8話・真っ暗な空って不思議なくらい怖いわよね
暴走したシャリファを止めたハルフィエッタ。シャリファは一行と行動を共にする事となった。
怒りに我を忘れて暴れた日の夜、宿の食堂で私は改めて自己紹介をする事となった。暴れた後はタカトや熊さんと意思が疎通出来た気がするけど、今はもう元通り。何言っているのか分からない。
食堂の奥の方に小さな木箱が置かれ、私はその上に立っている。見渡せばタカト達の他に10名以上の大人たちが私を見ている。熊さんと同じような鎧を着ているのだから、この人達も仲間なのだろう。
「え、っと。シャ、シャリファ。という名前です……」
きっと私は今、緊張して消え入りそうな声で喋っているだろう。皆の視線が痛くて思わず下を向いてしまった。
――うぅ、タカトぉ。
「ファティクディー! シャリファ!」
ぶんぶんと大きく手を振るタカト。何を言っているかは分からないけど、きっと私を応援してくれているのだろう。
――うん。やれる。
タカトの応援に私は勇気を貰えた気がした。いや、実際貰ったんだろう。私は顔を上げて息を吸い込んだ。
「えと、改めまして――シャリファと言います。今日は暴れてしまってごめんなさい。昔された実験を思い出してしまって……でももう大丈夫です」
皆静かに聞いてくれている。言葉の意味は分からないだろうに、こんなに真剣に聞いてくれるなんて……
「私を目覚めさせてくれて、感謝します。色々と分からない事ばかりだけど、よろしくお願いします!」
言い終わり頭を下げると、大きな拍手が巻き起こる。恥ずかしいけど、嬉しい。こんな感覚は初めてで、何だかちょっと――心臓が痒い。
「シャリファ! スィンスフロウ アーキャレビッジ!」
タカトが大きな声でそう言うと、皆口々に同様の言葉を発している。良いな、こういうの。こういう感覚はくすぐったいけど、凄く好き。
「あーびゃれじっじ?」
口に出してみると、タカトが苦笑いしているのが見えた。どうやら違うらしい。うん、まずは言葉を覚えよう。そうしたら、もっともっと私は自由に楽しく生きて行けそうな気がするんだ。この仲間達と、この時代で。
この場に何故かハルがいないけど、きっとトイレにでも行ってるんだよね。ハルにも後でちゃんとお礼を言わなきゃ。
※※※※※※※※※※※※
宿泊している宿屋の屋根の上、私は一人で暗い夜空を眺めている。明るいはずの星が雲で隠され、まるで私の心の風景を表しているかのよう……
――このまま一人でどっか行っちゃおうかしら。私よりも頼りになるヒトがいれば、私なんて……
「――なんて、私らしくないわね」
シャリファの顔が頭から離れない。あんなに可愛らしい女の子が、魔法が効かないという反則級の能力を持ち、更に近接戦闘においても私よりも強い。その事実が、鋭い刃となって私の喉元に突き付けられる。
一応勝てたのは本当に運が良かっただけ。あの時シャリファが躓かなければ、どうなっていた事か。
「はぁ……」
溜め息を一つ吐くと、自らの頬をバシンと両手で挟む。小気味良い音が澄み渡った空気に響き、思わず笑いそうになる。
「よし、こういう時は歌おう。考えていても、何もならなそうだし」
私の独り言など、広い空に吸い込まれていくだけ。
「~~~♪」
この歌も、誰の耳に入る事も無く消え去っていくだけ。本当は王子に聞いてほしいくせに。今のごちゃごちゃした頭のままじゃ会いたくない。いや、会いたいけどさ。いや、会いたくない。
「~~~♪」
――私、この旅に出て世の中の広さを知ったわ。お城じゃ強くて可愛い近衛兵として名が通っていたのに、満身創痍の戦いばかり。挙句、小さな子どもにさえ……
でも、戦いの事ばかりではないような気がする。私のこの胸のザワつきは……
「~~~♪」
首の後ろ辺りが急にピリっと痛んだ気がする。
「――ここにいたのか」
はぁ。何で貴方なのよ。普通ここは王子でしょう。
「――何よ、リオ」
歌うのを止めて振り向くと、そこには食料の入ったと思わしき木籠を持ったリオが立っている。
「何って事は無いだろう。夕食も摂らずに。殿下も心配していたぞ」
「王子が? で何で貴方が来たのよ? 王子が来てくれたら元気出たのに」
そう言いながら屋根の端に腰掛け、ふて腐れた調子で足を宙にぶらぶらさせる。今は珍しく王子には会いたくないくせに、私の口からはそんな言葉が出ていた。
「そう言うな。珍しく私がお前を心配しているのだ」
溜め息混じりで言いながら隣に座るリオ。
――珍しくってのが気に喰わないってのよ、いっつも。
「ほら、夕食も食べていないだろう?」
木籠の蓋を開け、私に手渡してくれる。ゴチャゴチャと夕食の残りを詰め込んだであろう籠の中からは、色んな食べ物の匂いが漂ってくる。
「貴方ね、もう少し美味しそうに詰められないの? これじゃあ食欲も無くなるわよ」
と言ったところでお腹が鳴る。気分が下がっていようが、お腹は減るものだ。
「ふん。さっさと食べろ。元気の無いお前など、気持ち悪くて敵わない」
「言ってくれるわねぇ。元気が無いって分かってんなら、もう少し言い方ってものがあるんじゃない?」
肉を摘まんで口に入れる。時間が経って覚めて固くなってしまっていたが、疲れた体には塩気の聞いた味が妙に美味しく感じられた。
「ハル」
「ふぁによ?」
リオは暗い空を見上げた。街の儚い灯が横顔を下方からほんのりと照らし、整った顔立ちが際立って見える。
「殿下はな、私の希望だ」
優し気に開いた口は、そう言葉を吐いた。
「きゅふにふぁによ」
「急でも無いさ。ただ、久しくお前をとゆっくり話す事が無かっただけだ」
そう言えば、お城出てからリオと二人きりは無かったかも。
「獣人の国において肩身の狭い我々ニアイを――殿下は隔てなく接し、こうして重用してくださる。差別意識の高い獣人国の中で、殿下だけが私を私として接してくれる。レオンモラリオ家の長男としてではなく、一人の家臣として」
私はリオの独白を聞きながら、籠の中の食料を消費していく。
ちなみにリオの家は、獣人国でタカトの家と並ぶ程の名家だったと聞いている。リオが小さい頃に両親が亡くなって以来、貴族という肩書は残ってはいるが実質空き家のようなモノとなっているらしい。
「情けで城仕えとなり、数年後に殿下の付き人となった時、私は確信した。殿下の力強い目の中に、未来を見たのだ」
手を挙げたり、両手を広げたりしながら話すリオ。こいつ、王子の話をする時って本当に大袈裟に身振りするわね……
「ニアイもエオーケも――差別の無い、真に強き理想の国の姿を。その国を統べるのは殿下しかいない。と」
「……」
「その時、殿下の傍らにいるのは当然私――とお前だ。ハル」
「あふぁし?」
意外だわ。リオってば私の事は疎ましく思ってるとばかり思っていたけど……
「そうだ。お前は私の理想の為に必要なのだと言っている」
「ゴクン……偉そうに。でもそう言われるのは、不思議と悪い気はしないわね」
ふふんと笑ってリオを見るとリオもまた、ふっ。と小さく笑った。それが気恥しくなりどちらともなく顔を背ける。
「……お前が何をそんなに悩んでいるかは、正直分からない。ただシャリファに勝てなかった事だけでは無いのだろうからな」
「……」
鋭いじゃない。一応同じ近衛兵だし、一応私より十年以上長く生きている訳だから、話せば少しは答えに近づけるかも。
「ねぇ、リオ」
「なんだ?」
「ちょっと馬鹿な事を言うわね」
「いつもの事だろう?」
「……そうね。シャリファってさ、何なのかしら?」
「遺跡から復活した、古代人じゃないのか?」
「そうなんだろうけど、そうじゃないっていうか……」
上手い言葉が見つからない。何て言えば良いのだろう。シャリファから感じる特別な感じは、何と言ったら……
「何が言いたい?」
「言葉にするの、難しいわね……そうね例えば、レンデ大陸じゃない場所から来たみたいな――」
リオが一瞬ピクリと顔を歪ませる。自分で言っておいてなんだけど、こんな表現が一番しっくり来る気がする。
「そうよ、ずっとずっと遠い地からやって来たような……って、そりゃ大昔からだから遠いって思うのかもしれないけど――」
リオの顔を見ると、瞳に陰りが宿っている気がした。
「――リオ? 聞いてるの?」
「……レンデ大陸じゃない場所? ここでは無い※※? レンデ大陸の他? 何故今までそんな事に気付かなかった? そもそも――」
ぶつぶつと呟くリオは、明らかに変だ。そこまで深く思案に入るような場面でもないでしょうに……
呟くリオを見ていると、汗ばみながら呟くのを止めようとしない。よく分からないけど、良い様子には見えない。
「リオ? リオってば」
肩を掴んで軽く揺する。汗ばんだ顔がガクガクと震え、次第に瞳に光が宿る。
「うぁっ! な、何だ? ど、どうしたのだ? っと、おおッ!?」
我に帰って驚いたようで、危うく屋根から落ちかける。私が支えなかったら落ちていたと思う。
「何やってんのよ? で、何か呟いてたけど?」
「……呟いた? 私が?」
首を軽く傾げるリオ。息遣いは荒く、状況を飲み込めていなさそうだ。
「貴方以外いないでしょうが」
私がそう言っても。思い当たらないような顔をする。そんなリオをジトリと睨みつける。
「す、すまない……少し疲れたようだ。すまないが先に休ませてもらう」
立ち上がるリオ。本当に調子悪そうだし、これ以上は何も言わないでおこう……
「――大丈夫? 凄い汗よ?」
「あ、あぁ。問題無い。ではな」
「えぇ、気を付けなさいよ?」
リオはよろよろと屋根から梯子を伝って降りていく。その様子を私は黙って見届けた。
「……何だったのよ?」
暗い空を見上げると、雲の隙間から一筋の流れ星が見えた。キラリと光る星にも元気が貰えたような気がしてグッと拳を握る。
――変なリオだったけど……ま、お陰で何だか悩むのも馬鹿らしくなって来たわ。
「ともかく、もっと強くならなくちゃね。シャリファにも、タカトにもリオにも王子にも――もちろんミアにも、誰にも負けないくらい強く、強く。落ち込んでる場合じゃないって事ね!」
旅に出てから何度目だろうか。私は強く自分に言い聞かせた。魔物やミア達との戦いで、確実に強くなっているとは思うのだけれど、まだまだ足りない。
強くなる為には何だって利用してやるわ。まずはそうね――シャリファの近接戦闘術から学んでやろうかしら。
「――暇そうだなぁ。ハルさんよぉ」
「私は王子となら、どこへでも!」
「ち、か……タッファル オルジィ?」
次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」六章9話――
「私は伝達兵か!」
「違うわよ? 私は強くて可愛い、王子の一番の側近兼……何言わすのよー♪」
「……ハルさん、一人で何やってるの?」
「見るなタカト。馬鹿が移るぞ」




