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8話・斬殺衝動

町の壊滅を目の当たりにしてから一夜明け、フィズ達は気持ちも新たに朝を迎えたのであった。

「ふぁああ~」


 大きな口を開けて欠伸(あくび)をしながら将軍の天幕に入る。中にはゼンデュウ将軍ともう一人しかいない。早朝の打ち合わせは寝坊助な私には少し辛い。

 遅刻しそうだったから急いで自分の天幕から出る時に、うっかり立て掛けていた剣に躓いて倒してしまった。シャランと少し鞘走り、青い刀身が覗く。直ぐに拾い上げて腰につけて来たけど。

 ――青くて綺麗な刀身だったな……

 っと、いけないいけない。あんまり緊張感が無いと、ゼンデュウ将軍から「たるんでいますぞ!」と言われかねない。昨日の今日でそんな事、さすがに呆れられてしまう。


「大きな欠伸ですな、勇者殿。朝は苦手でしたかな? そんなにボサボサの頭では示しが付きませんぞ」


 ゼンデュウ将軍が爽やかに言うと、将軍の隣にいた女性、副将のアニルタさんがスッと私の横に来て髪を梳いてくれる。ゼンデュウ将軍とは長い付き合いらしい。薄紫色の、肩まで届かないくらいの綺麗な髪で、スラっと伸びた足が綺麗で羨ましい。本当、チビの私からすれば羨ましすぎる。


「はい、出来ましたよ。勇者様」


 彼女は私の髪を()き終わると再びゼンデュウ将軍の隣に戻る。私がお礼を言うと、優しく微笑んでくれる副将。将軍の隣にいるのがすごく自然。何と言うか、羨ましい関係だなぁって思う。将軍の事をしっかり分かっている副将って感じでさ。


「遅くなりました」


 私達がそんなやり取りをしていると、貴族のギィさんが天幕に入ってくる。優しく柔らかな微笑み。戴冠式の時のような張り詰めた……いや、というかいやらしい……それも違うな。何と言うかトゲトゲした様子が無く、とても良いヒトだった。話をしてみると、とっても優しくて知的なヒトだと分かった。戴冠式の時は、私やオルさんを助ける為にワザと大袈裟に話していたらしいし。


「私も来たばかりです、ギィさん」


 私はそんなギィさんににニコやかに挨拶をする。ギィさんも私に微笑み返してくれる。

 ――うん、良い調子。今日は良い事がありそうだなぁ。

 そんなこんなしていると、続々と中隊長さんが入ってくる。私を含めて八名ほどの人員で、天幕内は狭くて窮屈になった。私とアニルタさん以外は男性の、しかもオジサンばっかりだから、何と言うか……むさ苦しい。


「よし、そろそろ始めるぞ」


 ゼンデュウ将軍の言葉で軍議が始まった。内容は今日の行軍についてなのだが、今朝方ギィさんの妹さんが偶然魔物の巣を発見したらしい。この街を襲ったと思われる、魔物の巣を。

 タウロンという魔物で、活性化前は温厚な魔物だったらしいが、今は凶悪な魔物になっていると推測される。そのタウロンを討伐する事になったのだが……


「――タウロンと言えば、硬いうえに火を噴く。加えて巨体です。数も不明。まともにやりあってもこちらの被害は甚大でしょう」


 アニルタさんの言葉に一同が頷く。分かってないのは私だけのようだ。でも一応空気を読んで神妙な顔つきを保つ。


「囲んで威力の高い魔法で一気に。っていうのはダメなんですか?」


 私の提案に半数が頷く。しかし、将軍、副将は共に難しい顔をしている。腕を組んで唸る将軍の顔を見て、何故だか私は苛立ちを感じてしまった。


「勇者殿、それを行うには相応の準備が必要になりますな。誘い込む方法、場所、陣形など様々な要因を整えねば、タウロンに勝てはしませんぞ」


「じゃあそれ、考えましょう」


 間髪入れずに返す私。こんなにグイグイと発言しているのは珍しい。脅威を知らない故にこんな発言をしているのだろうか。私自身よく分からない。でも、数十名もの軍戦力で工夫しないと勝てない魔物を自由にしておく時間なんて、少ない方が良いに決まっている。


「モタモタしてたら『ゼラ』と同じような事になる所が増えるだけ……でしょ?」


 今回の邪神討伐には魔物討伐も含まれている。神託にそうあったという事は、神様も分かっているんじゃないかな。魔物を放置するとヒトに大変な被害が出る、って。

 それからも私達はタウロン討伐の為に議論した。進軍が遅くなってしまうが、それだけ慎重にならないといけない相手だという事だ。こんな強敵が私の初の実戦になるのかと思うと、身震いがする。頑張らなくては。



 軍議を終え、私は自分の天幕に戻り食事を摂る。昨日の残りを温めただけの食事が、妙に美味しく感じた。やっぱり何かを頑張った後に食べるのは美味しい。私にしては珍しいくらいに意見が言えたから、ほど良く疲労感がある。


「邪魔するわ」


 私が食事を食べ終えると同じく、ピピアノが入って来た。私を見るなり後ろに顔を向けて「大丈夫よ」と声をかける。するとウードとジフテックも入って来た。


「よう、嬢ちゃん」


「失礼します」


 食事が済んだら皆を集めようと思っていたから、丁度良かった。私は食器を机に置くと、先ほど話し合った内容を皆に伝える。ピピアノとは昨日の件で少し気まずい雰囲気もあったけど、気にしてるのは私だけだろうか。


「――なるほど。陽動、罠を使って一斉攻撃。といった流れなんですね。良いと思います」


 ウードが顎に手を当てながら言った。ジフテックもピピアノも無表情……真剣な顔って言った方が良いね。


「簡単に言うとだけどね……」


「タウロンは一体だけなのかしら?」


 私はまだ続けたかったが、少しの間をついてピピアノは心配そうに言う。


「あ、うん、今回リアリスさんが見つけた巣には一体しかいないみたい。今、念の為に周囲の捜索に出てもらっているけど」


「ふーん……嬢ちゃん。タウロン一体で町はこれだけ壊滅すると思うかい? いくら何でも、誰も逃げられていないってのは、ちょっと引っ掛かるな」


 ジフテックの意見は(もっと)もだ。いくら強力な魔物でも、一体だけでこれほどの破壊力を持った魔物であれば、相当強力なはず。他の街や首都の防衛も見直す必要が出てくる。

 『ゼラ』の防壁は他の街に比べて脆いとはゼンデュウ将軍から聞いたけど、それでも私の身長よりも厚い(・・)壁を破っているのだ。


「あぁ、それとジフテック。昨日の調査によると、『バウアウ』の死骸が何体か見つかったみたいなの」


 そう、タウロンの別個体がいたのかもしれないが、タウロンはそれほど素早くはないらしい。逃げられた人が一人もいない事から、他に素早い魔物がいたと考えるのが普通だ。

 バウアウは大きい犬みたいな魔物だ。鋭い牙と爪を持ち、集団で狩りをする獰猛な魔物。活性化前でも危険ではあったが、以前はまだ一般的な兵士でも対処できた。しかし、魔物が強力になっている今はどうか――


「ジフで良いよ、嬢ちゃん。バウアウか、素早いあいつ等なら、町民が逃げられていないのも頷ける」


 ジフは納得したようだ。そう言えば、町についてからはジフの姿見えなかったな。昨日の夜の報告時も見なかった。昨日の夜の報告でこの話はしたから、他の二人は知っている。


「そうなの……そう言えばジフは魔物討伐とかした事あるの?」


 魔物の活性化前までは魔物討伐なんて、ハーシルトの兵士はほとんどした事は無いだろう。稀にヒトの生活圏に迷い込んでくるのと戦った事があるくらいか。強盗団等の対人戦はたまにあるけど。


「まぁ、少しはな。ウードはどうだい?」


 少し、か。ゼンデュウ将軍と知り合いみたいだし、魔物討伐の手伝いとかしてたのかも。

 ――良いなぁ。


「はい。俺は大型の魔物は全くありませんが、バウアウなら結構戦った事ありますよ。傭兵として何国か回りましたので、その道中に。活性化の始まる前ですけどね」


「……ついでに、私は戦った事は無いわ。」


 ウードが答えた後、すぐにピピアノが続ける。ピピアノ、昨日の動きを見る限り、凄く強そうだけど……


「あ、でね。実は、私達四人と、アニルタさん達数名はバウアウの方に当たる事になったの」


 そう、タウロンは居場所も分かり、今対策が進められているが、バウアウは見つかっていない。町の様子から、少なくとも20~30ほどは居たはずだと推測されている。偵察の兵士の情報によると、タウロンの巣とは少し離れた、川沿いの林地帯の方へ向かって移動したようだとのこと。

 ――見つけ出したら私がたくさん倒してやる。


「げぇ。バウアウの相手は俺達かよ。正直言って俺ぁ、素早い相手は苦手だぜ? チョロチョロ動かれたら、当たるもんも当たらねぇ」


 ジフが嫌そうに顔を(しか)める。魔術師であるジフは、どちらかというとタウロンのような遅い相手が向いている。しかし、林地帯を規模の大きい魔法で焼いてもらおうと思っていたので、ジフはこっちだ。


「大丈夫、ジフは林を火系列魔法で焼き払ってくれれば良いから。出てきた魔物は任せて」


 ――そう、簡単な作戦でしょ?出て来た奴は、私が斬るんだから。



 私たちは予定通り「ゼラ」から徒歩で一時間ほどの川沿いの林地帯の近くに来ている。途中で軍と別れてからは八人、バウアウのモノと思われる痕跡を辿っていた。

 道中、作戦を確認し合う。ジフが焼き払い出てきたら仕留める。出て来なかったら鎮火後に確認。ジフがため息をつきながら「めんどくせぇ」と呟いたのを私は聞き逃さなかった。


「ジフ。面倒かもだけどお願いね。ジフの魔法、信じてるから」


 ニコやかに言うと、気まずそうに「え、あぁ……」とジフ。


「見えてきました。坂を超えればもうすぐです、皆さん。慎重に」


 先頭を行くウードがそう言うと、私達は気を引き締める。緊張した空気で小高い坂を上るとそこからは林地帯が一望出来る。と言ってもまだ距離はあるけど。そして林地帯の後ろを大き目の川が轟々と流れていた。何かしらが移動した跡が林地帯まで続いているので、どうやら間違いなさそうだ。


「勇者様、前列は私達が。勇者殿達は少しお下がりください」


 アニルタさんは私を制してそう言うが、そんなつもりは無い。


「いえ、私も前に出ます。後ろにいたのではいつまで経っても成長できません。お飾りの勇者は嫌です」


「しかし、もし勇者様に何かあれば――」


「俺が近くで戦います。アニルタさん、それなら良いでしょう?」


 ウードがそう言う。良いね。仲間って感じ。ピピアノにまた怒られそうだけど、こうやって協力していかないと邪神なんて倒せないと思う。


「あはっ。頼りにしてるよ。ウード♪」


 アニルタさんはまだ何か言いたそうであったが、ウードが任せてと言わんばかりに自分の胸を叩く。納得出来てなさそうなアニルタさんであったが、ジフがそこで言葉を発する。


「そろそろ良いかい? ちゃっちゃと終わらせようぜ?」


 そう言ってポキポキと首を鳴らした。全く、ダルそうにしないでシャキッとしてほしいもんだよ。


「……分かりました。では、勇者様。号令を」


 渋々ではあったが、アニルタさんは臨戦態勢に入る。さすが副将、雰囲気がガラッと変わるのが私にも分かった。


「よし、作戦開始!」


 私はそう言って抜刀。林地帯に剣先を向けた。青い刀身に陽が当たり、妖艶に光る。するとジフが前に。「彼は下がってな」と言うかのように私達に向かってヒラヒラと手を振り、咳を一つ。


「……猛炎よ。広きを焼き尽くす怒れる炎。その力は比類無き破壊の力――」


 彼は杖の先を林に向け、唱え始める。周囲の魔素が集まって来るのがハッキリと分かるくらい、魔素を集めるのが上手い。さすがは熟練した魔術師だ。

 魔法の詠唱中は基本的に無防備になってしまう。激しく動こうものなら、せっかく集めた魔素が霧散してしまうから、守って貰わないと脆い。だから、こういった遠距離からの広範囲魔法が、魔術師とっての戦いの役割分担になっている。まぁ、魔素の扱いに長けた者なんかは、動きながらでもそこそこ大きな魔法を扱えたりするらしいから、個人の才能は重要だけどね。


「眼前に広がるは愚かなる獲物。此度の獲物を姿を残さず灰塵と化せ――」


 杖の先に魔素が渦を巻き、熱を帯び始める。見る見るうちに周囲の温度が上がっていく。暑い。集まった膨大な魔素は赤く色付き、見ている者の本能に訴える。これは危険だ、と。私の危機察知能力も、カンカンと警鐘を鳴らして止まない。


「否、塵も残さず消し飛ばせ!」


 ジフがカッと目を見開いたかと思うと、杖の先端に集まった強大な魔素は一気に圧縮されていく。小指の先ほどの大きさになった時……


「ブレイツ・メガンデ・トルドルガ!」


 叫びと共に杖の先から放たれた小さな小さな球体は、ヒトが走るのと同じくらいの速さで林に吸い込まれていく。


「……」


 僅かな沈黙の後……

 グワッ!ズガァァァァン!そんな凄まじい爆裂音と共に林地帯のほとんどが吹き飛ぶ。土煙で林地帯は覆われ、何がどうなったか分からない。


(あっはっは。この威力ならァ、全部死んだねェ)


 爆音に怯む私の頭の中で、男のヒトの聞こえた気がする。

 ――誰?


「す、凄い……」


 ウードの感嘆の言葉に続くように、皆口々にジフを称賛する。


「凄いですね、ジフテック殿。これほどの魔法が使えるとは……」


「ゲホッ、ゲホッ! や、やり過ぎ、ゲホッ! 少し考えなさいよ……ゲホッ!」


 むせりながらピピアノだけは悪態を付く。丸い耳をペタっと畳んでおり、悪態も勢いが無い。


「げほっ! げぇっほ! す、すまねぇ。久しぶり過ぎて加減を間違えた……」


 魔法を使った当人であるジフもむせりながら応える。


「で、でもこれならバウアウだろうが何だろうが、一溜りもありませんね」


 ウードの言葉にアニルタさんがピクリと反応する。


「いえ、まだ油断はできません。視界が良好になるまで、警戒待機です」


 その言葉を聞き、ウードは警戒し直したようだ。徐々に煙が晴れていき、林地帯だった荒れ地が見えてくる。


「……何にも、無いわ。」


 ピピアノが呆れたように言う。林地帯だったその場所は彼女が言った通り、林の面影はない。消し炭と化した黒い何かの跡が見えるだけ。


「ねぇ……今から急いで戻ればさ、タウロン倒すの、間に合うかな?」


 これだけアッサリとバウアウを討伐出来たのだ。予定より随分早い。今からでも戻って、町を滅茶苦茶にした魔物を――


(倒したいねェ……)


 また聞こえた。誰の声なんだろう。でも、この声の言う通り。私は……


「……勇者様?」


 私の手で……


「フィズさん?」


 この剣で……


「嬢ちゃん?」


 斬り刻みたい……


「フィズ?」


 ――あれ?どうして皆心配そうな顔……うぅん。変なもの(・・・・)を見る顔でこっちを見るの?私はただ、魔物を殺しに行きたいだけなんだけど。


「あぁ――我慢出来ないや」


 踵を返して走り出す。後ろで誰かが何か言っている気がしたけど、関係無い。あ、そうか、もうハッキリと分かる。さっきの声はきっと私だ。私の声だ。


「あぁ! ズルいなぁ、ジフ! 私も殺したい! この手で斬りたい!」


 沸き上がる感情を、私は抑える事が出来なかった。闘争心と焦燥感が入り交じり、何とも心地良い。身体が軽い。今なら何でも出来る。何でも斬り刻める。


「待ってろ! 私が行くまでやられないでよね! あははははははっ!」


「魔剣、『グラキアイル』……か」

「ゼンデュウ将軍♪ 斬っても良い?」

「あははははははははは!」


次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」

「全て私が、この手で」


「全部、全部斬ってやる! あははははははっ!」

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