12話・早く立ちなさい!
オットーと名乗る白衣の男性。その口から聞かれた言葉は、ハルフィエッタ達には聞いた事も無い内容であった。
突如現れたオットーと名乗る男性、突然頭を押さえてしゃがみ込む王子達。私とシャリファだけが動ける状況で、オットーは私達に攻撃を仕掛けて来たのだった。
「西暦は何年かな? 姫君」
「エラハッスフゥン メッサァヘイユ……えと、機械で、見たやつ、は、7884年。だった」
たどたどしいシャリファの言葉を聞くと、両手を広げて大袈裟に驚くオットー。いちいち反応が大袈裟なのよ、こいつ。
「おー。僕とした事が……時空凍結していたのだから、情報更新されている訳がありませんでした」
広げた両手揺らし、やれやれと言った様子で首を振る姿がまた、胡散臭い。
「私、最後、7869年。だった、はず」
「姫君が時空凍結されたのはその年だと情報を貰っているよ。あの年は大変だったね。中東連合軍瓦解の決め手となった戦いの有った年だ」
肩をすくめ、目を瞑って首を振るオットー。もちろん何の話だかさっっっっぱり分からないわ。
「因みにだけど、姫君――確かシャリファちゃんだったよね? 君が時空凍結されてから5年後に僕は配備されたんだ。そしてそこで転がっている博士は、それから約10年後。この区画の時空凍結魔法を発動し、息絶えた。もう戦争の勝敗は見えてたからね。そして今に至る訳さ」
ウロウロと歩きながら語るオットーから、私は目を離さずにいる。手にした黒い……拳銃?とかいうのを何時使用するか分からないからだ。
シャリファの名前を知っているという事は、少なくとも全て嘘であるという事は無さそうだ。この遺跡に関係しているヒトではあるのだろう。
「だから僕の体感的には、ほんの一瞬の内に時が経ってしまった感覚だね。今色々と解析しているけれど……どうやら百年そこいらじゃきかなさそうだ」
人差し指を立たせ、もう片方の手は腰に回してウロウロしている。
――ほんの一瞬の内に百年以上の時が経つ?想像も出来ないわね。
「ところで、そちらの麗しいお嬢さん。お名前を聞かせて頂いてもよろしいですかな?」
ピタリと止まり、私に向かって顔を向けて名を聞いてくる。頭を押さえた王子達はまだ立ち上がれずにいる。少しでも時間を稼いだ方が良さそうね……
「私の名前はハルフィエッタよ。貴方なかなか面白そうなヒトね。もっと色々話を聞かせてくれないかしら?」
「おー! ハルフィエッタ! 麗しい容姿にピッタリの気品溢れる名前だ! こんなに美しい一輪の花と出会えるなんて、僕はなんて幸せなんだ! 僕としても、麗しいお嬢さんと可愛らしい姫君を是非とも持て成したい」
「じゃあ……」
「でも残念。僕には優先するべき命令が組み込まれているんだ。忌々しい事ではあるが、これもアンドロイドたる僕の使命という訳さ」
ワザとらしく頭を抱えて大袈裟に振っている。その行動だけではなく、言葉の調子も大袈裟で胡散臭い。
――あんどろ?何だか分からないけど、とにかく時間を。
「あんどろ何とかって何かしら? 使命って何?」
質問する私をシャリファは横目で見ている。賢い子。時間稼ぎの意図は汲み取っているみたいね。
「おー。麗しいお嬢様の質問を無視するなど、僕の魂が許しはしない。答えましょう」
――よし。案外ちょろい奴かもしれないわ。
私は心の中でニヤリとした。意外と紳士っぽい奴だし、時間稼ぎは楽なのかもしれない。
「アンドロイドとは――つまりは機械。人工的に作られた動く人形のようなモノですよ。僕は人間達に造られこの施設に配備された、言ってしまえば武器や防具と同じ、物ですよ、物」
大袈裟に両手を広げてそう言う。自身の事を物と呼ぶ白衣の男は、私からすれば異常以外の何者でも無かった。
聞き慣れない単語が多く、何をどう聞いて良いのかも分からない私。ま、今は内容なんてどうでも良いのだけど。
「よく分からないけど、生き物ではないって事なの?」
「生き物の定義をどのように解釈するかにもよるけど……この手の論争は何時の時代も尽きなかった。結果だけ言えば僕は生物では無いのです」
悲しむようにガクンと大袈裟に肩を落とす。生き物ではないのに動いて喋っている……よく分からないわ。
両手を広げて説明するオットーは、どこからどう見ても私達と同じにしか見えない。
――魔力は……あまり感じないわね。まさか、シャリファやミアも?
「あー。そちらの姫君はアンドロイドじゃあ無いですよ。ハルフィエッタちゃん。姫君はここでの実験の集大成とも呼べる成功品。そこで寝転がっている博士の最高傑作の改造人間です」
私がチラリとシャリファを見た事から悟ったのか、オットーはそんな事を教えてくれる。また分からない単語が出たわね……
「改造……人間?」
聞き慣れない言葉が多過ぎる。時間稼ぎなのだから、全てを理解する必要は無いのだけれど。オットーの独特の雰囲気が、話の内容と相まって不気味に思える。隣にいるシャリファが震えているのが分かった。
「そう! 様々な薬物投与、魔具の埋め込み手術等の極悪な試練に適応し耐え抜いたまさに唯一無二の最高傑作!」
立ち止まって両手を高く挙げるその姿は、どこか小煩い城の大臣を思い出す。若干リオにも似てるわね。
「魔法無効! 身体能力超強化! 身体超硬化! これらの能力を何の代償無しに発動出来る者など――神に愛されているか、悪魔に弄ばれているか。そのどちらかしか有り得ない。いや或いはその両方なのか!」
魔法無効は分かる。身体強化も。硬化については――確かに素手で剣と渡り合ってはいたけど、歯が立たないくらいではなさそうだったのよね……
もしかすると、シャリファ自身がまだ自分の力を使いこなせていないのかも。
「――ぐ、む」
ようやくよろよろと立ち上がる王子を、私はすぐさま支える。
「王子っ! 大丈夫ですか!?」
「な、何とかな。ハル、状況を説明せよ」
「はい。現在私達は、オットーと名乗る不明勢力と睨み合っています。奴の持つ黒い物体は、離れたところに一瞬で攻撃出来るようです」
掻い摘んで説明する。その間はシャリファがオットーを睨んでくれている。
「さて、時間稼ぎは済んだかな? では麗しいお嬢さん、そろそろ僕の使命を果たさせてもらうとしようか」
まだリオやタカトは起き上がれない。
――ちっ。早く立ちなさい!
「まだ、使命、何か、聞いていない」
良いわねシャリファ!これでもう少しは……
「おー。姫君。これは失礼を……僕の使命はこの司令室に侵入した者の排除、ですよ。とは言え、能力上では僕は姫君に遠く及びませんがね」
「それなら、私達直ぐに出て行くから、見逃して貰えないかしら?」
こんな状態の王子達を気にしながら戦うより、ここは撤退した方が賢明だろう。
「僕も見逃したいのだけれど……ごめんねぇ、ハルフィエッタちゃん。そういう訳にはいかないんだよ」
ジャキっと黒い塊を構える。その先端が私を向いているのなら良いのだけど、私の後ろの王子達に向いていないとは限らない。
――ちっ。どうする。盾の魔法を?いや、詠唱中に攻撃されてしまいそうだ。
「私、どうして、姫? 私、捨て子、だから、姫、違う」
「おー。そろそろ始めたいのですがねぇ……まぁ良いでしょう。それは貴女が一国の姫の様に可憐で美しいからに決まっています!」
「それだけ? じゃあ、ハルも、姫?」
こんな時にこの子は……いや、オットーが右胸を押さえている?
「僕とした事が……もちろん! ハルフィエッタちゃんも姫に決まっています! この世の美しい女性は皆みんな姫君ですから! はーっはっはっは!」
笑いながら左手で頭を押さえるオットーから、シャリファは一瞬も目を離さない。
――このヒト、変だけど何だか嫌いになれないわ。この感じ、状況が状況なら仲良くなれそうな気もするのよね。掴みにくい調子が何か私と似て――って私は何を考えているのかしら。
「――うぅ」
「あ、頭が……」
リオとタカトが頭を押さえて立ち上がった。ジンボルさんは依然として蹲っている。
――よし、後はジンボルさんだけ。王子かリオに頼めば良いわね。
「ほら。続々と立ち上がりましたよ? 今度こそ、使命を果たすと致しましょう!」
「シャリファ! ここは私と貴女で食い止めるわよ! 王子達は逃げてください! ジンボルさんを頼みます!」
「分かった! 私、頑張る!」
「――すまん。聞いたな? 退却だ!」
ジンボルさんを担ぎ、ふらふらと王子達が出入り口に向かう中、私とシャリファはオットーに向かっていく。
拳銃とやらの脅威はあるけど、よく見ていれば回避出来るはず……
「はぁぁああああっ!」
魔素を集めながら突撃する。優先的に狙うは拳銃とかいう黒い武器だ。
「熱の力よ! トルト!」
下級魔法だけど、少しでも気を逸らせればそれで良い。私の放った火球は、オットー目掛けて吸い込まれるように飛んで行く。
「待ちわびましたよ! さぁ、麗しき姫君達よ。私と共に踊りましょう!」
火球を避けるでもなく、嬉しそうにオットーは両手を広げて叫んだのだった。
「良いねぇ! 強気な女性は好みですよ!」
「……正直、アンドロイドとか、機械って言われても全然ピンと来ないのよね」
「ハルフィエッタちゃん。貴女の生体情報を解析させて頂いているのですが、少々不可解な点が見受けられます」
次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」六章13話――
「謎が謎過ぎて、私の頭は破裂しそうよ」
「私が姫かー……むふふ」




