16話・真理の表面②
ハルフィエッタとオットーの考察は続く。自身が造られた存在である可能性があると知ったハルフィエッタは、何か思う事はあるのだろうか。
「仮説に仮説を重ねる事になりそうですが……」
そう前置きを置いてオットーは話始める。再びゴクリと喉を鳴らす私。私の緊張した面持ちを見てか、オットーは口元を僅かに緩ませる。それが何を意味しているのか、私に知る由は無い。
「貴女方ヒトを造った存在は、貴女方が大陸の外に意識を向ける事を出来なくした。目的は分かりませんが、もしかすると、エネルギーが直ぐに消える事も関連しているのかもしれませんね。そのエネルギーを何かに利用しているとか……」
「考えるだけでその、えねるぎーってのは生まれるものなの?」
「エネルギーとは即ち、「頑張ろう」という気持ちを昂らせたりする類のモノや、「行ってみたい」等の好奇心から生まれる力のようなモノです。それは人間の原動力になり、強い力となっているのです」
「へぇ……つまり意志が作り出す力って訳ねぇ」
確かに、「頑張る」や「やってやる」等と考えると不思議と力が沸くものだけど……考えてしまったら「えねるぎー」は生まれる。それを私達から奪っちゃったら、無気力になってしまうんじゃ……
――あ、だから「大陸の外」を考えるような、好奇心から生まれる力のみを吸収しているっていうの?そう考えれば生まれてから大陸の外に関する話を聞いた事が無いのは頷けるのだけど、私はこうやって考えられるし……
そう考えると寒気がする。何万、何十万いえ、もっともっと大勢の個体からその力を徴収している事になるのだ。そしてそれを自在に利用出来れば……出来れば……
「そのエネルギーを利用すれば何が出来るのよ?」
「それはまだ何も分かりません。それを利用している存在、つまり貴女方を造った存在すら目星がつかないのですから」
――そりゃあそうよね。突拍子も無いような仮説よ、普通に考えれば。こんな事出来る奴なんて、それこそ神様くらいしか……
神様くらいしか?じゃあもう決まりではないのか?
「あ、そうか。神様よ、神様。きっと神様が私達を造り、その力を利用しているんだわ」
ポン、と手を打つ。そう考えるしか無いと思った。全能の存在である神様なら、私達を造る事くらい容易であろう。
「神様、ですか」
「そう、神様」
「……ふむ。ハルフィエッタちゃん達が信仰する神の名は?」
腕を組み、鋭い目で私を見つめるオットー。この感じ、きっとコイツは何か別の仮説とやらを既に持っているに違いないだろう。
「名は無いわ。いえ、無いと言うか伝わっていないだけかもしれないのだけど、この大陸において神様と言えば皆が同じ存在を想像するの。極稀に違うのを信仰している奴もいるらしいけど、私は会った事無いわね」
小さい頃に王子に拾われてから、お城で最初に習った事が神様の存在だった。一般常識というヤツなので、特に普段はその話題になるような事は無い。
「ほぅ。その神はどのような存在で? 良ければ少し教えて頂きたいです」
ニコリと笑うオットーだが、先ほどと雰囲気は変わらない。しかしその表情は普通にヒトと見間違うほどに精巧で、とても造り物には見えない。
――造り物には見えない、か。コイツの話が本当なら、私も王子もリオもタカトも皆造り物……コイツだけじゃないわね。
そう考えると少し気が重くなった。気にしても無駄だと分かっているのだが、やはり気になってしまうのは仕方ないと思う。
――私も、造り物。この感情や考え、これまで感じてきたモノ全てが何だか色あせてしまいそうね……
王子と出会う前の辛くて苦しい日々も、王子と出会ってからの辛いけど幸せな日々も、この旅だってそう。造られた存在だとすれば、何だか全てが嘘になってしまいそうに思えた。
そんな訳は無いと自分に言い聞かせても、頭では分かっていても……私の心がどう反応して良いのか分かっていない感じがする。造り物だという確証は無いが、すっかり私は自身を造り物だと信じてしまっているようだ。
「どうしました?」
オットーの声にハッとし、顔を上げる。いつの間にか机の淵に目線を落としていた私は、顔を上げて反射的に笑顔を作った。
「うぅん、何でも無い。えと、神様がどういう存在か、だったわね……」
「……その笑い方まで、そっくりですよ」
「え? 誰に?」
懐かしそうに呟いたオットーに問い掛けるが、彼はニコリと笑って首を振った。私はその顔を見て、言及しよう等とは思わなかった。もちろん自身の精神状態に余裕が無かったという事もあったのだが、オットーの何処か寂し気な表情に、言及しようという気持ちは完全に削がれてしまったのだ。
「いえ、何でもありません。それで、どのような神なのでしょうか?」
「変なの……神様は大昔から私達ヒトを導いてきた存在だと言われているわ。ヒトが窮地に立たされると神託を授け、危機を乗り越えさせてきた、と」
「……」
「……」
沈黙。私の言葉が続くのを待っているようだが……
「えと、それだけなのよ、神様の存在については」
「え、そうなのですか? もっと具体的なエピソードは無いのでしょうか?」
「えぴそーど?」
「あぁ、えっと、具体的に授けた神託の話や、乗り越えた危機とはどんなモノがあるのでしょうか?」
「あぁ。神託については現在、まさにウチの王子が受けているわ。邪神が出たから倒せって。前のだと百年以上昔ね。同じような神託があったらしいわ」
――そうなのよねぇ。神託を受けて旅してるんだから、この街で足止めされてるのって良くないわよねぇ。
「なるほど……その神様がヒトを造ったという話は伝わっていないのですか? また、神託はハルフィエッタちゃんも聞いたのですか?」
「ヒトを造ったってのは伝わって無いわ。神託を聞けるのは大陸に数名しかいない神皇様だけよ」
「ふむふむ。なるほど。では、各地に教会のようなモノが存在するんですか?」
「ええ。教会は基本的に大きな街には必ずあるはずよ。まぁ、日常的に行くような場所ではないし、大きな建物ではないのが一般的だけど」
「そうですか……ふむ」
彼はそう言うと腕を組んだまま背もたれに体を預けた。ギシリと軋む音が部屋に響く。
「しかし、神という存在と言えど、特定の思考を禁止にするという事は許されるのか? 思想、思考を制限、操作されているとすれば、この大陸はまるで……」
呟く言葉に私はどう反応して良いか分からなかった。最早話の範疇が大きく過ぎるのだ。仮説推測であるのは分かるが、あながち間違いでは無さそうだと思う。信じたくない気持ちや信じるしかない気持ち等が入り交じり、頭の中がごっちゃごちゃだ。
「ふむ……分かりました。今日の話を元に考察を進めてみます。また何か分かりましたらハルフィエッタちゃんにお伝えしますよ」
ほんの少しの沈黙の後、オットーは笑顔を作ってそう言った。この男の考察が真実なのかは判断のしようが無いが、少なくとも私だけで考えるよりは良いだろう。
「分かったわ。確証を得るまでは王子達の前で大陸の外を連想させるような話は厳禁だからね?」
「えぇ。分かっていますよ。では、僕はちょっと散歩にでも」
そう言って立ち上がるオットー。その姿を私は椅子に座ったまま眺めた。私の横を通り過ぎる時に靡く白衣。その光景を見て私は子どもの頃の風景を思い出す。
「昔、そんな白衣を着たヒト達を見かけたのよねぇ。あれ、もしかして貴方の仲間なのかもしれないわね……」
ボソりと呟いた言葉。オットーは歩みを止め、ギュルンと私の顔を覗き込んだ。
「それは何年前の話ですか!? 詳しく教えてくれませんか!?」
「え? あ、えっと、たぶん、12~15年くらいは昔だと思うけど……」
私は幼い頃に『掃き溜め』で見た光景を伝える。二人組の男女の話、一瞬で消えてしまった不思議な男女を見た話。私に顔を近付けたまま、オットーは黙って話を聞いている。
話終わると私から顔を離し、腕を組んで考えるオットー。
「……ふむ。やはり生き残りがいるのか。では、この大陸の外はどうなっている? 仮に外に人間がいるのなら、この大陸の存在意義はやはり……」
ぶつぶつと呟くオットー。私が何か質問をしようと口を開きかけた瞬間……
ゴンゴンと部屋の扉を叩く音が聞こえ、オットーはハッと我に帰った。
「開いてるわよー」
私がそう答えると、ぎぃっと音を立てて扉が開く。入って来たのは王子だった。
「お、王子!? ち、違うんです、これは決して浮気なんかじゃ……!」
私は咄嗟に顔を両手で隠して下を向く。
――自分でも驚くくらいに普段通りの行動だわ。
「ハル、阿呆な事をやっている場合では無い。ボーウス殿から橋が直ったとの伝言が入った。数日後にここを立つぞ。準備しておけ」
呆れもしない王子。この反応が嬉しいと思うなんて、私は変な奴よね。
「はい、王子。やっと出発ですねぇ。長かった長かった」
うんうんと腕を組んで頷きながら言う私に、王子はニタリと笑って言う。
「ようやく旅の再開だ。逸る気持ちは分かるぞ、ハル」
――うん?王子ってば、何か勘違いしているような気がするけど……まぁ良いわ。
そんな事を考えている私の横で、オットーはワザとらしく両手を広げる。
「おー。楽しみですねー♪ 僕は旅というものをした事が無いので、とてもワクワクしますよ」
嬉しそうなオットーに王子はニタリと笑いながら話し掛ける。
「それは何よりである。しかし、これは遊びではないのだ、貴公の働きに期待しているぞ」
「はい。お任せください。それでは改めまして、よろしくお願い致します。王子様」
体を深く折り曲げて挨拶している。王子はその姿を見て「うむ」と言うように頷く。
「変な事をしたら即置いていくからね。忘れちゃダメよ?」
と私は釘を刺す。
「おー。分かっています。変な事なんてしません。ちゃんと女性陣が安心して夜を越せるように側でお守り致します」
「そういう事を止めろって言ってんのよ?」
「おー。ほんの冗談ですよ。そう怖い顔をしないでください」
楽しそうに笑うオットーを、私は呆れ顔で見ている。王子は鼻で笑うが存外嫌いではなさそうだ。
そしてこの後数日後に私達はアーガの街を立つのだが……出立のその時まで、ついにジンボルさんが目を覚ます事は無かった。
「私の事を見てターナターナ言うのは止めてくれないかしら? 私はハルフィエッタよ」
「オットー、凄いアンドロイド、エラー、いっぱい、ある? オットー、本当に人間みたい」
「ターナ、オットーの、好きな人?」
次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」六章16・5話――
「アーガでの生活」
「おー。これが未来の世界ですかー」
「未来、でも、科学、無い」
「おー。生活レベル的には退化していますが……」
「退化、違う。これも、進化。この時代の人達、精一杯生きてる。それは、進化」
「おー……僕には難しい話ですねぇ」




