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17話・流る涙は命の

大勢の犠牲を払い、魔物を討伐したウルバリアス軍。トドメを刺したアルカリ―ナに違和感を感じたアルトだったが……

「アルカリ―ナさん?」


 自身に抱き付く女性の名を呼ぶアルト。顔を胸にうずめたまま、アルカリ―ナは肩を震わせた。

 無数に傷付いた鎧、血と木屑に塗れたアルトと違い、アルカリ―ナは殆ど汚れが無い。その対照的とも言える出で立ちと、血で染まって惨たらしい巨木の枝の上。その異常な空間の事など気にもしないくらい、アルカリ―ナの精神は疲弊していた。


「生きてて良かった、アルト」


「はい。アルカリ―ナさん」


 アルカリ―ナを軽く抱き締め返事をしたが、彼女の言葉に何処か素っ気無さを感じるアルト。


「――済まない。自分でも、何が何だか分からないんだ。頭ん中がグチャグチャで……これ以上は限界、なんだ」


「アルカリ―ナさん……」


 涙を堪えた声を聞いた時、アルトはハッとした。

 ――大勢の兵士の命を自身の命令で失った。ガイさんと中将に至っては、自らの手で殺したと思ってしまってもおかしくは無いか。

 そう考えるとアルトは唇を噛み締め、自然とアルカリ―ナの頭を撫でた。


「……っ」


「大丈夫です、アルカリ―ナさん。ここには僕達しかいません。取り合えず泣いて良いんです。思いっきり泣いて良いんですよ」


 優しく頭を撫でられながらそう言われ、アルカリ―ナの涙腺は崩壊した。


「う、うぅ……うあああああッ!」


 泣き崩れるアルカリ―ナをアルトは優しく抱き止め、膝立ちになって一心に頭を撫で続ける。


「大丈夫です、アルカリ―ナさんは間違ってなんていません。僕達は勝った。皆さんも許してくださいますよ」


「でも、でもオレの、せいで、大勢が死んだ……」


 皆許してくれる。きっとそうだと思いたかったが、自身の言葉で大勢が死んだ事には変わりが無い。この事実はこれからも彼女を苦しめ続けるだろう。

 アルトはその事を予感しながら、努めて柔らかい声で彼女に語り掛ける。


「仕方ないんです。アルカリ―ナさんの使った魔法は、そういうモノだったのでしょう? 死んだヒト達の魔力を使う魔法……そんな魔法があるなんて知りませんでしたけど、あれを使わないと被害はもっともっと甚大だったはずです」


 優しく撫でられながら、アルカリ―ナは顔を上げた。涙でグシャグシャ、アルトの鎧に付いていた血と木屑で汚れた顔、それが夕陽に映えて悲壮感が増している。


「大勢を守る為に大勢が死ぬ! そんな事が許されるかッ! 死んでいった者達にも大切なヒトがいた! 会いたいヒトがいた! そいつに会いたいヒトもいた! 魔法を使った時、その辛い気持ちがオレに流れ込んで来たんだ!」


 叫びに呼応するかのようにザワザワと揺れる巨大な葉っぱ達は、まるでアルカリ―ナの叫びを打ち消そうとしているかのように大きく音を出していた。


「黒くて悲しい、どうにもならない痛みがオレの中にどんどん入って来て、頭がオカしくなってしまいそうだ!」


「それは……辛い、ですよね」


 胸に鋭い痛みが走り、顔を歪ませながらアルトは声を絞る。

 ――アルカリ―ナさん一人に何百人というヒトの辛い気持ちが雪崩れ込んだ?そんな、そんな事……!

 そう思うとアルトの胸は一層締め付けられる。


「辛いさ! でも、死んでいった奴らはもっと辛いんだ。もう……会いたい、ヒトに、家族にも、恋人にも、子どもにも……こんな事なら、オレが、オレだけが――」


 言い掛けたアルカリ―ナをアルトは強く抱き締めた。抱き締められた彼女は言葉を発せずに涙を流し続ける。


「アルカリ―ナさんが死んだら、僕が悲しいです! 僕だけじゃない。言ったでしょう? 皆貴女が好きなんです。誰なら良いとか、無いんですよ!」


「でも、でもぉ!」


「それに、僕はこうも言いましたね? 戦いの後処理まで含めて『筋』だと」


「――っ!」


 いつかの夜、アルトはもしかすると予感していたのかもしれない。こうなる事を、アルカリ―ナが背負う事になる巨大な責任を。


「その筋を通すのは、僕も手伝います。アルカリ―ナさんが犠牲者一人ひとりを弔いたいと言うのなら、僕も一緒に行きます。もし国を出るなら御供しますし、聖王として国を立て直すならお手伝いします」


 アルカリ―ナを抱き締めながら、天を仰いでアルトはそう言った。


「でもオレには、ひぐ、どうしたら、良いのか、ひっぐ、分からない……どうすれば、皆、許して、くれるんだ?」


 強くアルトにしがみ付くアルカリ―ナ。その心の迷いはアルトに確かに伝わった。


「貴女は一人で背負おうとし過ぎなんです。作戦の前に全部伝えていても、きっと皆同じように戦ったと思います。アルカリ―ナさんの魔法が、自分達の遺した魔力が敵を討つなら、残して来た大切なヒトを守れるなら、きっと」


「うっぐ、ひぐ……」


 アルカリ―ナは何か言いたげに顔を上げるが、止めどなく流れる涙が言葉を詰まらせる。その顔を見ながら、アルトは続けた。


「そりゃあ、誰だって心残りはあるでしょうし、出来る事なら生きたいでしょう。でも、誰かが犠牲にならなくちゃいけなかった。そしてそれを背負うヒトが必要だった。それが貴女だっただけです」


「ガイ、ハブも、ひぐ、そう言ってた……」


 涙声を聞いたアルトは僅かに口元を緩める。


「ほら、そうでしょう? ガイさんだけじゃないですよ。きっと皆そう言います。誰も恨んでなんていません。寧ろ魔物を倒せた事に感謝していると思います。だからこれ以上、自分を責めるような事はしなくて良いんです」


 アルトの顔を身ながら、涙が一層溢れ出るアルカリ―ナ。


「ひっぐ。そんな事、言ったって……」


「簡単に割り切れないのは分かっています。それでも貴女は前に進まなくちゃいけない。だけど、今は泣いてください。存分に泣いてください。僕も少しだけ泣きますから……」


「うん、うん……!」


 アルカリ―ナを抱き締め、天を仰いでアルトは泣いた。ラッドやガイハブ、その他死んでいった仲間達を想い流したその涙は、夕陽を受けて輝き光の雫となって頬を伝った。

 顔を鎧に埋めたまま、アルカリ―ナは泣いた。自身の行いを悔やみつつも、頭を撫でるアルトの優しい温もりに少しだけ救われた気がしながら……

「アルト。オレ達の物語は次で終わりだな」


「いえ、アルカリ―ナさん。僕達の物語は、僕達がいる限り続いていきますよ」


「……そうだな。その通りだ」


次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」外章終話――

「兵士と聖王」


――全ての縁が、巡り巡って円になる――

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