、女性は皆好きです、とか言うんでしょ? 貴方の場合はさ」
茶化すように言った私を、意外な事に彼は真剣な表情で見つめた。これは調子が狂う。
「いえ、それはそうなのですが、ターナは紛れも無く僕のフェイバリット……一番好きな人間ですよ。もう一度会いたかったですが、施設内の生態反応はもうありませんでしたから、きっと亡くなっているでしょう」
憂いを帯びた顔でそんな事を言われると、それ以上は茶化せない。彼はもう彼女に会えないという事を理解してしまっているから。
「そう……」
「オットー、ごめんなさい。私、えと……」
シャリファは自分の発言のせいで空気が重くなった事を気にしていたのか、何か言葉を探しているようだった。そんな彼女を見て、オットーは軽く微笑んだ。
「大丈夫ですよ、シャリファちゃん。僕はアンドロイド。悲しいという感情データは持っていますが、本物の感情ではないのです。ほら、感情パターンを『喜』に設定すれば元通りの笑顔ですよ♪」
そう言って見せた微笑みは、確かにこれまで見せてきた笑顔と全く同じだった。しかし、私にもシャリファにも、悲しみを含ませた笑顔にしか見えず、言葉を失わせる。目線を肉に落とすが、口に運ぶ気にはなれなかった。
「……」
「……」
「あ、もしかして……」
言ってしまってから、しまったと思った。反射的に上げた目線がばっちり合い、無かった事にし辛くなってしまう。
「何です?」
「あ、えっと……マクファーリンって、同じだったから、その、結婚とかしてたのかなぁ、って思ったんだけどそんな訳無いわよね……」
何でこんな事を言ってしまったんだろう。シャリファの視線が痛い。
「はっはっは。アンドロイドと人間が結婚、ですか。確かにそういう物語はありましたけど、僕の場合は片思いです」
「片思い……」
私の胸が締め付けられる。言ってしまえば私も絶賛片思い中。対象が生きているか死んでいるか……考えるまでもなく、生きていなければ先に進展のしようが無い。
変わらないオットーの笑顔を直視出来ずに再び視線を肉に落とした。
「時空凍結から覚め、状況が少し理解出来た時、貴女方と対峙しました。咄嗟にマクファーリンを名乗ったのは、自分でも驚きましたよ」
「うん? それじゃあ、貴方は本当はマクファーリンじゃないの?」
「はい。正確に言えばオットーでもないのです」
「どういう事?」
「僕の正式名は『OTO-3718-S』という型番号です。それでは呼びにくいと、ターナが僕をオットーと呼び始めたんです」
よく分からないが、オットーというのはアダ名みたいなものって事かしら?
「そうなんだ……」
「私の知ってるアンドロイド、確か『OTー3200』とかだった。オットー、新しい?」
「はっはっは。シャリファちゃん。そのタイプは僕と全然違うよ。彼らは自立思考せず、決められた行動パターンの範疇でしか動けないから。その点僕は完全自立型です。彼らとは格が違うんですよ」
得意気に腕を組む。シャリファはそれを見て「おー」という感嘆の声が漏れていた。
――ふーむ。この二人のこういう会話は本当について行けないわ。この隙に食べよっと。
私はそう思い、少し冷めてしまった料理をパクパクと平らげていく。
「流体金属とナノマシンの複合という、当時最新の技術! 最新型自立学習型AIを搭載!」
「凄い凄いっ」
ぱちぱちと手を叩くシャリファ。何が凄いのか、もちろん私には全然分からないわ。もぐもぐ。
「有り得ないとされていた、生物以外での魔法の詠唱! 魔素の収集から魔力変換まで、完璧にこなす事で魔法を行使します!」
もぐもぐ。ん?
「んぐ……あれ? でも貴方からは魔力を感じないわよ?」
「おー。痛いところを……それは僕に魔力を留めておく器官が無いからですね。なので魔法の威力を上げたりする事は出来ないんですよ」
個人が有している魔力を上乗せして魔法を強化出来るのは知ってるけど、これって危険なのよねぇ。それはともかく……
「一旦取り込む事は出来ても、保持は出来ないって事ね」
「そういう事です。シャリファちゃんは魔素を集める事すら出来ないので、魔法の行使は出来ないんですよ」
それは知っている。自分達の過ちを思い出して少しばつが悪い。
「そういえば、オットー、私の事、知ってた。私の能力、分かる? 私、説明、されないまま、だった」
私の居心地の悪さなど気にもせず、シャリファは質問した。
「おー。あの時に言った通りですよ。魔法無効、身体能力超強化、身体超硬化。これらが魔法や薬物による一時的なものではなく、シャリファちゃん固有の能力として備わっているはずです」
「自分では、よく、分からない」
しゅん、と肩を落とすシャリファ。ただでさえ小さいのに、これじゃあ消えてしまいそうよ。
「私と戦った時、拳で剣とやり合ってたわよね? それに、身体能力は信じられないくらい高いし……でも……」
この程度だと言われると、古代人の技術も何だかなぁ、と思ってしまう自分がいる。正直、オットーのようなアンドロイドと呼ばれるヤツの方がもの凄い気がするのだ。
「ふふん。当然まだまだ真の力は出せていません。データ上の話になりますが、シャリファちゃんが力を発揮出来れば、僕は一瞬でスクラップですよ。はっはっは」
可笑しそうに笑うが、全然ピンと来ない。
「すくらっぷって何よ?」
「あぁ。これは僕とした事が。まぁ、一瞬でゴミになってしまうって事ですよ」
「ふーん。そんなに強いんだ、シャリファって」
「そりゃあ強いですよ! 計算上では何億分の一の可能性という、難しい適合手術をクリア……成功した奇跡の実験体と……!」
興奮気味だったオットーはシャリファの顔を見て言葉に詰まる。
「ご、ごめんなさい。実験体などと言ってしまいまして……」
「え? あ、大丈夫。全然気にしてない」
優しい笑みのシャリファに、オットーが安心したような顔になる。私はそんなやり取りを心ここに在らずといった様子で聞いている。
シャリファが強いと聞き、またも嫉妬心が出て来てしまうが、表に出ないように抑え込む。気を紛らわす為に水をグビグビと飲んで机にコップを置いた。
「さて、そろそろ行かなくちゃね。そうだオットー。貴方が使う言葉の意味、少し教えなさいよ。いけ好かない奴が似たような言葉を使うのよ。意味が知りたいわ」
「おー? それは構いませんが、いけ好かない奴? それは誰ですか?」
「そのうち向こうから来るわよ、どうせ」
そう、ここ最近は姿を現していないけど、旅を再開すればきっと現れる。ハッキリとした根拠は無いけど、私はそんな気がするのだ。
仮面のように無表情な顔が脳裏にチラつき、苛立つ。握り締めた拳が軋み、少し痛かった。
――私達だって強くなってる。強力な戦力も増えた。次は絶対負けないわ!
そんな事を考えていると、二人が私に笑い掛ける。
「ハル、美味しかった。アルハムド リッラー♪」
「おー。美味しい食事をありがとう、ハルフィエッタちゃん」
「……」
ニコニコと笑う二人を見て私は理解した。
――そうかコイツら、お金持って無いんだわ……
そう考えながら私は溜め息を吐いてお金を取り出した。
「私の奢りか……」
減っていくお金を見て、私はがっくりと肩を落とす。
「はぁ。これって経費で落ちるのかしら」
多分落ちないと分かっていつつも、旅の経理を担当するリオに頼んでみようと思う私であった。
――あ?あぁ、ここでの生活の話だったわね。こんな感じよ、コイツら。見るモノ見て嬉しがったり驚いたり、街のヒトや私達と話して笑い合ったり。きっといつの時代もそんなに変わらないものなのよ、生き物の生活なんてのはね。
「ガハハハッ! どうしたウード! その程度かぁ!?」
「――今日こそ、斬ってあげるね♪」
「皆、ちょっと良いですか?」
次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」七章1話――
「ウードの迷い」
「俺は……このままで良いんだろうか」
「なーに暗くなってんの? やっと出番だよ、ウード♪」
「フィズさん……はい、頑張りましょうね!」




