表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/119

7話・迷い、芽生える

シャリファの体質に目を付けたガンザリアは実験を行った。その事が原因か、シャリファは激怒し、ガンザリアに強烈な一撃を入れたのだった。

「むぅ――!」


 王子の驚いた顔が見えたかと思うと、一瞬で苦しそうな顔に変わる。シャリファの右腕が王子の腹部にめり込んでいるからだ。


「ハラント ミッシィホン?」


 低く唸るようなシャリファの声を聞き、私の頭の中で警鐘が響き渡る。

 危険。そう、危険だと言っているのだ、この小さな女の子を。獣人国王子の近衛兵たる私の本能が。


「王子ッ!」


 咄嗟に駆け出しシャリファを王子から引き剥がす。膝から崩れ落ちる王子には、タカトが駆け寄った。


「王子っ!大丈夫ですかっ!?」


「ハラ タワッカファット リィ ミィン アジ アイスティカハダムゥハ リシェイエン?」


 シャリファの呟きに、憎しみが込められているのがハッキリと分かる。

 ――マズいわね。やはり 止めておくべきだったわ。


「シャリファ、落ち着いて……ぐっ!」


 私は後ろに回りシャリファを強く抱き締めた。しかし、シャリファの肘を水下みぞおちに受け、簡単に抜けられてしまった。


「イーザー カァニィ アンムルックン ヴィリコム ファラン アッシモゥ ハービージィ―キー」


 怯む私を見もせず喋る彼女からは凄まじい怒りが感じられる。怖かったのは分かるし、怒るのも無理はないんだけど、これは何と言うか――異常な怒りだ。

 真っ直ぐに王子を見据え、飛び掛かるシャリファ。襲い掛かる拳を、王子は何とか大剣の腹で受け止めた。

 片膝をついた状態の王子とシャリファでは、まだ王子の方が大きいが……シャリファから感じる存在感のせいで、王子の方が小さく感じてしまう。


「ぐ、ぬぅ」


 馬鹿力の王子とほとんど互角に押し合いをしている。王子が万全では無いとはいえ、いくら何でもこんな少女が押し合えるはずが無い。


「シャリファ! 殿下から離れるんだ!」


 リオがシャリファに近づき、小さな体を抱き上げようとする。

 ――こいつ、子どもだと思ってまだ油断してるの!?


「馬鹿っ! 今そんな風に近づいちゃ――」


 王子と押し合いながら、シャリファは顔を横に向けてリオを見据え――叫んだ。


「ウアァァアアッ!!」


 シャリファは叫ぶと同時にリオに飛び掛かる。体制を崩した王子は前のめりに倒れ込むが、タカトが上手く支え込んだ。


「ラー タラフィルン――ラー タラフィルン」


 今度はもう、リオしか見えていないようだ。

 リオは飛び掛かられたのを上手く避け、距離を取って剣を構えた。


「リオ! ダメよ!」


 咄嗟に私は叫んだが――めるべきはリオじゃない。シャリファだ。

 シャリファの猛攻に、リオは防戦一方。確かにリオは防戦が得意なのだけど、それでもギリギリ。このままだと直ぐに防ぎきれなくなるでしょうね。

 リオも心配だけど、シャリファは素手なのよ?剣で防がれちゃ――

 ――あれ?どうして私、シャリファの心配もしているのかしら?いや、まぁ確かにこんな小さな子を心配するのはオカシくないのかもしれないけど……今はそんな事考えてる場合じゃないわね。とにかく止めないと。私達は邪神討伐という任務を背負っている。こんな所で躓く訳にはいかないわ!

 そんな事を考えている内に、リオの脇腹にシャリファの右膝が突き刺さった。


「ぐ、ぉ――」


 リオは声にならない声を出して吹き飛ばされる。地面を転がり、そのまま動かなくなる。死んではいなさそうだけど……

 本当に有り得ない。こんな小さな体で、しかも身体強化魔法を使っている訳でもない少女に、どうしてこんな速さと力があると言うの?

 今度はゆっくりと王子に近づいていくシャリファ。私もそろそろ動ける。シャリファを睨むが、私を見ず王子を真っ直ぐに見つめていた。


「ク ラォマリン――ハラ フゥ ナッスフゥ?」


 ――させない。王子だけは絶対に。

 私は勢いよく立ち上がり、剣を抜いてシャリファに向かって走り出す。


「――ハル。レェ デェザァイジ」


 私が振り下ろした剣は、難なく回避される。

 反撃の拳を私も避け、魔素を集めながら斬撃を繰り出す。


「汝、燃え上がる火の稚児なり。魔を糧に、我にその猛き炎を与えたまえ――!」


 私の詠唱を聞くと、悲しそうな顔をするシャリファ。


「ハル。アント アィダン?」


「くっ! ギヴン・トルトン!」


 剣に炎を纏わせ、斬撃の密度を上げる。しかし、やはりと言うべきか、シャリファに届く前に炎は魔素となり即座に散っていく。


「ちっ。やっぱり無駄ね」


 纏う炎を無くした剣は、虚しく空を斬った。シャリファは反撃を繰り出し、私との攻防の応酬が始まる。


「ハル。レェ デェザァイジ。アン タァイエボン――」


 拳と剣が触れ合っているというのに、まるで岩に剣をぶつけているような感覚がする。しかし、よくよく見れば……シャリファの拳からは血が流れ落ちている。


「もう止めなさい、シャリファ! このままじゃ――」


 数分間の激しい攻防が続き、少しずつ押され始めてきた頃、シャリファは地面の僅かな起伏に足を取られ――よろけた。


「今っ!」


 私は咄嗟によろけたシャリファの足を蹴り払う。尻もちをついたシャリファの眼前に剣を突き付ける。

 ――危なかった。こんな奇跡が起きなければ確実に負けていたわね。


「ハァ、ハァ。動かないで」


「ハル――タァイラ イレ ニィハイアティ……」


 シャリファは立ち上がろうとせず、座り込んだままうつむいている。何を言っているのかは分からないし、こんな小さな子を手に掛ける事は出来るだけしたくはない。

 ――でも、でもどうしろって言うの?こんな風に言葉も通じない、文化だってきっと違うし、習慣だって違うような……しかも素手でこれだけ強い子を野放しになんてして置けるはずがないわ。

 それならいっそ、見つけて目覚めさせてしまった者が後始末するのが筋ってヤツかもしれない。


「ごめん……シャリファ!」


 私は剣を握り締め、一気に振り被る。

 ――ごめん、ごめんねシャリファ。王子に手を出してしまった以上、私は黙っている訳にはいかないの。

 虚ろな表情で顔を上げたシャリファの頬を、一筋の涙が伝う。その涙を見た瞬間、タカトがシャリファと私の間に入り、私に向かって両手を広げた。


「ダメッ!」


「――タカト、どきなさい。王子に手を出した以上、仕方ない事なの」


 私だって、嫌だけど――でも、嫌ってだけで辞める事の出来るような軽い職務じゃあないの。

 唇を噛み締め、理性を殺す。そうしないと、この幼い二人に剣を向けている自分自身に恐怖してしまいそうだから。


「どけないよ、ハルさん」


 タカトは真っ直ぐとした瞳で私を見ている。くりくりとした可愛らしい目が、私の揺れる内面を映し出してしまいそうなくらいに輝いて見える。

 事実、タカトの瞳の中の私は、実に情けない顔をしていた。それを見た瞬間、剣を握る私の手が少し緩む。

 ――そんな目で、私を見ないで……


「……どきなさいよ」


「どけないよ、ハルさん。悪いのは――ボク達だ」


 そう言ってタカトは優しく微笑む。その笑顔を、何故か私は直視出来ない。

 ――そんなの、そんなの分かっているわよ!


「――それでも、シャリファは王子に手を出したわ。近衛兵の私達は、王子に危害を加える者に容赦はしていけないの」


 努めて無機質に言う。


「そんなの、シャリファには関係無いよ」


「私達には――」


「良い。ハル。剣を降ろせ」


 回復した王子がゆっくりと歩いて来て、私の横に立った。


「お、王子! でも――」


「良いから降ろすんだ」


 王子の眼力と、タカトの真っ直ぐな眼差しを受け、私はゆっくりと剣を降ろす。

 

「タカト、任せる」


 王子はそれだけ言うと、その場にドカッと座り込んだ。

 剣を鞘に納め、私はその横に座る。


「ごめん――ごめんよシャリファ!」


「――タキャト?」


 くるりと振り返ったタカトは、シャリファに頭を下げて謝罪をする。その様子を見て、シャリファは驚いた顔をする。


「たぶん――いや君はきっと長い、気が遠くなるほどに長い眠りから覚めたばかりなんだよね。それなのに、起きて次の日にこんな事……言葉だってロクに通じて無いのに、名前だってまだ曖昧なままなのに……」

 

 シャリファとタカトは対峙したまま、動かない。じっと見つめ合い、シャリファはタカトの言葉を待っているようだった。


「こんな風に終わっちゃうなんて嫌だよ、ボク。折角仲良くなれそうなのにさ」


「……」


「目覚めたばかりで、こんなのって無いよね。まずはお互いに色々知っていかないと――」


 そう言うと、シャリファを優しく抱き締めるタカト。シャリファは驚いた顔のまま何も抵抗せず、ただ体を預けている。


「そうだよ。ボクはまだ君に言っていない言葉があったんだ」


「――マァダァ?」


「ようこそボクらの時代へ。歓迎するよ。楽しんで」


 優しい口調で放たれた言葉は、意味は通じなくとも、シャリファにはしっかりと届いたようだ。タカトはスッと離れ、シャリファの両肩を掴む。


「まずは言葉を覚えようか、シャリファ。こんな事がもう起こらないようにさ。言葉が全てじゃあないけど、相手に伝える為の手段は多い方が良いよ」


「タキャト……」


「あははっ。ボクはタカトだよ。タ・カ・ト。しっかり覚えてよね、シャリファ」


「タ・カ・ト?」


「そう、タカトだよ」


「タカト――タカト」


「うん。そうだよシャリファ。本当にごめんね」


 タカトは再び頭を下げる。この頃には、シャリファから感じたザラザラとした嫌な雰囲気は、感じなくなっていた。


「インナァ アシィフ アマニ ジロック……」


 タカトに向かって頭を下げるシャリファ。

 

「オリード アン アプゥカ マァ タカト……」


 立ち上がりタカトを見つめるシャリファの頬を、再び一筋の涙が伝っている。


「オファナハァ ホォカァダ……」


 しゅんと下を向くシャリファ。


「アレェイス サヒィハン……?」


 うつむいたシャリファの手を強く握ったタカト。シャリファは驚いて顔を上げた。太陽が眩しく照らす二人を、私だけ直視出来ない。横目でチラチラと見るのが精一杯だ。


「大丈夫だよっ! 一緒に行こう!」


 ――タカト、シャリファの言っている言葉の意味が分かるのかしら?私は相変わらずさっぱり分からないわ。


「ハラ ハーダン サヒィハ?」


 嬉しそうな驚き顔、とでも言えば良いのだろうか。先ほどまでの憎しみや諦めに支配されたシャリファは、もうどこにも見当たらない。そこにいるのは、ただの少女。どこにでもいるような――ただの子どもだ。

 ――しっかし貴方達、どうして意思疎通出来てるのよ?相変わらず私には、ホニャホニャ言ってるようにしか聞こえないわ。


「王子王子――」


 手を取り合って仲良さそうにしている二人を横目に、私は隣の王子をコソコソと呼んだ。重い気分の時は、馬鹿な事言って気を紛らわせるに限る。


「なんだ?」


「これが若さ、ですかね?」


「急に老け込むな」


「いやー、私もすっかりオバちゃんですよぉ」


「ふっ。リオの事を笑えんな」


「あ、そう言えばリオは?」


「生きているようだ。先ほどから動いてはいる」

 

 リオの方を見やると、辛そうに腹部を押さえて膝を着く姿が見受けられた。


「大丈夫そうですねぇ」


 と、私達がコソコソと他愛無いやり取りをしていると――


「お、王子っ!」


 タカトがこちらを向いて王子を呼ぶ。シャリファも一緒にこちらを見ている。


「シャリファを、一緒に連れて行っても良いでしょうかっ?」


「――シャリファ、貴公がそれを望むのなら、我は構わぬ」


 どっしりと座ったまま、王子は答えた。


「良かった! シャリファ、良いってさ!」


 王子の返答を聞き、タカトは嬉しそうにシャリファの方を見る。

 シャリファは安堵の表情を浮かべ、王子の方へ改めて向き直した。


「ダッバ……インナァ アシィホン」


 申し訳なさそうに言うシャリファを前に王子は立ち上がり、その大きな体を大きく曲げて頭を下げた。


「シャリファ、本当に済まなかった。貴公の気持ちも考えず、いたずらに貴公に対し失礼な事をしてしまった。許してほしい」


 シャリファ以上に、私が驚く。王子が、あの王子がここまで頭を大きく下げ、謝罪などした事があっただろうか。小さな謝罪なんかは今までもあったけど――

 王族という方々は、基本的に大きく謝罪をする事を家臣達から許されていない。上に立つ者として、相手に隙を見せる事に繋がってしまうからだ。

 ――王子はこの旅に出てから変わったと思うわ。いえ、変わったというより、きっとこれが元々王子というヒトなんだわ。


 私は素直に王子の成長を喜んだが、同時に言い知れぬ焦燥感に駆られる。これは――嫉妬?


「――まさかね。こんな子供に、何を嫉妬する必要があるのよ」


 私は誰にも聞こえない声で呟く。

 

「無礼な事をしておいて、更に無礼を重ねるが――その力、我達の目的の為に貸してくれまいか?」


 差し出した手を、シャリファがおずおずと握る。お城にいた頃の、堅物の王子より、私はこっちの方が好きね。いやいや、お城に居た頃より、更に好きになったと言う方が正しいわ。どんな王子でも、王子は王子なのだから。

 でも――だからこそなのだろうか、この焦燥感は。この感覚は、私に一体何を伝えたいって言うの?

 

「シュックラン レッカ!」


 涙ながらに答えたシャリファ。その様子を見てタカトも涙を流す。王子も少し涙ぐんでいるようだ。

 ――ちょっと待って。これ、王子もシャリファと意思疎通出来てないかしら?

 腑に落ちない気分で、私は一人取り残されたように感じるのだった。

「王子が? で何で貴方が来たのよ? 王子が来てくれたら元気出たのに」

「殿下はな、私の希望だ」

「その時、殿下の傍らにいるのは当然私――とお前だ。ハル」


次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」六章8話――

「真っ暗な空って不思議なくらい怖いわよね」


「ふんふんはーん♪」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ