1話・魔法が効かなくて硬い魔物とか、ふざけんじゃないわよ
謎の女、ミアを退けたガンザリア一行は、鉱山国の首都へ向かう途中の街で待機している。そんな時、街では新たな出来事が待ち受けていた。
ミアを撃退してから数日後、私達は鉱山の街「アーガ」で待機している。
何故待機しているかというと、この先にある大橋が魔物の仕業か、崩れてしまっているそうで――
「橋が無ければこの先の川は渡れません。橋を直すにはまだ数日掛かるという話ですので、ここで休息しませんか?」
というボーウスの提案により、私達は待機する事になったのだ。もちろん、ただ休息という訳ではなく、アーガ周辺の魔物討伐をしたり、訓練をしたり。いつまたミアが現れるとも分からないから、意外と緊迫した日々を送っているわ。
「王子ー。そろそろ休憩にしませんかー? もう昼食の時間ですよー?」
ここアーガはそこそこに大きな街で、リフテアよりも断然広い。今私達がいるような訓練場も備えられており、常駐する兵士の為に立派な兵舎が設けられている。
壁内に山があり、中に入って鉱石を掘るというのが、この街の主産業だ。お国柄なのか――無骨な感じの街造りが、妙に王子に似合うと思う。
「うむ。いや、我はもう少し剣を振りたい。先に行っててくれ」
この前、ミアと戦って以来、さすがの王子も思うところがあったみたい。
――全く。王子だって勝てないと悔しいんじゃない。
「お・う・じっ。お気持ちは痛いほど分かりますけど、食べる時に食べて、それから訓練しましょう。しっかり栄養付けた方が、強くなれるんですよっ」
努めて明るく言う。王子みたいにカッコよく元気付けられる気はしないけど、私には私なりの励まし方がある。
「――そう言われては、行かぬ訳にはいかんな。では食後は模擬戦に付き合え、ハル」
「はいっ。ところで、美味しい石焼料理のお店を教えてもらったんですよー♪ 王子も絶対気に入ります♪」
王子は一旦悩むと思い詰めてしまう質なので、私はあえて能天気を装って接する。ま、いつも能天気だから、要は普通に接するだけなんだけど。
「ふっ。ハル」
私を見て微笑む王子。
「はい?」
――え、何?やだ、その顔はヤバいって……
そう思いつつ、私は顔を背けそうになる。
「いや、何でも無い。行くぞ。石焼料理とやらが楽しみだ」
そう言って私より先に訓練場の出入り口へ向かう。
「あ、待ってくださいよーっ」
――もう、何なのよ?この毛むくじゃら。
私はそう思いながらも、頬が熱くなっているのを意識せずにはいられなかった。
石焼料理を堪能し、店を出る王子と私。
「美味しかったですねー♪」
熱した石をお皿代わりに使った料理が絶品だったわ。
「うむ。悪くなかった。タカトも呼べば良かったな」
王子が満足そうで良かった。タカトを呼べば良かったってのは、今後作らせるつもりだったからね。きっと。つまり相当気に入ったって事よねぇ。
「ふふっ」
思わず笑いが漏れる。
「何だ?」
「いえ、満足して頂けたようで良かったです」
王子が元気なら、私は嬉しい。
「……気を遣わせたようだな」
そう言ってポン、と私の頭に手を置く王子。
「うぇ?」
そのまま掴んでぐりぐり。
あわわわわ――
「だが、我を心配する前に、もっと自らを鍛えよ。この街についてから、模擬戦での動きが悪いぞ」
バレてる。数日前の戦闘以来、どうも変なのよねぇ。何て言うか、相手の動きが分かるって言うの?
私の反応が良くなったのかもしれない。感覚に体がついて来ない、そんな感じ。
「しゅ、しゅみませんっ。も、もっと真面目に訓練しましゅ~っ」
揺さぶりが終わり、くしゃくしゃになった髪を整えていると、タカトの声が聞こえる。
「あ、王子っ! ハルさんっ! ここに居たんですねっ!」
何やら急いでいるようだ。私達の元まで来ると、ハァハァと息を整えている。
「どうした? 何かあったのか?」
王子の問いに、呼吸整わぬままに口を開くタカト。
「は、はいっ。街の中の、鉱山から、魔物が、出て来たんですっ」
壁内にある鉱山から?だとすれば、街のヒト達が危ないっ。
私と王子は顔を見合わせ、互いに頷いた。
「魔物の種類、数、被害は?」
「出て来たのは数体の、見た事の無い魔物です。リオさんと数人の騎士さんが応戦していますが、魔法が効かずに苦戦していますっ。鈍重な動きですが、鉱山に居たヒトが数人、怪我を――」
魔法が効かない?相当硬い魔物なのね。
それに、見た事が無いってのは気になるわね。
「よし、行くぞッ! ついて来いッ!」
「「はいっ!」」
王子を先頭に、鉱山入口まで駆けていく私達。
――新種と思われる魔物か……急がないと!
鉱山入口がある広場に到着する。タカトの情報通り、リオと数人の騎士さんが戦っているようだ。街のヒト達は避難した様子で、この場には私達しかいなかった。
「リオッ!」
王子が叫ぶと、リオは敵と対峙したまま答える。
敵は――確かに見た事の無い魔物だ。直径は私の身長と同じくらい、高さは私の身長の半分くらい思われる、四足歩行の魔物。
その表面は、大人の手の平程の大きさの、土色の鱗のようなモノで覆われている。細くツンと尖った鼻、涎を垂らす口元には、鋭そうな牙。
「殿下ッ! お待ちしておりましたッ! この魔物、魔法が効かず、鱗は頑強で刃が通りませんッ! 殿下の大剣で潰し斬るか、別の手を考えないと――」
魔物の数はそれほど多くはない。それにリオや騎士さんも、特にやられているでもない。
「動きは遅いのですが、如何せん硬いので、このままではいずれ――」
のろのろと動く魔物のせいで、イマイチ危機感が伝わって来ないが、言われてみれば、危険である。
「本当に魔法が効かないの?」
私は試してみる事にした。
――もしかして、リオの魔法が弱いだけかも。
とか口に出したら後が怖いので、言わない。
「熱の力よ――トルト」
魔物に向かって魔法を放つ。放たれた魔法は、真っ直ぐに魔物に飛んで行き――
ポシュウ
当たる前に魔素にまで分解されて消える。
「あ、本当に効かないわね」
「だから言っているだろうッ! この馬鹿娘がッ!」
「何か苦戦してる感じ無かったから、試しただけよっ!」
「さて、どれくらい硬いか分からぬが――やってみるか」
楽しそうに大剣を構える王子に水を差すと怒られそうだと思い、何も言わずに見送る。
駆け出した王子は、一番近くにいた魔物に向かって行く。
「ぬぅんッ!」
勢いのついたまま、大剣を魔物に向かって振り下ろした。
ぐちゅっと気持ちの悪い音を立てて、魔物は潰れた。斬れたのではなく、潰れた。
口から大量の血を吐き、歪む体をピクつかせている。
「「うわぁ――」」
その様子を見て、私とタカトは正直、引いた。
何だろう、さんざん魔物を斬ったりしてたけど、圧死はちょっと気持ち悪いなぁ……
「ふむ、我ならやれるか。よし、順番に潰していく。それまで堪えよ」
王子の言葉に、騎士さんとリオは安堵したようだ。
確かに、攻撃が通じない相手と戦うっていうのは、焦るわよねぇ。
でも、全部王子に任せてしまうっていうのも、何だか気が引ける。というか悔しい。
――もう少し強い魔法も試してみようかしら。
「豪炎の槍よ――」
魔素を右手に集め、槍のような形を形成する。
「我に仇名す敵を貫け! ランロン・トルトン!」
形成した炎の槍を、魔物に向かって投げ付ける。
吸い込まれるように命中した槍は、かなり弱められたものの、魔物の体に突き刺さった。
「お、なんだ、全く効かない訳でもないわね」
これは嬉しい発見だ。
「ふむ、無効ではなく弱体化だったか、よくやったな、馬鹿娘」
いちいちこのオジサンは――
まぁ良いわ。私はリオと違って短気じゃないから、これくらい流してあげるわ。
「よし! 中位魔法以上で応戦、魔物を殲滅せよ!」
王子が号令を出す。それからは簡単だった。
魔物を全て倒し終わると、リオが王子の元へやってくる。
「助かりました、殿下」
私にもお礼を言いなさいよ。という無言の圧力を掛ける。
「――助かった、ハル」
むきー。何で不服そうに言うのよっ。
「しかし、王子の大剣以外の剣は、全く通りませんでした」
「うむ。刃が通らず、魔法に耐性がある魔物もいる、という事は覚えておかねばなるまいな」
その時私達の元へ、鉱山夫と思わしき一団がやって来る。
その中の代表っぽいヒトが、一歩前に出て口を開く。
「あんたらが退治してくれたのかい? あのドゥニメルどもを」
聞いた事の無い魔物のだわ。
「そうだが、ドゥニメル? 鉱山国では一般的な魔物か?」
リオが答え、問うと、彼らは小さく歓喜した。
「おぉ。ありがてぇ。いや、ドゥニメルは一般的では無いな。ここ最近見られるようになった魔物で、とにかく硬くてお手上げ状態だったんだ。本当に助かったぜ」
最近見られるようになった、か。
魔物の活性化現象の影響かしらねぇ――
「怪我人の運び出しまで手伝ってくれたって? 本当に何から何まで――」
感動した様子で、リオの手をガシッと掴む鉱山夫。
「い、いや、私は食い止めるだけで精一杯だった。殿下がいなければ、私達だってどうする事も出来なかったんだ」
そう言うと、王子の方を見る。
「殿下? そっちのお方は、貴族様かい?」
鉱山夫は王子を見て言った。
「貴族ではない。我はガンザリア・デッグタム・ダンザロア。獣人国の第二王子だ」
一同にザワつきが走る。
「お、王子だったのかい。あ、いや、王子様でしたのかい――」
そう言って跪く。
総勢十数人が一斉に跪いたので、少し風が吹いた。
「畏まる必要は無い。旅の途中である。王威を振りかざすつもりも無い」
王子の反応に、鉱山夫達は顔を上げる。
「神託を受けた王子――勇者様だってのなら、ドゥニメルを倒せたのも頷けまさぁ」
うんうん、と同調する鉱山夫達。
「うむ、この程度ならば、何も問題が無い。こいつらは、鉱山の中にまだまだいるのか?」
魔物がいるのなら、勇者の使命に従って退治に向かわなければならない、か。
王子は鉱山の入口を見つめている。
「いる――と思いまさぁ。最近、鉱山を掘っていたら、とてつもなく広い空洞を掘り当てまして、そこから出てきたのがこいつらでさぁ」
広い空洞ねぇ――
想像するとなんだか怖いわね。
「空洞? そこには鉱石は豊富なのか?」
王子の問いに、腕を組んで唸る鉱山夫。
「恥ずかしい話、ドゥニメルどもに遭遇しちまって、慌てて逃げたんで、調査が進んでないんで分からないんでさぁ。空洞入口は何とか塞いだんですが、少数はこっちに残ったままで――」
なるほど、だから、いると思う、って言ったのね。
「ふむ……」
腕を組み、考え込む王子。
まぁ、神託とか関係無しに、きっと王子の事だから、行くわよね。
「よし。リオ、ハル、タカト。我に続け。目的、ドゥニメル殲滅。騎士団は鉱山入口にて防衛を」
ほらね。王子の事は何だって分かるのよ、私は。
「よし、貴公の覚悟は分かった。では頼むとしよう」
「えっと、あの岩の下……ですか?」
「殿下ッ? ここまでとは違うのですよ?」
次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」六章2話――
「立場が違えば、ここに居る理由も違うわよ」
「オジサン達ってどうして、ガッハッハー、みたいに笑うのかしらね?」




