16話・森を喰らう者
ウルバリアス軍の兵士達の遺した魔力を終結し発動した魔法。その一撃を前に、アルカリ―ナは洗濯を迫られる。
アーモ・マイデグリアはアルカリ―ナへ向かって飛んで行くが、重ねたダメージやデッジボードとガイハブの重さで非情にゆっくりとした速度であった。
そんな中、剣状の輝きを魔物へと向けてアルカリ―ナは悲しそうに顔をしかめる。
「ゲハハハハッ! この局面で何を戸惑っているんです、大将!?」
「そうですぜアルカリ―ナ様! さあさあ、遠慮はいらねぇ! 俺達ごとぶった斬ってください!」
魔物の足にしがみ付きながら、デッジボードとガイハブはアルカリ―ナに笑顔を向ける。脚にある無数の小さな棘のような物が体に刺さり、いたる所から出血しているようだ。
振り解こうと脚をバタつかせる魔物に必死にしがみ付く二人。棘はじくじくと二人の体を傷つけていく。
「……分かっている。分かってるけど!」
アルカリ―ナの叫び。次第に近づいてくる魔物に対し、周囲の兵士達からも焦りの声が漏れ始める。
この輝きを魔物に振り下ろせば、きっと倒せる。しかし、それではデッジボードとガイハブは奈落へ真っ逆さま。アルカリ―ナのいる枝まで到着を待てば、他の兵士達が殺されてしまうかもしれない。
アルカリ―ナは二択を迫られる。二人の命が失われる可能性が高い方か、他の兵士が殺される可能性がある方か。
「……ゲハハッ! 舐めるなよ小娘! そんな剣で魔物は殺せても、この塵旋風のデッジボードは殺せはしない!」
「だッはッは! さすが中将! なら俺も大丈夫ですぜ! 俺のしぶとさならアルカリ―ナ様はよく知っているでしょうが!」
二人は相変わらず笑顔を向けているが、出血もあり辛そうに脂汗をかいている。
「済まない……! 何もかもオレのせいだ!」
「ハッ! 何を言っている! 兵士に死ねと命じた時から、貴女のせいに決まっているでしょう!」
「だッはッは……ひでぇ事言いますな、中将。けど、誰かが背負わなきゃいけない事だった! そしてそれは乗り越えられる試練なんです!」
「乗り越えられる、試練……」
二人を振り下ろそうと魔物は足をバタつかせるが、デッジボードはボロボロの体に残った力を振り絞ってしがみ付く。ガイハブも落ちまいと必死になる。
「さぁ! 早くしろ! 魔物を倒すんだ! その剣はその為にある!」
デッジボードの叫びにハッとするアルカリ―ナ。
――これまでに死んでいった者達、これから死に行く者達。オレも含めて全て。この国を守る為に戦っている。その想いの力は今オレの手にある。オレがやらなくちゃならないんだ!
「――なぁに! 戦後の事ならあの新兵に手伝わせれば良いんです!」
「だッはッは! アルトのヤツなら喜んで手伝いますぜ!」
――この局面でコイツらは……
そう思い目を閉じると、アルカリ―ナは自身の肩の力が抜けて行くの実感する。そして覚悟を決めて目を開けた。
「デッジボード中将!」
「はッ!」
「ガイハブ上級兵!」
「はッ!」
「……世話になった。先に逝った者達へ、よろしく伝えてくれ」
アルカリ―ナがそう言うと、二人は二ィっと大きく口元を歪ませた。
「「「ウルバリアスの為にッ!」」」
声が揃った時、魔物はアルカリ―ナを射程圏内に捉えて速度を上げた。
「アルカリ―ナさん!」
アルトが名前を呼んだ時、アルカリ―ナは大きく振り被って息を吸い込んだ。
「オレ達の勝ちだぁぁぁぁぁあああッ!」
振り下ろされる輝きは、魔物の頭上に吸い込まれるように真っ直ぐ軌跡を描く。
ギシャアアアアアアアッ!
真っ二つになった魔物は奈落へと落ちていき、脚にしがみ付いていた二人は輝きの余波で傷を負いながら、魔物に準じて真っ逆さまに落ちていく。
魔物の割れた体の中には丸く黒い無数の玉が詰まっており、それを見たアルトは訳も分からず背筋に寒気が走った。
「小僧ッ。アル、カリ―ナ、様を……頼ん――」
ガイハブは落ちていきながら叫んだ。消耗していた体から発せられた言葉はあまり大きくは無かったが、アルトの耳にはしっかりと届いたのだった。
落ちていくガイハブに向けて、巨木の枝から落ちそうなくらいに身を乗り出してアルトは叫び返した。背筋に走った寒気など今は気にしている場合では無かった。
「はいッ! ガイさん! 中将! ありがとうッ! ありがとうございましたッ!」
落ちていく二人の表情は見えなかったが、アルトには笑った様に感じられた。膝から崩れ落ち、アルトは泣いた。その様子を見て生き残った兵士達は歓喜の声をあげる。
「「「わーッ!」」」
「――まだ、安心は出来ない」
静かにガーデナが言った。
「え?」
「全軍! アーモ・マイデグリアは倒された! オレ達の勝ちだッ! しかし! これより国中を隅々まで調べる作業に入る!」
アルカリ―ナの言葉でザワつく兵士達。アルトは戸惑いながら、隣に立っているガーデナを見上げた。アルトにはこの時、凛とした人形の様に整った顔立ちが酷く怖く思えた。
「黒い球体を見付けたら迷わず潰せ! それは卵だ。アーモ・マイデグリアのな。奴が何故森を喰らう者と呼ばれているのか、それは数だ! 発生する原因は不明だが、アーモ・マイデグリアは一度発生すると大量発生するらしい……」
その言葉を聞いた兵士達全員に戦慄が走る。そして尚もアルカリ―ナは続けた。
「アーモ・マイデグリアの大量発生を許してはならないッ! 疲れているところ悪いが、もうひと踏ん張りだッ!」
「「「はッ!」」」
兵士達は一斉に駆け出し、散り散りに卵を探しに行く。アルカリ―ナはその様子を見届けると、アルトの元へと走っていく。
「――ぜぇ、ぜぇ。取り合えずは、オレ達の勝ちだ、アルト」
息を切らしたアルカリ―ナを見て、スッと立ち上がるアルト。
アルカリ―ナの表情は笑顔だ。しかし、アルトには笑っているようには思えなかった。
「でも、まだ油断出来ないんですよね? もし卵が孵っていたら……」
「そん時はそん時だ」
きっぱりと言うアルカリ―ナ。あっけらかんとし過ぎる様子も、アルトには不自然に思えた。
「ちょ……」
「はぁ。アル様、説明が足りませんよ」
ガーデナが溜息を漏らし、二人に向かって口を開く。
「孵ったばかりなら恐らくそれ程の脅威にはならないでしょう。今回のアーモ・マイデグリアくらいに育つまでには時間が掛かるはずです。まぁ、それでも十分強い魔物でしょうけど」
「そういう事だ。ま、当分は卵探しを行っていくけどな。それとガーデナ。お前もその、卵探し行ってくれよ」
アルカリ―ナはバツが悪そうに言った。ガーデナは察したようで、くるりと振り返り歩き出す。
「アル様、今回は見逃します。では」
そう言うと風のように走り去った。ガーデナが去った場には、アルトとアルカリ―ナの二人だけ。赤く染まって凄惨な状態の巨木の上で、アルカリ―ナはアルトに抱き付いた。
アルカリ―ナの体温と、噎せ返るような血の臭いを感じながら、アルトは改めて自身が死地に立っていたのだと思い出したのだった。
「アルト……オレは、これで良かったのかな?」
「はい。アルカリーナさん」
「……」
次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」外章17話――
「流る涙は命の」
――ヒトの生き死にを、巨木はただ眺め続ける――




