14話・未来が
少しずつ消耗していくアーモ・マイデグリア。しかし気を抜けば一撃で殺されてしまう。そんな中、アルカリ―ナ達は道を急いでいるのだった。
剣を握り締めたアルトはアーモ・マイデグリアに叫びながら突貫する。
「うわあああああッ!」
塵を巻き上げて斬撃を浴びせ続けるデッジボードの脇をすり抜け、魔物の後方へ回り込む。
「皆さんッ! 背中です! この槍を目印に攻撃を!」
魔物に背中に刺さった槍を指差す。その槍はラッドの物で、強固な皮膚も背面は脆いという事を証明するかのように真っ直ぐと突き刺さっていた。
アルトの声は届いているのだが、兵士達は皆肩で息をしており、直ぐに魔法を撃てる者は少なかった。その散発的な魔法では決定的なダメージを与える事は出来ないし、まず当たる事も無かった。
「――くっ! なら、僕が!」
アルトは魔素を集め始める。彼の周りに魔素が集まり始めた時、魔物がくるりと振り返って鎌を薙いだ。
「うわッ!」
反応速度が成長しているとはいえ、不意の一撃に驚き体制を崩すアルト。
「――余所見してんじゃねぇぞ!」
ギシャア!
長剣の一撃が魔物の後脚を一本斬り飛ばした。すると魔物はそのまま後方に飛び退き、デッジボードに後胸で圧し掛かった。
「ぐぉおッ!」
「中将!」
アルトは体制を立て直すが、魔物は更に圧を強めて圧し潰そうと体重を掛けているようだ。身動きが取れず、苦しそうな声を漏らすデッジボード。
「――突撃ィ!」
アルトにとって聞き覚えのあるオジサンの声が響き渡る。号令が掛かると同時に大勢の兵士の雄叫びで巨木が僅かに揺れた。
「この声――ガイさん!」
アルトは後ろを振り返ると、突貫してくる兵士達の奥にガイハブの姿が。
「だッはッは! 生きてるかぁ! 小僧!」
ギッシャア!
兵士の大群を目の当たりにしたアーモ・マイデグリアの隙を突き、デッジボードは後胸の下から這い出る事が出来た。
「ぜぇ、ぜぇ。よ、よーし、交代だ」
アルトの横を抜けて魔物に突撃する兵士達に前衛を任せ、アルトはデッジボードに肩を貸して後方へ下がった。魔物の大きな鎌で散っていく兵士達には申し訳ないと思いながらガイハブの所に辿り着くと、その頃には魔法攻撃も再開されていた。
「ガイさん! 中将を頼みます。骨が何ヶ所か折れているようです」
それだけ言うと踵を返すアルト。
「待て待て。小僧も少し休んで行け」
「でも! 皆戦っているんです!」
「皆戦っているから休めと言うんだ」
そう言って辺りを見渡すガイハブ。
「ラッドはどこだ?」
「……」
問いに答えず、目線を下げて唇を噛むアルト。
「……そうか」
「すみません。油断した僕を庇って……」
「謝る事は無ぇよ。死ぬのも兵士の仕事だ。まして、ここにいる奴らはアルカリ―ナ様の呼び掛けに応えた奴らだ。死は覚悟の上だろうぜ」
アルトは剣を強く握り絞め、自らの不甲斐無さに涙しそうになる。
「……故郷にもう一度、帰らせてあげたかったです。死ぬ間際に強く思い入れる場所に、もう一度……!」
「……ラッドだけじゃねぇさ。そこいらに転がっている奴らだって、家族や恋人に友人、様々な関係があったんだからな」
「っ!」
この時初めてアルトはアルカリ―ナの発した言葉の重さを知った。自分達兵士は確かに彼女を好いている。聖王アルカリ―ナの為に、国の為に民の為に戦って死ぬ事はガイハブの言う通り仕事だし、誇りに感じるのも分かる。
――命じた側の辛さを、僕はまるで分かっちゃいなかった。ヒトが死ぬという事を、僕はちゃんと分かっていなかったんだ……!
そう思いながらアルトは顔を上げてガイハブに言った。
「ヒトは死んだらお終いでしょうか? 全てが無駄になってしまうんでしょうか?」
「全てが無駄にはならねぇわな。生きた証ってのはどんな形であれ残せるモンだ」
魔物に突撃していく兵士達を見るアルト。その目には鎌の一撃で倒れた仲間に泣きつく兵士が映った。
「――僕はアルカリーナさんが好きです。僕が死んでも、その想いは残りますよね!?」
「……だッはッは! 想いは死なねぇさ! でもせっかくだから、生きてキチンと伝えてやれ!」
「面白い事言うなぁ、下級兵! これが若さというヤツか! ゲハハハハッ! いてて」
オジサン二人に笑われるが、アルトは真顔だった。何百という散っていった兵士達の想いは皆真剣であったと思うから、アルトも嘘をついたり誤魔化したりせずに想いを口にしたのだ。
アルトにはこの時、散っていく兵士達の想いや残された者の想いが大きく渦巻いて巨木を満たしているように感じられた。
「幾百の死を乗り越えた先に未来がある。これは未来の為の戦いだ。その未来にお前は居るべきだぞ、下級兵」
デッジボードはそう言うとよろよろ立ち上がり、長剣を肩で担いだ。
「ちゅ、中将、動かない方が良いんじゃねぇです……?」
「ゲーハッハッハァ! 老骨だとてナメるんじゃない! 私は塵旋風のデッジボード。魔物なぞこの剣で塵に変えて吹き飛ばしてくれるぞ!」
「僕も行きます!」
アルトとデッジボードは再び魔物に突貫していく。度重なる攻防でアルト達も魔物も疲弊している。逃げるなどお互い有り得ない。生きるか死ぬか……それ以外は有り得ないのだ。
言葉を発せぬまでも、魔物とヒト達は共通の価値観を有しているかのような奇妙な感覚に陥っていくのだった。
※※※※※※※※※
「――戦闘の音が近い。もう直ぐ見えてきますね、アル様」
「あぁ。急げ! 敵は近い!」
「「「おー!」」」
アルカリ―ナの声に呼応した野太い声が響く。戦闘の音がする方向へ進軍していく兵士に聞こえないよう、彼女は溜め息をついて呟いた。
「……オレが最初っから前線に出られればなぁ」
「ふふふ。それは駄目ですよ、アル様。兵士達には兵士達の矜持というものがありますから」
ガーデナにだけ呟きは聞こえていたようだ。
「何だよそれ?」
「アル様に生きてほしいんですよ。自身の事など省みずに奔走して魔物倒して、英雄と呼ばれるくらいに強いアル様。それで実は本当の聖王様でありながら、ぶっきらぼうで話し易くて可憐で可愛いアル様に」
そう言ってガーデナはくすくす笑う。
「からかうなよ。か、可愛いとかなら、ガーデナの方が可愛いじゃないか」
「ふふ。私は美しいんです」
「……何が違うんだよ? というか自分で言う事か?」
アルカリ―ナ達に気付かれないよう、兵士達は聞き耳を立てて進軍する。
「ふふ。とにかく、皆アル様の事が大好きっていう事です。それだけで命を懸けるに値するんですよ、兵士達にとっては」
「……そう、なのか?」
腑に落ちないアルカリ―ナを横目に、ガーデナは大きく息を吸い込んだ。
「皆さん! もう直ぐです! ウルバリアスの為、民の為、アル様の為に、共に死力を尽くしましょう!」
「「「おうっ!」」」
兵士達は右腕を高く挙げ、進軍しながら応える。その様子を見てくすくす笑うガーデナ。
「ったく。戦闘前だってのに、緊張感の無い奴らだ……そういえばガーデナ、お前まさかその恰好で戦う訳じゃ無いよな?」
アルカリ―ナが懸念するのも無理は無い。普段と同じようなドレス姿で歩くガーデナは戦場とは程遠く、異質な存在感を醸し出しているからだ。
「ふふふ。これはですね……ここを、こうすると……」
スカートの膝部分辺りのボタンをパチパチと外し、膝より下の部分を取って投げる。
「こうなるんです。これで動きやすいですね♪」
「いやいや……」
「重苦しくて美しく無い鎧を着るなんて死んでも御免です」
キッパリと言い放つ。
「まぁ良いか……期待しているぞ、勇者の子孫殿」
「お任せください。聖王様……ふふふ――」
「アルカリ―ナ様! 接敵です! アーモ・マイデグリアを目視しました!」
戦闘の兵士が叫ぶ。一気に緊張が走り、皆真剣な表情になる。
「味方は!?」
聞きながら兵の間を抜けて前に急ぐアルカリ―ナ。
「複数健在です……が」
巨木の至る所が赤く染まり無数に転がる肉塊を目にした時の衝撃より、アルカリ―ナはそれを目にして喜んでしまった。
――アルトが、生きている……!
「よし! 魔法班、それぞれ展開して撃ち始めろ! 初級魔法など使う必要は無い、威力重視で撃て! 前衛! オレに続――」
言い掛けたアルカリ―ナは頬っぺたを抓られる。
「くふぇ!?」
「アル様が前に出たら何の為に皆が前に出たか分からなくなるでしょう? 貴女は魔法班と共に魔法をお願いします。得意なのでしょう? 前衛班、私に続けっ!」
「「「おうッ!」」」
ガーデナの号令で駆け出していく兵士達。
「ちっ。仕方ないな。頼んだぞ、ガーデナ!」
アルカリ―ナはガーデナの後ろ姿を見守りながら、その背中に向かって叫んだ。
「行くぞぉ! 勝つのはオレ達、ウルバリアス軍だッ!」
――皆の命は決して無駄にはならない。身勝手で済まないが、もう一度だけオレに力を貸してくれ……!
「次回予告はオレがやる」
「はい。お願いします!」
「ガーデナが飛んでオレが魔法を使う!」
「……はい、以上のようです」
次回「神託の勇者は私だけじゃない!!」外章15話――
「待っている」
――残された者、残して逝く者。意志は繋がっている――




