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最終話・兵士と聖王

魔物は倒され、ウルバリアスは平和を取り戻した。脅威は完全取り去られた訳ではないが、着実に前へと進もうとアルカリ―ナ達は歩き始める。

 アーモ・マイデグリア(森を喰らう者)との戦いからしばらくの後。卵捜索は依然として続けられているが、国中は落ち着きを取り戻しつつある。戦死した兵士達の国葬の場で、アルカリ―ナは聖王に就任の意を示して物議を醸している最中だ。

 アルトは卵の捜索任務に従事し、王都へ帰還した日以来アルカリ―ナ達は会っていなかった。


「ではアル様、これで段取りは全てです。ですが、戴冠式が終わるまで何があるか分かりません。くれぐれも油断なさいませんよう……」


 王宮にある元ガーデナの私室で、二人はテーブルを挟んで座り戴冠式までの段取りを打ち合わせしていた。前例の無い事であった故に難航するかと思われたが、意外なほどにすんなりと事が進んでいる事にガーデナは警戒を強めているのだ。

 後数時間で行われる戴冠式を見る為に王宮前にはウルバリアスの国民達が大勢集まっており、外はガヤガヤと大賑わいであった。

 

「あぁ、気を付ける。それとその、ガーデナ」


「はい?」


 頬をポリポリと掻くアルカリ―ナ。いつもの動きやすそうな軽鎧とは違い、緑色を基調にしたドレスを身に纏っている。戴冠式が済めば、頭には王冠が乗る予定である。反対にガーデナは以前のアルカリ―ナのように軽鎧で動きやすそうだ。髪も短くしているが、透き通る白肌は変わらず人形のようだ。


「その、なんだ……色々済まなかった。オレの我が儘でお前には苦労ばかり……聖王になるって、こんなに大変な事だったんだな。今回の事で文字通り身に染みた。これからはガーデナのような良い王様になれるように、今までの分も頑張ってみるよ」


「ふふっ。それを羨ましがったのは私です、アル様。あの魔法を使えるのはやはりアル様だけのようですし、王としての器は充分にあると思います。アル様ならきっと良い王様になれますよ」


 優しく微笑むガーデナと、照れるアルカリ―ナ。アルカリ―ナは戦いの前よりも痩せ、その顔色から疲れが容易に見て取れた。


「しかし、もう大丈夫なんですか? 死者の想いが入り込んだとの事で、大変な様子でしたが……」


 ガーデナの心配は尤もだった。戦いの後二日に渡ってアルカリ―ナは泣き続けた。アルトに支えられて帰還する姿を国民に見せる訳には行かないというガーデナの計らいを断り、号泣しながらの帰還を国民の下に晒した。


「あぁ……何とかな。あの強烈な感覚は忘れられそうに無いが、それを受け止めてこその聖王だ。あの魔法を使える者として、皆の遺志を継ぐつもりで国を――国民を守っていきたい」


 グッと拳を握る姿から、ガーデナは確かな覚悟を感じ取る。しかし、その覚悟が彼女を少しだけ不安にさせた。


「立派です、アル様。ですが……」


「お前の心配は分かる。まだまだオレは未熟過ぎるし、あの感覚をずっと忘れられないかもしれない、克服出来ないかもしれない。だがな、オレはもう一人で悩む事は無いんだ」


「アル様……」


 窓から射し込む暖かい光、ザワザワと巨木の葉が揺れた時、二人は窓の方を向いた。賑わう王宮前の弾むような笑い声が聞こえ、アルカリ―ナは思わず口元が緩んだ。


「オレはこの国が好きだ。葉っぱの隙間から射し込む暖かい光や、巨木の放つ力強い生命の匂い。良い奴ばかりの国民達……オレはそれを脅かす魔物を片っ端からぶっ殺せれば良いと思っていた」


「……」


「軍神なんて呼ばれてさ、調子に乗っていた事もあったけど、救えなかった命や守れなかったモノだってあった。魔物の活性化なんていう現象が起きて、救えない命が増えて、悔しさが増えて……」


 アルカリ―ナは窓の遠く、記憶の彼方を見つめて唇を軽く噛んだ。


「相談されないまでも、察してはおりました。今にして思えば、私からもお声掛けするべきでした」


 そう言ってガーデナはアルカリ―ナに向かって頭を下げる。サラリと流れる白銀に日光が煌めく。


「お前が謝る事は無い。オレの変な拘りさ。聖王をお前に押し付けておいて、心の何処かで未練があったのかもしれない」


「未練?」


「あぁ。この国の王族に生まれた事に対してだ。きっとガーデナに負けたくなかったんだと思う。民を守りたい気持ちってヤツでさ」


 クスりと笑うガーデナと、ニヤリと笑うアルカリ―ナ。


「ふふ。まぁ、私はいずれこうなるとは思っていましたからね。その気持ちで言うならば初めから勝てませんよ」


「ははっ。ガーデナは予知者か? でも、本当に迷惑を掛けた。子どもの頃の軽い悪戯から始まった事だとは言え、大きな責任を押し付けた事は何度謝っても済む事では無いが……済まなかった」


 申し訳なさそうにアルカリ―ナが頭を下げると、ガーデナはまたもクスりと笑った。


「ふふ……良いんだよ、アルちゃん。今までの色んな事があって、今ここに私とアルちゃんがいるの。それに仕返しならもうしたんだし、もう気にしないで良いんだよ」


 子どもの頃の呼び方と、子どもの頃のような無邪気な笑顔が、アルカリ―ナの心を軽くする。


「ガーデナ……ははっ。やっぱりお前には敵わないなぁ。これからも側に居て色々助けてくれ」


 涙をグッと堪えるアルカリ―ナを見て、ガーデナは笑顔のまま頷いた後、ワザとらしく溜め息を吐いた。


「でも、助けるって言っても何だか私だけじゃ難しそうです。不本意ながらアル様の大好きな彼にも手伝ってもらいましょうね?」


「ア、アルトの事は……べ、別に大好きとかじゃ……無――」


「誰もアルト君だなんて言ってませんけど?」


「な! くぅ……!」


 顔を赤らめるアルカリ―ナを見て、ガーデナは口元を押さえて爆笑した。


「ぶっ! くふぅ! あー、しばらくはこれで笑わせてもらえそうですね。明日からおちょくりますよ」


「わ、笑うなおちょくるな!」


 ゴンゴン。

 その時、部屋の扉をノックする音が響く。


「む? 誰だ?」


「さて、お客さんのようですし、私は退室しますね? 後ほどまた……」


 そう言ってガーデナは立ち上がり、扉まで歩き静かに開けて退室する。扉の向こうで立っていた人物は彼女にボソボソと何かを囁かれ、ぶんぶんと首を横に振って入室する。


「アルト?」


「……」


 アルカリ―ナを見つめて固まるアルト。


「おい。アルト?」


「あ、はい、アルカリ―ナさん。な、何のご用でしょうか?」


 アルカリ―ナの前に立ち、兜を脱いで小脇に抱えるアルト。緊張した面持ちと赤い髪が相まって何処か照れているようにも見受けれる。


「ん? オレは別に呼んでいないぞ?」


「え? ガーデナ様からこの時間に来るようにと……」


 アルカリ―ナは溜め息をつき、頭に手をやった。


「えーと? 用事が無いなら、僕は警備配置に戻り――」


「まて、せっかく来たんだ。その、少しくらい良いじゃないか」


 椅子に座ったまま上目遣いでアルトを見ると、一瞬目が合うものの互いに目線を逸らした。


「……」


「……」


 しばらく沈黙が続き、アルカリ―ナは小さく笑う。


「ふふ。これからも頼むぞ、アルト」


 アルトも小さく笑って答える。


「はい。アルカリ―ナさん」


 軍神と呼ばれた女性は、この後聖王として即位した。新兵として軍人となった男性は、この後活躍して軍神と呼ばれていく事になるが、それはまた別の機会に語られる事だろう。

 これは大陸の一つの国で起こった戦いの一幕でしかない。大陸全土を巻き込んでいる邪神騒動の片隅で起こった話である。しかし、この国で生きて死んだ者達にとってはこれは物語ではなく真実であった。

 全てのモノは死ぬ。それは必然であるし、全てが壮大でドラマチックであるはずが無いのだ。ただそれ故に日常は美しく、一瞬の時を精一杯過ごす事こそが、生きるという事なのではないか。


「――その、アルカリ―ナさん」


 しばらく談笑した後、もう少しで戴冠式も始まろうという時に、彼は彼女の名を呼んだ。


「うん?」


 テーブルを挟んで向かいに座る彼女は首を傾げ、柔らかな笑みを彼に向ける。


「好き、です」


 赤面して言う彼に対し、彼女も赤面し沈黙するが、やがて小さく笑って満足そうな溜め息をつく。


「オレもだよアルト。いや、オレは大好きだ」


 告げられた言葉を素直に受け止め、自らの気持ちも素直に伝えられた二人は、出会った頃の二人と比べるとまるで別人のようにすら感じられた。

 窓から射し込む暖かな光と揺れる巨木の葉。それらを吸収し、巨木は二人の様子を見守っていた。何も干渉せず、ただ雄大にずっと、ずっと……

 

※※※※※※※※


 ――時は少し遡り、アーモ・マイデグリア討伐の数日後、聖樹「セイグドバウム」下層――


「えっとー。あ、発見! これが神様の言ってた『卵』ってヤツじゃね? あーしってばマジ有能!」


 弾む幼い声が不気味に木霊し、蟷螂かまきりの魔物の死骸と近くに横たわる男性二人の遺体に群がる黒い虫達が散っていく。割れた魔物の体からは卵と思わしき黒い玉が飛び出しており、数個は割れずに残っている。

 狐の半面に巫女服といった、暗く苔むした巨木の下層には異様と思える出で立ちの少女は、散った虫達を見てワザとらしい嗚咽の声を漏らす。


「うぇ……オジさん達マジカワイソー。尊い犠牲ってヤツ? ま、運が無かったって事っしょ? あーしには関係ナッシ! さて、と――」


 取り出した鉄扇をバッと開くと、卵に向かって軽く薙いだ。


「ちょうごかこー」


 ぶわっと巻き起こった烈風が卵もろとも魔物の死骸と男性達の遺体を斬り刻む。バラバラになったそれらを見て、少女は満足そうに腕を組んだ。


「アーハッハッハ! これでミッションコンプリート! 楽勝過ぎてマジパネェ!」


 ひとしきり笑った後、少女は数枚の紙の札を取り出し宙に放った。札は円を描いて止まり、円の中は黒く歪んだ空間が揺らめいている。


「さーて。帰ろっと♪ 神様褒めてくれるかなー? にっしっし……」


 少女が歪みに入り消え去ると、札は一瞬で燃え尽きた。誰も居なくなった空間を一部始終巨木は見つめ続けたのだった。

「さて、アルト。オレと共に国を盛り上げてくれるよな?」


「はい、アルカリ―ナさん」


「……それは、その、そういう事だけど良いんだよな?」


「もちろんです。アルカリ―ナさん」


「ん。す、少しは恥ずかしがれよな……それと、『さん』付けしないで呼んでほしい……」


「分かりました。ア、アルカ、リーナ……」


「そこで照れんのかよ」


次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」六章1話――

「魔法が効かなくて硬い魔物とか、ふざけんじゃないわよ」


「さーて。久しぶりに私達の番ね。王子ー! 出番ですよー!」

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